赤谷誠は激しく猫狂う
その夜、俺は訓練場で時間いっぱいまで剣をふりまわした。
志波姫心景。あれを倒すことが敗北した日からの目標だった。
いまはより強い動機を得てしまった。
あいつを倒し志波姫に証明する。お前のほうが強い、とな。
「ニャア」
「お前、部屋までついてきたのか?」
あの美猫は八神とわかれたあとも、訓練場についてきたり、シャワー室のまえまでついてきたり、ずっとひっついてきている。どうやら懐かれてしまったらしい。
この子、どことなく志波姫みたいな凛とした眼差しをしてる気がする。
毛並みも艶々で、仕草のすべてに高貴さを感じるところも、彼女っぽい。
ツリーキャットが長らく留守にしている寂しさというわけじゃないが、最近は猫チャージが足りていない。この子で猫チャージするか。
「ふふ、可愛いな、よーしよしよし」
「ニャ~」
「お前はおしゃべりしたりしないのか?」
「ニャアー、ニャアー」
頭を撫ででやると、猫は気持ちよさそうに目をほそめる。可愛すぎる。これは猫チャージするしかない。
「なんだか志波姫みたいで可愛いな。ほら、お腹撫でてやるぞ。ここがいいのか? それともこっちか? そうかそうか、やっぱり尻尾の付け根がいいんだな~」
謎の美猫はモフったり、猫吸いしたりしてると「ニャっ」と言って、肉球で顔を踏み踏みされて押しのけられてしまった。すごく良い匂いがしました。
「うんうん、肉球も可愛いねえ」
「にゃっ。ニャア!」
肉球をもみもみしてると、イラっとさせてしまったのか離れていってしまった。
気難しい子だ。うっとおしがられた。かなしい。
「そんなに嫌がるなよ~、ほら、もっと肉球触らせてくれよ~」
「にゃっ!」
触ろうとすると美猫はすたたーっと逃げてしまう。
俺はそんな姿すら可愛くて、つい追いかけすぎた。
はしゃぎまわった結果、俺は猫に翻弄され、転倒し、盛大に机を倒してしまった。
「にゃ、ニャア!?」
「あぁ! ごめんよ、ごめんごめん、本当にごめん!」
机のうえにのってた怪物エナジーが美猫にかかり、エナジーキャットになってしまった。すごい。エナジーの香りがする。
「ニャアーっ! ニャアー!!」
「ごめんよ、本当にごめんって」
猫は大変にご立腹のようで、びしゃびしゃになったまま鋭い目つきで俺を睨んできた。
俺が土下座して深く謝ると、前足で俺の頭を踏み踏みしてきた。
ありがたき幸せ。下僕にご褒美をくださるとは。
「これじゃあベタベタになっちゃうな」
「にゃ?」
俺は猫を前足脇に手を差し込み、ぶらーんと持ちあげてお風呂場に直行した。
シャワーが温かくなるのを待ってから、ぶわーっと猫にかける。
猫はビクッとしたが、抵抗はしなかった。
この子はとても賢いようだ。
水を怖がらないし、人間に抗議もする。
嫌なことは嫌だとはっきり言う。己がある気がする。
「にゃ~」
「そうかそうか、気持ちいいか」
猫は気持ちよさそうに目を細めて、浴室の床にごろんっと転がり、無防備な姿をさらした。
お腹も洗ってやろう。しっぽも揉み揉みしちゃおう。耳もつまんでこりこりしちゃおう。
「にゃ、ニャア……っ!」
猫は触られることにわりと抵抗してきた。手でぺしぺし叩いて振り払おうとしてくる。しかし、爪はたてない優しさ。さては満更でもないのかもしれない。ツンデレさんなんだ。可愛い。あまりにも可愛い。
「そんな抵抗で俺をとめられるとでも思っているのなら大間違いだぞ、エナジーキャット」
「にゃ、ニャニャ……!?」
「よーしよしよし、しっかりお股にもシャワーをかけて綺麗にするぞっと」
「ニャア!? しゃーッ!」
「うぎゃぁ!?」
猫は初めての本気の怒りをみせた。
爪をたて、ひっかいてきたのだ。
その切れ味はまるで名刀のごとし。
「い、痛いって……! ごめんよ、悪かったって、嫌だったな、うんうん、ごめんごめん」
俺は謝りながら傷口をいたわる。
「にゃあ……」
「ん、お前」
猫はひとたび俺から離れたが、トボトボ寄ってきて、傷口をぺろぺろ舐めてきた。
やりすぎてしまったことを悪く思っているのかもしれない。
「大丈夫だぞ。たいしたことはないからな」
「ニャア」
優しい子だ。
俺は猫をよく乾かしてあげて、ほかほかでふっくらさせてあげた。
猫用シャンプーとかあればもっとよかったのだろうが、まあ急だったし仕方あるまい。
「それじゃあもう一回モフらせてくれるか?」
「にゃっ!」
お風呂上りにもう一回猫吸いさせてもらおうとしたが、前足でぺしっと顔を押さえられてとめられてしまった。どうやらモフモフを安売りしないようだ。
「わかったよ、ごめんな」
「ニャアー」
猫と遊んでたら思いのほか時間を使ってしまった。
今日はもうベッドにはいって就寝しよう。
「窓は開けておくからな。満足したら出ていくんだぞ」
部屋を暗くし、温かい布団にもぐりこむ。
しばらくすると、布団に猫が潜り込んできた。
もぞもぞと布団のなかをもぐらみたいに移動して、横たわる俺の胸のうえでスフィンクス座りして、寝てる俺の顔を見つめてくる。
「なんだよ」
「ニャア」
「可愛いな、お前。なんでそんな可愛いんだ?」
「ニャ、ニャア」
肉球でぺしっと顔をたたかれた。この猫は恥ずかしがり屋さんみたいだ。
まあ、言葉が通じているわけもないけど。
この夜は気持ちよい眠りにつけた。
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