尻尾は勝手に動くし、喉も勝手に鳴るものです

 猫耳と尻尾という最強装備をそなえた志波姫との登校は辛抱が必要だった。

 あまりにも猫耳と尻尾が似合いすぎてて、触りたい衝動に駆られる。

 だが、そんなことをすれば変態の烙印を押されてしまうだろう。


 より辛抱が必要なのは、可愛い尻尾がずっとゆらゆら動いていて、定期的にスカートがめくれあがりそうになることだ。

 いまの志波姫は特に注目されている状態だ。だれが彼女のスカートの向こう側にひろがる銀河をひと目みようと意識を向けているかわからない。


「お、おい、尻尾、危ないぞ……!」


 思わずそういう風に注意すると、志波姫は尻尾をスカートの布地の上から押さえてこういうのだ。


「変態、セクハラ、痴漢」


 まだ何もしてねっつーの。


「わたしの尻尾が気になって仕方がないようね」

「べ、別にそういうわけじゃないっての」

「嘘をおっしゃい。あなたが重度の猫狂いなのはすでに明らかなのよ。抵抗は無駄よ」


 この女は俺の善意をこういう風にいってくるのだ。腹立たしい。

 ずっと猫だったら良いのに。永遠にゃんにゃんしてやるのに。


「お前のために言ってやってるのに」

「わたしのためね」


 尻尾がより激しく動く。

 なんとけしからんのだ。ええい。


 辛抱しながら1年4組の教室のまえにやってきた。

 いつもはここでしれっと別れて、俺は4組の教室へ吸い込まれ、志波姫のほうはは1年1組へ向かう。


 だが、今日は志波姫が足をとめた。

 彼女は目を細め、1年4組の教室のまえにいる銀色の美少女をみつめる。

 しなやかな毛並みの銀髪によく似合う猫のお耳、極めて健康的と言わざるを得ない太もものちかくには挑発的に尻尾がゆらゆら動いている。


「赤谷、おはよ」

「ヴィルト、お前もにゃんにゃん後遺症が?」

「うん、朝起きたら生えてた」

「世の中の人間って猫耳とか尻尾とか生えても案外動じないものなんだな」

「特に弊害もないし大丈夫かなって。登校できる生徒は登校するべきだから」


 聖女はそういって自分の尻尾をふりふり動かしてみせた。

 英雄高校の制服は猫尻尾の生えた生徒を想定してはつくられていない。

 ゆえに志波姫とおなじく、スカートがめくれそうになる。


「聖女さまが御尻尾を動かしていらっしゃるぞ……!」

「猫耳聖女さま、おぉ、ありがたやありがたや!」

「生まれてきてくれてありがとうございます、ありがとうございます!」


 信者たちは手をすりあわせ、涙を流しているが、まぁ気持ちはわからなくはない。


「赤谷君、ヴィルトを舐めまわすように見るのはよしなさい」

「み、見てねえって。人聞きの悪いことを言うんじゃねえよ」


 俺は慌ててヴィルトから視線を外した。

 危ない。ここは公衆の面前。銀の聖女を守る会のみなさんも間違いなくみている。

 視線には気をつけねば。膨らみとか、むちっとしてるとこを凝視するのは制裁対象だ。

 

 そうわかってはいるのだが、チラッと薄目を開けたくなった。

 猫耳ヴィルトは、手を丸めて顔横にもってくると「にゃーご」と、無感情の表情のままつぶやいていた。

 

「どう、赤谷」

「……どうって」


 そんなの胸が苦しくなるほどだかあいいに決まってるじゃん。ふざけてるのかな?


 黒い尻尾が俺の太もも裏を叩いてくる。


「なんだよ志波姫、痛いって」

「別に。尻尾が勝手に動いてしまっただけよ。気にしないでいいわ」

「そうか……」


 志波姫は不機嫌そうな顔をしながら喉から「マーオォ、マーオォ……」と、まるで威嚇する猫のごとき音をだしはじめる。

 それを受けるヴィルトも「にゃーごぉ……」と、奇妙な唸り声をだしはじめた。


「なんか猫寄りの音がでてるけど、ふたりとも」


 2匹の猫を交互にみやり、言うと、ふたりはハッとしたように喉を押さえた。

 

「どうやら無意識のうちに猫しぐさが出てしまうようね」

「猫しぐさ、か」

「えぇそうよ。なのでその猫の威嚇のような音も無意識よ。マーオォ、マーオォ」

「もう出てる! もう出てますよ、志波姫さん!」


 なんだか不穏な2匹の邂逅は予鈴が鳴ることで終わりを告げた。

 ホームルーム、隣の席のヴィルトは俺の肘をつんつんしてきた。


「なんだよ」

「見てて」


 ヴィルトは目をぎゅーっとつむった。

 堪えるようなその仕草ののち、お耳がピコピコ動きはじめる。

 なんですその可愛い特技は。


「ふふん。すごいでしょ」

「それはなんだ」

「練習した。けっこう動かせるようになった」


 わざわざ練習したようです。そっかぁ。

 俺は思わずほころびそうになる表情を手で覆い隠す。


「これもみて」

「尻尾がすげえ揺れてるけど」

「うん。嬉しいと動くみたい。これはコントロールできない」

「志波姫もそんなこと言ってたな。なんで動いてるんだ」

「赤谷に耳動かすの見てもらえたからだよ。赤谷は褒めるべき」

「そうか。すごいな。感動した」

「ふふん」


 ヴィルトは再び耳をぴこぴこ動かす技をして得意げな表情になった。

 ん、そういや、登校の時、志波姫の尻尾もやたら左右に揺れていたな。

 もしかしてあいつも何か嬉しいことがあったのだろうか。

 

 考えてみたが、俺と登校している以外、特別なことはなかったように思う。

 もしかしたら今日は機嫌が良い日なのかも。いつも不機嫌そうだしたまにはそういう日もあるか。

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