志波姫兄妹について

「訓練棟の地下にある存在しないはずの099号室か」


 話をした。剣聖クラブと魔導士クラブが隠した宝、志波姫の兄の戦いの記憶が刻まれた剣、それに挑みつづけている志波姫神華について。


 八神は静かに話を聞きながら、うんうんとうなづく。

 2本目の怪物エナジーを自販機で買い、プルタブを押して小気味いい炭酸の抜ける音が響く。

 

「いまから話すことは僕が言ったと漏らさないでほしいんだけどさ、もちろん志波姫さんにも」

「俺がだれか情報漏らせるほどコミュニケーション能力あるように見えるのか」

「なるほど、それは信頼できそうだ」


 十分な信頼を獲得したおかげか八神はひと息ついて志波姫兄妹について話しはじめた。


「ふたりは昔からすごく仲の良い兄妹だったんだ。兄を慕う妹、妹を思う兄、とね。志波姫さん、あんな性格だろう? とても真面目だからね。優れていても、兄をたてることを忘れることはなかった」

「その言い方だといまは仲良くなさそうだな」

「少なくとも本人たちはそう思ってる」

「お前はそう思わないのか」

「僕はね。実際のところはふたりにしかわからないだろうけど──」


「ニャア」


 話を中断する乱入者が現れた。

 その者は黒い瞳のモフモフさんだ。目が釘付けになるほどに綺麗で、すらりとした前足をしっかりとそろえてしっぽ巻き座りしている。品があり、どこか高貴な印象をもつ美猫だ。

 俺と八神が座っているベンチに第三者として飛び乗ってくると、俺の顔をちゃんと見て「ニャア、ニャア」とくりかえした。


「どうやらセキヤくんに撫でてほしいみたいだよ」

「猫の気持ちを勝手に代弁するのは人類のおろかな所業だと思ってるみゃ」

「いきなり猫の気持ちを語りだしたね」

「あぁ、間違えた。いまは人間だったな。戯言だ、忘れてくれ」


 美猫は俺のとなりで「ニャア」っと定期的に鳴いたが、すぐに諦めように静かになった。


「志波姫さんはいつだって立派な兄のことをたててきた。ありあまる才能ですべてを手に入れることができたのに、そうしなかった。志波姫家にとって次期当主になるべきなのは、長男である兄だと思ってたのか、あるいは剣でさえ兄を越えることを憂いたのか。とにかく彼女は、剣聖の継承を兄に譲ったんだ」

「志波姫は剣術で兄貴より上回ってたのか」

「本人はそう思っていないみたいだけど。でも、どちらが剣聖になるか、長い間、目を背けながらも確かにあった問題。それは望んでいようがいまいが、ひとつの結果を得た。あの日からふたりはどこかよそよそしくなっていったように思う」

「志波姫は剣聖を取り戻したがってるのか」

「どうだろう。でも、彼女は、ほら負けず嫌いだろう? 家のため、兄のため、彼女は可能だった結果を放棄した。彼女は己を貫くひとだ。でも、あの時、兄妹のどちらが剣聖にふさわしいか決める御前試合において、彼女は……本気を出さなかったんだと思う」


 志波姫が心のなかにいだくわだかまり。

 彼女は嘘をつかない。己の信念において。

 でも、そんな彼女でも、嘘をついた。


「剣聖のスキルには志波姫家を継ぐという意味も含まれてる。その意味は兄妹にとってあまりにおおきい。その樹人の剣士に挑み、勝つことはあるいは彼女なりの答えあわせなのかもしれない。本当に兄に勝てなかったのかどうか、というさ」

「けっこう子どもじみてるんだな」

「ニャアっ」

「いてっ!? なにするんだよ、お前……」


 美猫に爪をたてられた。

 俺はあやすように頭を撫でてやり機嫌をとる。


「でも、おかしな話じゃないか。志波姫は当代の剣聖だって言われてたぜ」

「本人が言い出したわけじゃない。だれかが勝手に言っただけだよ。当代の剣聖は、現状はひとまず心景さんのほうだから。剣聖クラブだって彼が剣聖だからついた名前だろう」

「そうか……でも、剣聖のスキルがあるんじゃ、剣で兄に勝てるかどうか、その答えあわせなんてできないんじゃないのか。剣聖のスキルがある時の兄貴と、ないの時の兄貴じゃちがうんだろ?」

「これは志波姫さんが知らないことなんだけど……実は心景さんは『剣聖』を受け取らなかったんだ」

「なんでだよ」

「言わなくてもわかるだろう。剣を真に交えたものなら、相手が手を抜いてるかどうかなんてわかってしまうものさ」


 心景のほうは剣聖を手にいれるチャンスだっただろうに。

 妹思いの兄と最初に言ったが……もしかしたら兄貴のほうも納得していないのだろうか。


「話をすれば解決する問題だと僕は思うんけど、まあ、兄妹のありかたも千差万別なものだからね」

「まあいい。だいたいのことはわかった。結局のところ、俺の疑問の答えは見つかった」

「それはよかった」

「兄貴が剣聖を受け取らなかったんじゃ、すべては勘違いと先入観にすぎないんだろ。俺が感じたとおり、志波姫はあの樹人の剣士よりたぶん強い。なぜか負け続けてるが。遠慮してるのかなんだか知らないけど」

「志波姫さんは心景さんを慕っているからね」


 俺はたちあがる。


「どうするつもりなんだい、セキヤくん」

「最初と変わらない。俺が樹人の剣士を倒す。それで解決する問題だ」


 俺は志波姫に勝てない。

 じゃあ、志波姫に勝てない俺が、兄のほうに勝てれば、志波姫>俺>心景の式ができあがる。


 八神は意外そうな顔をした。目を丸くし、すぐのちちょっと嬉しそうに笑む。


「心景さんは強いよ」

「それは知ってる。ボコされた。でもな、俺は本気じゃなかった。いやマジで。言い訳じゃない」

「彼を倒すのは控えめに言っても無理だと思うけど。少なくとも挑むにはレベルが高すぎる」

「準備はしてきてる」

「そういえば前にあった時もギラついてたけど……もしかして最初から、倒そうとしてたのかい?」

「まあな」


 俺が証明する。あいつは最強なんだ。

 

「どうしてセキヤくんはそこまでするんだい」

「別に。最近、『壁、開けなさい』って言われて付き合わされて、それが面倒くさく感じてただけだ。たいした理由じゃない」


 証明できれば、2学期に入ってからどことなく暗くしてる彼女の表情に、以前のような気高さを取り戻すことができるだろう。

 別にたいした理由じゃない。あいつには不安と自信のない顔なんて似合わない。そう思っただけなんだ。

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