文化祭実行委員

「というわけで、今日は文化祭実行委員会があるので、我らが1年4組も委員を決めないといけないわけだが……この時間では誰も立候補してくれなそうだ、仕方ない帰りのホームルームで決めるとしようか」


 ホームルームが終わり、オズモンド先生は俺を見つめながら言った。なんでこっち見ているのかはよくわからない。いつも思うんだけどさ。うん。


 ベルが鳴り、生徒たちが各々腰をあげるなか、オズモンド先生は俺の席のまえにやってきた。尻の半分を俺の机に乗せて座る。片眉のあがった、ちょっと腹立つ顔。


「なんですか、オズモンド先生。いくら俺のこと好きだからってだる絡みもほどほどにしてください。あと机に座るのはどうかと思います。机さんが泣いてます」

「君は自分の愛用するマグカップをちゃんをつけて呼ぶタイプだったかな? そうは思えないがね。そして、学校の部屋も備品も、壁も床もボコボコにしまくってる君に机に座ったくらいで注意されたくない」


 恐ろしく筋の通った正論。聞きたくないね。


「文化祭実行委員は責任の必要な仕事だ。信頼できる生徒に任せたい」

「俺は不真面目な生徒ですよ」

「君は先日の中間テストでは、12位の優秀な成績を修めたようだが」

「ふふ、頭が良いだけですよ、俺は。根はどうしようもない」

「いいや、実績がある。体育祭も花火大会も見事に成功に導いた」

「だとしたら、なおさらおかしくないですか? 俺、体育祭実行委員もやったし、花火大会実行委員も見事にやりとげたはずですよね? まだペナルティがあるとでも?」

「ある」

「そう言われたら話は終わりなんですわかりましたやらせていただきます」


 俺が食い気味にそう答えると、オズモンド先生はにこやかに笑みを浮かべた。

 

「ヴィルトくん、君もどうだね」


 オズモンド先生の視線は俺のとなり、ヴィルトへ向く。 

 ヴィルトは猫耳をぴくぴくさせながら、さきほどから俺とオズモンド先生を交互に見ていた。彼女はじーっと俺を見つめると、ピースサインをつくって口元に持ってきた。


「やる」

「ありがとう、君はどこかのトラブルマグロと違って協力的で助かる」

「どうしてヴィルトなんです」

「おや、彼女のことが嫌いかい?」

「い、いや、別にそういう話じゃないでしょ……俺に実行委員をやらせるのは、もはや先生の常套手段ですけど、ヴィルトにはそこまで犯罪歴ないでしょう」

「赤谷、まさか君は自分の犯罪歴をちゃんと認識していたとは。私は感動したよ。まぁしいて言うなら近くにいたから声をかけただけだ。あとふさわしいと思ったからだね」


 オズモンド先生は手で頭のうえに耳があるジェスチャーをする。

 ヴィルトは眼をキリッとさせると、対抗するように銀色のもふっとしたお耳をパタパタ動かしてみせた。


「hahaha、エクセレント、本物のキャットガールだ。私は日本のサブカルチャーに明るくないが、キャットガールとメイドカフェの相性が良いのは本能でわかる」

「1年4組のだしものメイドカフェを主導するのは、キャットガールしかいないと」

「その通りだ。ほら、なかなか説得力があるだろう?」


 得意げな顔でオズモンド先生は言った。

 最後にそれを付け足したら、理由を後付けした証明になっちゃうんだけどね。


 かくして俺は再び、学校行事を成功に導くための奴隷になりさがった。

 今回はヴィルトが相棒として参戦してくれるらしい。


「ん、待てよ、そういえば、もうひとりキャットガールがいたな」


 そういうとオズモンド先生は腰をあげ、教室の後ろのほうへ。

 陽キャ女子たちがたむろしているところに、重戦車のように突撃していき、そのまんなかにいる茶色の猫耳と猫尻尾をゆらゆらさせる少女を連れてきた。


「林道、気づいてはいたが、お前もにゃんにゃん病の影響が……」

「あ、赤谷……朝、起きたらこうなっててさ……」


 林道は頬をすこし染め、己の猫耳を両手で押える。

 美猫志波姫、銀猫ヴィルトなどの、高貴さや聖属性を感じる様相ではないが、この茶猫林道はどこか馴染みがあって、親しみやすさのある愛嬌で溢れている。

 

 俺に理性がなければ、手を伸ばして「よーしよしよし!」と撫でくりまわしていたことだろう。


「どうやら最近は耳と尻尾を生やすことが流行ってるみたいだね。よし、では、林道くん、君も実行委員だ。君たちは体育祭の時もともにやる気があった者どうしだ。意欲のある者どうし、ぜひとも手腕を振るってもらいたい」

「体育祭の時に実行委員のやる気があったからといって、文化祭実行委員もやる気があるとはならないのでは。理屈が通ってないですよ、先生」

 

 オズモンド先生の言葉を狩り、わずかな優越感を得ていると、「ほう、では、林道に確認してみようか」と、先生は茶猫に向き直った。


「文化祭実行委員、人数はすでに間に合ってる。断ってもまったく構わないよ、林道くん」

「やります! 絶対やる!」

「とのことだ、赤谷。やる気があった。私のほうが正しかった」

「えぇ……俺、間違ったこと言ってないのになぁ……」


 なんでこういつも良い様に転がされてしまうのだろうか。これが大人か。汚い。

 

「えへへ、赤谷、またいっしょに実行委員だね!」


 明るい笑顔を浮かべ人懐っこくしてくる茶猫。魅惑のしっぽが俺の右腕にからんで2回転ほど巻き付いてきた。これはすごくえっちなのでは。心が乱される。

 なんでこういうことしれっとやっちゃうんですかね、この子は。いけません、あー、いけませんねッ! 尻尾をもちあげてるからスカートもとても危険なレベルでめくれているし。何度も言っているが、英雄高校の制服は尻尾に非対応なのだ!


 でも、ここで動揺するのはクールじゃない。

 俺は心臓がバクバク鳴るのを上から押さえて、努めて平静をよそおう。


「こほん、スカートが危ないんじゃないか……」

「え? あぁ大丈夫大丈夫、したスパッツだから!」


 そういう問題じゃない。なぜならスパッツだろうとえっちだから。とはいえ、その理由を説明しだしたらきしょいので「そうか……」と、このクール赤谷はこれ以上の警告はできないのだが。


「尻尾の操作、上手だな」

「そうかな? みんなできるんじゃない?」

「たぶん上手いぞ、お前。ヴィルトはたしか尻尾揺らすだけで精一杯だとか」


 横を見やると、ヴィルトは感情を宿してないいつもの平熱な表情でこちらを見ていた。頬をすこし膨らませている。視線も冷ややかな気がする。


「それできない……」

「ほらな?」

「……それはえっちだと思う、禁止すべき」


 ヴィルトは「にゃーごぉ……」と、奇妙な唸り声をだしはじめた。でたわね。

 対する林道も「なぁーお、なぁーお……」と、低い唸り声で対抗しはじめた。

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