キャットガールとナデナデ男

 可哀想な学生赤谷誠が悪しきフラクター・オズモンドに仕事を押し付けられた日のお昼休み、俺は廊下の窓から中庭をみおろしていた。

 物思いにふけっているのは、己の人生の意義とか、宇宙のなかでは地球なんて数ある星のひとつにすぎないとか、そういった大層な思索に励んでいるわけではない。


 思考をめぐらせているのはひとつのポイントミッションのせいだ。

 今朝、俺がスキルツリーに提示されたミッションはこうだ。


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【本日のポイントミッション】

  毎日コツコツ頑張ろう!

 『キャットガールとナデナデ男』


 キャットガールをナデナデする 0/3


【継続日数】169日目

【コツコツランク】プラチナ

【ポイント倍率】4.0倍

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 最初、スキルツリーが何を言っているのか訳がわからなかった。

 でも、今朝の志波姫、ヴィルト、林道を見て、キャットガールのほうはわかった。あれでわからなきゃ節穴にもほどがあるが。


 つまるところ、キャットガール、あの3名のことをなでなでしろということなのだろう。


 あまりにも無理がすぎる。

 完全に猫ならともかく、いまの彼女たちはキャットガールだ。

 流石に撫でさせてくれるとは思えない。


 そのうえで全力でナデナデ男を遂行する覚悟が必要だ。

 そして嫌われる覚悟も必要なのだ。

 きっつ。超きっつ。まじきちい。


 なんなんだよ。ナデナデ男って。

 キモ生物みたいに扱いやがって。

 

 これのせいで俺は4限が終わるまで行動を起こせていない。放課後は文化祭実行委員会がある。はやめに撫で活をはじめないと間に合わなくなる。

 

「でも、俺はこれまで不可能を可能にしてきた男、赤谷誠だぞ。きついポイントミッションにも負けずに今日という日まで入学からミッションをやり続けた」


 ならばできるはずだ。

 神は乗り越えられる試練しか与えないはずなのだ。


 お、ちょうど、向こうから志波姫がやってきた。

 ここは人気のない廊下。よし、コトに及ぶのならいましかない。

 物は試しだ。全力でナデナデ男を遂行する。


 背後をスーッと通り過ぎていく警戒皆無のキャットガール。愚かなり。お耳がぴくぴくして、尻尾が揺れているじゃないか。なんだろう。何か良いことあったのかな。そんなこと思いながら俺は勢いに任せて手を伸ばした。やるしかないんだ!


 『瞬発力』×3+『フリッカージャブ』


 説明しよう! イケメン三銃士から先日いただいたスキル『フリッカージャブ』。これはジャブの動作を強化するスキル! 強化範囲は威力だけでなく、動きの精密性、速度など広範囲に及ぶ! これを使うことで”素早く手をだして素早く手をひっこめる”動作を強化し、何をしたのかわからない速度でナデナデできるのだ!


 名づけて『不可避のまさぐりアンアヴォイデブル・グローピング』である。


「ニャっ!」


 志波姫はサッとふりかえり、俺の手を叩き落としてきた。声かわいい。じゃなかった。おのれこの猫娘、なんという反応速度だ。死角から撫でたつもりだったのに。

 まさか俺に意識を向けていたのか? 常在戦場とはな。やりおる。


「あたたたたたたた!」

「ニャニャニャニャっ! にゃあ!」


 俺は両手でしゅぱぱぱぱっと猫耳のピコピコする綺麗な黒髪を撫でようと襲いかかったが、志波姫の猫パンチはほぼ同じ手数でそれを叩き落とし、最後には俺の頬に一撃拳を食らわせて、俺の戦意を喪失させた。


「いってぇ……何すんだよ、志波姫」

「どう考えてもこっちのセリフなのだけれど」


 ええい、くそ、妖怪ナデナデ男すれ違い様に素早くひと撫で作戦失敗か……。

 志波姫の尻尾をみやる。まだふりふり動いている。おお、なんと寛大なのだろう。機嫌が悪くなっていない。彼女にしては珍しい。


「それじゃあ、俺はこれで。また剣聖クラブでな」

「ちょっと待ちなさい。どうしてこのまま立ち去れると思ったの」


 志波姫は俺のまえにまわりこんで止めてきた。

 ご機嫌なので許してくれてると思ったが、流石に逃げるのは難しいか。


「どうしていきなり攻撃をしかけてきたのか教えなさい。風紀委員につきだして反省部屋送りになるのはそのあとでも遅くないわ」

「うっ……違うんだ、俺は別にお前に襲いかかったわけじゃなくて……」


 志波姫は腕を薄い胸のまで組んで半眼で見つめてくる。

 これは理由を話すまで逃がしてくれなそうだ。


「実はその、俺、けっこう猫好きなんだ」

「でしょうね。猫を吸ったり揉んだり撫でくりまわしたり、まるで性欲を発散するような扱いだったものね。生粋の猫狂いだわ」

「そうだな。……ん? でも、お前、たしか猫状態の記憶ないんじゃ?」

「……まぁ記憶はないわね。だから、赤谷君って猫好きそうだから、そういうことしそうと思ったって話よ」


 志波姫は肩にかかった艶やかな黒髪をはらいつつ、咳ばらいをひとつ、耳をしおれさせた。これはどういう感情なのだろう。


「それで、その、ちょっと撫でてみたくなって」

「無理もないことね。わたしのような猫耳で可愛い女子をまえにして、男子が理性的でいられるとは思っていないわ。実際、今日はずいぶん視線を感じるもの」


 彼女はちいさくため息をつく。


「赤谷君、どれだけ撫でたいと思っても、いきなり女子生徒に触るのは変態で犯罪的でキモイということを認識しなさい。あなたは普段から変態で犯罪的でキモイ男だけれど」

「切羽詰まってたんだ、悪かった」

「……やれやれ、あなたにしては素直な態度ね」


 志波姫は意外そうに目を丸くした。

 まぁ今回は100%俺が悪いしな。これで言い訳を始めたら化け物だ。

 

 志波姫はあたりを見渡して、ひとつ咳ばらいをする。


「……まったく、赤谷君はどうしようもない男だわ。あなたの猫欲は、いずれ林道さんやヴィルトにも手をだしそうな勢いね。ここでひとつわたしが損な役回りを引き受けるのもやぶさかではないわ」

 

 志波姫はそういうと猫耳をピンとまっすぐたて、こちらを見上げて静止した。


「え? 触らせてくれんの?」

「いきなり撫でかかる怪物をここで退治する、というだけの話よ」


 心臓がバクバクと音をたてていた。

 志波姫はスンッとした表情のまま直立不動。

 俺は静かに手をもちあげて、猫耳のついた頭に手をおいた。

 

「これで満足したかしら、変態」

「ありがとう、助かった。チャージ完了だ」

「あらそう。よかったわ。もう道行く猫に襲いかからないようにね」


 そういって足早に去っていく志波姫、その尻尾は左右にゆらゆらと揺れていた。

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