にゃんにゃんパニック3

 猫たちをにゃんにゃんできて大変に幸せです。

 机のうえを占領されて勉強できなくなってしまったけど、まあ、これはもう仕方ないとわりきるしかないだろう。だって猫なんだもん。猫が構えと言ってきたら人間は逆らってはいけないって日本国憲法にも書かれていた気がするし。


「よーちよちよち、それじゃあたくさんもふもふしような」

「まぁーお!」

「なぁご!」


 茶トラと銀猫は俺の肩に前足をのせて寄りかかるように二本足で立ち、両サイドから頭をこすってきたり、ざらざらした舌でぺろぺろしてくる。


「にゃっ!」


 美猫は背中から俺の身体に駆けあがり、頭のうえに腹ばいになって乗ると、自己主張しながら肉球でぺしぺし叩いてくる。どうやらほかの猫に構っているのが気に喰わないらしい。


「わかったっ、わかったから、みんな落ち着け、ひとりずつだ!」


 やれやれ猫にモテすぎるのも困りものだな。

 

 ゴンゴン!


「赤谷、いるかー?」


 ん、この声は薬膳先輩?


「はいはい、今、出ます」

「いたか。よかった。実はだな、以前の『人間を猫に変える薬』なのだが、あれの治療薬が完成したので、試してみてほしいのだ」


 薬膳先輩は怪しげな試験管をみせてくる。


「待ってください、治療薬ってなんです? 俺は見ての通り先輩のしでかしたにゃんにゃんパニックからこうして帰還してますよ。あの異常な薬品の効果はきれてます」

「赤谷よ、いまから話すことは落ち着いて聞いてほしい」


 薬膳先輩は廊下で話すべきではないとして、俺の部屋に入ってくる。

 

「コーヒーでいいぞ。砂糖とミルクたっぷりのな」

「図々しいですね」


 俺も飲みたかったので、ポットでお湯を沸かす。

 薬膳先輩は猫3匹を眺めていた。


「まさかペットまで飼うとはな。赤谷、お前にはこの世の良識だとか、ルールだとか、条例だとか、法律だとか、そうしたすべてが通用しないらしいな」

「いや、野良猫ですよ。勝手に入ってきたんですよ」

「こんな綺麗な野良猫がいるものか。どーれどれ、ちょっとモフらせておくれよっと……痛たたたたたぁっ!?」

「そっちの美猫ちゃんは気に喰わないことがあるとすぐ猫パンチしてくるので気を付けてください」

 

 コーヒーを出してやると、薬膳先輩はひと口すする。


「『人間を猫に変える薬』には実は隠されし効果があったんだ」

「隠されし効果?」

「俺も予期していなかった効果だ」

「それって副作用って言うんじゃ……」

「いいや、隠されし効果だ」


 副作用ですね。はい。


「どんなとんちきな副作用があったんです」

「あの薬だが、どうやら伝染するらしくてな。いわゆるにゃんにゃんパンデミックと呼ばれる現象だ」

「聞いたことないです」

「お前は『人間を猫に変える薬』を服用した」

「服用させられたの間違いでは」

「猫化の症状は他者へ伝染する。たとえばお前を猫吸いしたものなどには、高確率で伝染していることだろう。後遺症もある。一度猫化すると、猫耳と猫尻尾が生えてしまう可能性がある」

「でも、俺、猫耳も尻尾も生えてないですけど」

「それは誰も得しないからだろう」


 病気に気を使われてるのかな。


「冗談だ。時間差で生えてくるかもしれない。もしかしたらまた猫になってしまうかもしれない。そうなれば日常生活に支障をきたす。だから、その治療薬をつくった」


 たしかにいきなり猫になってしまったり、猫耳と尻尾をはえてくるのは面倒そうだ。

 俺は薬をごくりと飲みこんだ。薬膳先輩を信用できるわけではなかったが、彼の薬の威力は身に染みて実感している。毒をつくれるのなら、それの治療薬をつくれるだろう。


「ん」


 頭がムズムズする。

 腰の付け根もかゆい。


 洗面所に駆け込み、鏡をみやると、ふっさぁ~っと猫耳と尻尾が生えていた。


「生えたんですけど」

「これは想定外だな」


 薬膳先輩は腕を組んで、タブレットをみやりながら難しい顔をする。


「だが、見たところ猫にはなっていないようだ。現在の状態は、お前の体内に残留しているにゃんにゃん因子と治療薬が戦い、なんらかの反応を見せた結果かもしれない。人体が感染症に対して、発熱という自己免疫疾患を発揮するように、赤谷の身体もにゃんを浄化するために、一時的に猫耳と尻尾が生えてもおかしくはない」

「いや、おかしいですよ。普通に」


 それらしく語ってるが全然理屈は通っていない。


「俺はもどって治療薬の改善をする。では、さらばだ」


 薬膳先輩は足早に部屋をでていった、「おかしいなぁ、あれで治るはずなんだけど、なんで猫耳生えたんだ……」とぶつくさ言いながら。


「ん、お前たちどうしたんだ」


 3匹の猫はむすーっとした顔で俺のほうを見てきていた。

 特に美猫の表情は険しい物になっていた。なんだろう。例えば秘密を知ってしまったものを消そうとしてるみたいな目だ。


 待てよ。ん? ということはどうなるんだ。

 にゃんにゃんパンデミック、猫吸い、感染、あの日、この猫谷誠にかまってきたやつらには、猫症状が感染してる可能性が高いということだよな?


 俺は3匹の猫を改めてみやる。

 似ている。改めて見ると、たしかに似てるんだ。

 

 背筋を冷たいものがツーっと伝うのを感じた。

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