猫による猫のための猫の確認

 ホームルーム終わり、教室を出て、のろのろ向かうのは購買だ。

 文化祭実行委員会は臨時の委員会が設置される多目的室にておこなわれる。

 この赤谷誠はこうした労働に駆り出されるオズモンド先生御用達の便利屋になりさがっているため、もう慣れているのだ。


 委員会にはやく行き過ぎれば多目的室前で待つハメになる。

 ほかのクラスの生徒が教室前に続々と集まってくるなか、廊下の壁に背を預けてひとりで待っているのはそこそこ気まずい。


 なので購買で飲み物でも買ってから多目的室へゆく。

 これが鉄則。集合なんてものは遅刻しかけるくらいがちょうどいいのだ。


 多目的室にたどり着く頃には、すでに多くの文化祭実行委員たちが集まっていた。

 コの字型に並べられた長机とそれぞれの座席に座る生徒たち。こういう委員会仕事を請け負うやつらには、傾向があるようで、体育祭と花火大会を経験したいま、知っている顔もちらほら増えてきた。


 顔ぶれを見て、俺はぞっとする。


「まるで犯罪者の坩堝だな」

「ナマズン、なに澄ました顔で言ってるの?」

「わからんのか、林道、この恐ろしい空間の意味が。あとナマズンやめてね」


 林道とヴィルトにすでに占領された1年4組の座席の後ろで、怪物エナジーのプルタブをかしゅっと音をたてて開けつつ、俺は講釈をはじめた。


「この学校には黒幕がいるんだ」

「へ? 黒幕?」

「ここでは名前をあえてF・Oとしておこう」

「あっ、オズモンド先生のこと?」

「F・Oは生徒指導担当という名目をつかって個人的な便利屋をたくさんかかえているとされる。この学校で生徒の労働力を管理している存在なんだ」

 

 1年1組のほうを見やれば、静かに読書している志波姫とその隣で机に突っ伏す如月坂圭吾の姿があった。あいつらもいつも駆り出されてる。オズモンド案件だ。

 1年2組には鳳凰院ツバサが見える。腕を組んで不遜な表情だ。隣には福島凛がいる。こいつらも問題のひとつやふたつ余裕で起こしてそうだ。オズモンド案件だろう。

 1年3組には、俺の顧客・波賀みくりの姿がある。ヴィルトを見つめて幸せそうにニチャついてる。こいつも問題を起こしてない訳がないのでオズモンド案件だ。

 1年4組からはこの赤谷誠。オズモンド案件だ。

 1年5組はどうだろう。あいつは確か高橋理玖。かつて女子寮裏で風呂を覗き見していたやつだ。種子の力で操られていたらしいが、ほかにも問題を起こしてそうな顔しているし、俺より健全な生徒なわけないので、オズモンド案件に決まってる。

 1年6組は真面目そうなやつだ。知らないやつだけど、きっと裏で同級生の女子のフィギュアを製造販売するくらいしてる。オズモンド案件だ。

 

 上級生のほうには、亀休目マオ、九狐レミ、フイン・チ・カイマオ。つまり花火大会で問題をおこした無法生徒がしきつめられている。懲役刑をおえて反省部屋からでてきて、今回の文化祭実行委員にアサインされたのだろう。


 以上のことを俺は林道とヴィルトに伝えた。


「前回の定期考査学年順位12位の頭脳でこれらを分析すればおのずと答えは見えてくる。おそらく英雄高校のイベント実行委員会には、なにかしらの前科を持っているやつが送り込まれているに違いない。だとすれば、俺たちが知らないだけであっちのやつも、こっちのやつも、無法生徒なんだ。まさに陰謀の渦中。犯罪者の坩堝。やれやれ、とんでもねえやつらと同じ空間に放り込まれたもんだよ、まったく」

「赤谷が他人のこと言えないって。なんなら一番やばい人じゃん」

「俺が? 馬鹿なこと言うんじゃない」

「だって昨日懲役10日くらった特級の薬膳って人と親友だし、にゃんにゃん病をばらまくし、建物よく壊すし」

「琴音、事実を並べるのは赤谷が可哀想だよ」


 薬膳先輩と知り合いなだけでこの言われよう。

 しかし、否定しずらいな。花火大会をぶっ壊そうとした奴らでさえ、もうシャバに出てきてるのに、またムショ送りになってんだもんあの人。流石は特級無法生徒のなかでもトップを走る存在だ。無法さの格がちがう。


「まぁ今日の私、猫耳と尻尾のおかげで大人気だったけど!」


 林道は「みんなもふもふしたがるんだぁ~」と、頬を緩めてご機嫌に語った。尻尾もゆらゆら揺れているので嬉しかったことがわかる。


「いきなり尻尾と耳が生えたのに能天気なやつだな」

「えへへ、まぁね!」

「み゛ゃぁぁあ!? 猫が増えてるー!?」


 俺たちのすぐ隣で、花火大会の主犯格・又猫ヒバナ先輩がヴィルトと林道を指して叫んでいた。鍋にいれるシイタケの切れ込みみたいな瞳孔は開かれ、三毛猫柄の尻尾はピンッと立っている。いつの間にいたのやら。


「見間違いだと思ったけど、これやっぱり猫だよね!?」


 又猫先輩は林道とヴィルトの猫耳や尻尾をもみもみして吟味。まるで道端で宝石でも拾ったみたいに、真剣な表情でそれが本物かを確かめているみたいだ。

 

「ふへえ!? なな、何するんですか!?」

「ん、いきなり耳と尻尾を触るなんて猫社会だったら重罪……」


 林道とヴィルトは動揺しながらも抗議をする。


「これは大事なことだよ、1年生。異形系かつにゃん系スキルをもった子! これはすごいことだみゃあ! 私以外で初めて見たみゃあ!」


 又猫先輩は眼をキラキラさせて嬉しそうにそういった。

 なるほど。同族を見つけて喜んでいるのか。

 

「でも、又猫先輩、本物の猫じゃないですよ、これ」

「ん、どうして私の名前を……って、あぁぁ! ミスター・アイアンボール!」

「どうも。ご無沙汰してます。花火大会ではいろいろありましたね」


 又猫先輩は冷汗をかきながら、「ひ、久しぶりだみゃ、1年生!」と言った。


「お前のせいでみんな反省部屋に1か月も放り込まれたけど、まぁ私たちも負けてしまった以上、あの日のことは潔く水に流してあげる!」

「意外と心が広いんすね」

「当然、いちいち因縁を持ってたら英雄高校でやっていけないよ。それにいまは仲間を見つけてご機嫌みゃ! あっ、でも、お前、この子たち本物の猫じゃないとかなんとか」

「えーっと、話せば長くなるんですけど、違うとだけ」

「よくわからないけど、違うかを見分ける方法なら心得ているよ、猫だもん!」


 又猫先輩は自信満々に林道とヴィルトの尻尾の付け根、腰のあたりに手をそえた。


「本物の猫はここが弱いんだぁ~」


 そういうとトントンと軽く叩きはじめた。

 途端、ふたりの少女はビクッと身体をふるわせ、机に手をついて腰を浮かせた。


「ひい、こ、これは!?」

「ま、まぁ~お……っ」


 熱っぽい吐息を漏らすふたり。これはまさか腰トントン……。猫の尻尾の付け根、手でさするとフェロモンの分泌腺が刺激されて気持ちよくなっちゃうという。

 林道とヴィルトは片目を閉じ、薄っすら頬を染め、耐えがたいという風な顔で、こちらを恨めしそうに見てきた。なんで俺なんだよ。

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