一流陰キャの悩ましい昼休み
トイレでスキルツリーを生やしてポイントミッションの進捗を確認する。
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【本日のポイントミッション】
毎日コツコツ頑張ろう!
『キャットガールとナデナデ男』
キャットガールをナデナデする 1/3
【継続日数】169日目
【コツコツランク】プラチナ
【ポイント倍率】4.0倍
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志波姫のことを3回ほどぽんぽん撫でたつもりだったのだが……もしやポイントミッションくん、キャットガールひとりにつき1カウントまでしか加算しないつもりか? それはずるじゃん。
「スキルツリーめ、好き勝手レギュレーションを設けやがるからに」
憎たらしい。だが、想定を大きく超えてきたわけじゃない。
スキルツリーくんならこれくらいの難易度だろうとは覚悟してた。
あとヴィルトと林道かぁ。世間的にはだいぶキモ行動をするわけだけど、大丈夫かなぁ。普通に考えたら大丈夫じゃないけど……。
でも、志波姫にはわかってもらえた。誠意をもってお願いすれば、俺の真面目さもふたりに伝わるはず。決して邪な思惑からナデナデしてるわけじゃないとな。
昼休みが終わり、教室にもどる。俺は「ナデナデしないと……」という焦燥感から、休み時間や授業中もしきりにヴィルトと林道のポジションをチェックする。
ヴィルトはいつも通り自分の席にとどまり、イヤホンを耳にはめ、タブレットで漫画を読んでいる……ように見えるが、ちょっと違った。
しきりに猫耳を動かして遊んでいた。完全なるひとり遊びである。思えば今日は授業中も休み時間もずっと猫耳を動かす練習をしていた気がする。猫しぐさの鍛錬にハマっているよみえる。
どのみち聖女の不可侵領域であることに変わりはないので、あの状態の彼女に話しかける不躾な生徒はいない。今日も彼女は孤高だ。
「聖女様、猫耳と尻尾とはさすがに尊すぎまする……!」
「あぁ聖女様、いけません、それはいけません、美しすぎます……!」
1年4組の教室前では、おそらくは会の者たちが群がっている。いつもより人数が露骨に多いが、まぁ、ネコザイア・ヴィルトの威力を考えれば当然の現象と言えるだろうか。
「ん」
おや、ヴィルトが信者たちに気づいた。
「なぁ~ご」
猫鳴き声をだしつつ右手を猫みたいに丸めて首をかしげた。
右手と連動して、右の猫耳もぺたんっとさがった。
教室前に集まっていた信者たちが聖なる光に焼かれて失神する。
2学期にはいってからというもの、彼女は銀の聖女を守る会のことを地味に認知しはじめており、ああして聖女の祝福を分け与えることがたびたびある。
気まぐれでああいうことをするから信者が増えるのだろう。
「ともかく今ナデナデなんてお願いできないな……」
林道のほうはどうだろうか。
仲良し女子の芥真紀をふくめた女子たちで固まっている。
どうやら林道の猫耳をみんなで揉み揉みして遊んでるみたいだ。けしからん。
「琴音の耳、ちょーもふもふじゃん!」
「マジ可愛すぎなんだけど、羨ましいなぁ」
「これであいつもイチコロで落とせちゃうんじゃない?」
「いや、そういうのいいから……てか、みんな触りすぎだからー!」
林道そんなこと言いながら猫尻尾を器用につかって、芥のスカートにしたから侵入、「うわぁあぁ! これエロ猫め!」などと騒いで遊んでいる。不純だ。あまりにも不純な遊びをしている。けしからん。目が離せない。ええい。もっとめくれ。
おっと、違う違う、そうじゃない。
俺はポイントミッションに向き合っているのだった。
ふむ、不純な遊戯ではあるが、しかし、これは見ようによってはチャンスなのでは。近くにいって陽のノリで混ざるんだ。「うえ~い! にゃんにゃん最高ー! 俺もナデナデさせて~的な? スカートに侵入にゃ~的な? なんつってー!」的なね。馬鹿か、できるわけないだろ、死ね。
「あれ? アイアンボール、なんかこっち見てない?」
芥が目ざとくこちらの視線に気づいた。
ここで視線をサッと逸らし動揺するのは三流陰キャ。
ここで視線をサッと逸らし澄ましてこの場を離れるのは二流陰キャ。
それは素人のやることだ。
これではまるで陽キャの戯れをうらやんでいるように映るだろうからな。
それでは我々の誇りを守れない。
我々は劣等種ではない。
自ら選んで陰と孤独を生きている。
ゆえに誇り高き一流陰キャはすぐには視線を外さず、陽キャたちの背後、窓の外の景色へと自然に視線をスライドさせつつ、自分の席に戻るアクションをとることで、「別にお前たちのこと見てたわけじゃないですが?」という主張を言外におこなう。やや大げさに窓の外を凝視しながら移動をすることが大事だ。これにより俺の視線がより遠くに固定されていることが強調され説得力が生まれる。
「あっ、別にすっげー窓の外見てるだけだったぁ、たはは」
勘違いをしたと思ったようで、芥は恥ずかしそうに林道へそう言った。
ふん、ヴァカめ。俺を陽キャ女子グループに羨望を向ける弱者にしたてあげたかったのだろうが、そうは問屋がおろさない。この赤谷誠を辱めようとした愚か者を撃退したことに、確かな手ごたえを感じつつ、俺は席に腰をおろした。
「って、別になにも事態は進行してねえんだよなぁ……」
俺は頭をかかえる。
志波姫の善意もちらつく。
機嫌が良かったのかなんだかわかんないが、普段なら脊椎に重大な損傷をあたえて報復してきそうな粗相をしでかしたのに、頭を撫でさせてくれたんだ。それもこれも俺がいきなり林道やヴィルトをなでなでしないようにするため。
この期におよんで、俺がまた『
俺が目指すべきは双方合意のもとのナデナデ。
はて、そんな都合のよいことにできるだろうか。
「赤谷」
隣から声がかかる。
「どうした、ヴィルト」
「見ててね。なぁ~ご」
ヴィルトがさっき信者たちにやってたのを至近距離で浴びせてきた。
あまりの眩しさに燃えカスになり、吹き飛ばされる幻視を得る。
一瞬意識が飛んでいたようだが、幸運にも戻ってこれた。
「なぁ~ご、なぁ~ご」
喉をごろごろ鳴らしながら、左右の猫耳を交互にぺたんってさせ始めた。
「左右で違う動きできるようになった」
「そう、か……」
「赤谷は褒めるべきだよ、私の努力を」
ヴィルトはそういうと感情のない綺麗な顔のまま、再び左右の猫耳を交互にあげたりさげたりしてみせた。あぁぁ、ぁぁぁ、ぁぁぁぁぁぁ………………。
「それはいずれ癌にも効くようになる」
「うーん、どういう意味?」
「忘れてくれ。戯言だ」
そんなこんな昼休みの言葉なき心理戦は終わり、5限、6限と越えて、ついに放課後まで俺はヴィルトと林道にナデナデをすることができなかった。
「それじゃあ、文化祭実行委員の諸君は忘れずに実行委員会に出席すること、いいね?」
オズモンド先生はそう言って教室をでていく。
チャイムが鳴り響き、生徒たちは席をたち、部活やらサークルやら委員会やらそれぞれの活動に移っていく。
帰りのホームルームが終わった。残された時間は多くない。
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