にゃんにゃんパニック5
志波姫に完全に抑えられ、赤谷は抵抗を許されなくなってしまった。
「みゃ、みゃあ(訳:投降するから暴力だけは勘弁してください……)」
赤谷は完全に抵抗をやめ、もはや狩人が仕留めた獲物みたいに大人しくした。
彼の灰色の脳細胞は次なる展開を想像する。
(現状、俺たちはにゃんにゃん語しか喋れないようだ。つまり意思疎通ができない)
「ニャア、ニャア」
「まぁーお!」
「なぁご」
(この3匹の猫が主張をしているのはわかるが、俺には何を言っているかはわからない。それはこの猫たちもまた同様であろう。俺は何を言っているかはわからないはずだ。つまるところ、俺の責任を追及しようにも、現状では難しいということだ)
「みゃおみゃーお(訳:残念だったな。この赤谷誠になにか文句があるようだが、君たちの言葉は通じないよ。これは無視とかじゃないんだ。仕様。仕様なんだよ。君たちも主張が通じないことを自覚しながら、そうして可愛くにゃんにゃんすることしかできない)」
ぽわーん。白い煙がもくもくと湧いてくる。
赤谷は口を半開きにして奇妙なエフェクトに驚愕する。
赤谷を取り押さえている猫たちの体積があきらかに増大した。
それもそのはず。3者はもう猫の姿ではなかったのだ。
綺麗な素肌で赤谷というもふもふにゃんこを密着する少女たち。赤谷は脳がフリーズし、彼女たちの姿に視線を奪われそうになった……だが、すぐに視線をきり、混乱の内に逃走しようと試みた。
「どうやら人間にもどったみたいだにゃ」
志波姫は赤谷のことをぎゅっと抱きしめながら言った。
すでに逃走は失敗した。その白く細い腕には力がこめられてる。赤谷の背中には薄い御胸の感触があった。つまり死ということだ。おわかりだろう。みゃーお。
「私、猫になってたみたい」
「……わたしもよ」
「うわあ、裸じゃん!? てか、ひめりんにヴィルトさん!?」
「みゃあ~」
3者が手で隠すべき場所を隠すなか、赤谷はひとりにゃんとして志波姫に抱っこされる。ハーレム的な絵面のなか、赤谷は瞳孔が開いて目が丸くなる。
林道は慌ててベッドの毛布に手を伸ばし、身体にはおった。志波姫も同様で薄いシーツでその美しい肢体を隠す。赤谷は志波姫の腕のなかで、シーツから顔だけだすかたちとなった。
「おかしいわね、あんまり記憶がないわ。あなたたちどうやってここに来たのか覚えているかしら?」
志波姫はおでこを押さえながら言った。
「私も全然ないかも」
ヴィルトはうんうんとうなづきながら同意する。
「え? 私、ちゃんと記憶あるけど?」
林道は頭上にクエスチョンマークを出しながら正直に、素直に答えた。
「みゃあ(訳:まじか、猫化現象には記憶障害の症状もあるのか。あるいは意識がないといったほうが正しいか? 俺にはまったくそんなことなかった。意識ははっきりしてるし、記憶も残ってる)」
赤谷は考える。考えに考え、辻褄があう気持ちよさを得た。
(そうか、意識がなかったからこの3匹の猫はやたら俺に懐いてたように見えたんだ。身体をこすりつけてきたり、ぺろぺろ舐めてきたり、抱っこしたら可愛いらしくゴロゴロ喉を鳴らしてしまったり。美猫だった志波姫にしてもそうだ。志波姫は意識がなかった。だから、志波姫はやたら俺にすりすりしてきたり、寝てるところで布団にもぐりこんできたんだ。すべてが納得できた。そりゃそうだ、志波姫があんなに甘えてくるのはおかしいと思ったんだ)
赤谷は猫ながら「みゃおみゃお」とうなづく。
「みゃーお(訳:でも、それじゃあ、林道はおかしくないか? 意識があったのにあんなににゃんにゃん甘えてきたんだ?)」
赤谷は「みゃーお?」と訝しむ視線をおくる。
「そう。もしかしたら症状に差があるのかもしれないわね」
「そうなの? 私だけ意識があったなんて、なんかお得かも!」
林道は無邪気に喜んでいたら、ふと「あれ?」と、違和感に気づく。
「ふーん、琴音は意識ありと」
ヴィルトは赤谷の衣装ケースを開いて、勝手に白いシャツを着ながら言う。
これはいわゆる彼シャツというやつなのでは、と赤谷は静かな感想をいだく。
「みゃおみゃーお(訳:林道は自分の意志で甘えてきたたのかみゃ?)」
「あれ? ん? もしかして、私ひとりだけ素でスリスリしてたみたいになってる?」
「琴音は甘えんぼうなんだね。甘えんぼうなにゃあなんだね。ふーん」
ヴィルトは半眼になっていじわるな風に林道に詰める。
「え、えーっと、うーん、ぁぁっと」
林道はみるみるうちに顔が赤くなっていき、志波姫が抱っこする赤谷のお鼻をつつく。
「ふ、ふーんだ! 赤谷に気づいてもらおうとしただけだよ! まさか私が猫になってるだなんて思わないと思ってさ! ああやって近づいて、いたずらしてからかおうと思っただけなんだよ、本当だからね!」
「みゃ、みゃお~(訳:林道ってもしかして……。うん、俺も記憶がない設定でいこっと)」
「なんだか馬鹿にされてる気がする! ひめりん、赤谷貸して!」
このあと林道は開き直っていっぱい赤谷をもふもふした。
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