変態レッドスモーク

 俺はこっそりベッドの下から這いでる。

 

「あぶねえ……死ぬかと思ったぁ……」


 志波姫はいま外へ出て行ったところだ。

 

 見つかれば全裸で女子寮に侵入し、氷の令嬢・志波姫神華の部屋に忍び込んだとんでもド変態として二度と社会復帰できなくなるほど致死量のダメージを受けるところだった。

 

 俺は彼女が部屋にはいってくる瞬間、とっさに窓のを開いた。濃密な社会的死の香りが、俺の灰色の脳細胞を高速回転させ、そこから猫が出て行ったようにみせかけるシナリオを想像させたのだ。志波姫は猫狂いなので、もし可愛がってる猫が外に出て行ってしまったと知れば、確実に捜索するため飛びだすと。


 不運だったのは、志波姫がすぐに窓が開いてることに気づかなかったことだ。

 そのせいでわりと室内の捜索をされてしまった。あれは危なかった。


 だが、俺の『第六感』は教えてくれた。飛び出すタイミングを。

 志波姫がお風呂場のほうへ移動したタイミングで、俺は最初に隠れていた押入れを飛びだし、彼女が一度調べたベッドのしたへ滑り込んだ。


 人間は一度調べたところはマークから外す。

 志波姫は最後に押入れを調べたようだが、その時には、この全裸仮面・赤谷誠はベッドのしたに移動していたわけだ。


 こうして俺は人生で指折りの危機をやりすごすことに成功したのである。


「さてと赤谷誠はクールに逃げるとしようか」


 俺は窓に手をかける。

 スキル『形状に囚われない思想』があれば窓の形状を変化させて、逃げだすことができるはず……いや、待てよ。でも、それだと痕跡を残すことになる。


 俺の能力は物質を柔らかくしたり硬くしたりすることで、ほぼすべての構造物の形を変化させることができるが、一度形状を変化させたものは完全に元の形には戻らない欠点もある。たとえばシンプルな構造物『立方体、単一の素材』そんな条件のものなら、99%元の形に戻すことはできるが、一方で人間がつくった建物などはまず元の形に戻せない。


 壁とひとえに括っても、その素材は千差万別であり、壁のなかにはフレームが埋まっていて、断熱材とかそのほか様々なものが入ってる。こうしたものを形状変化させたら、頑張って戻しても、特徴的な、歪で、不可解な痕跡が残ってしまう。


 俺のことを知らない人間なら「ここなんかぼこぼこしてるな」とかで済むかもしれないが、第一訓練棟の壁を何度も開け閉めして、099号室に入るために、何度もその特徴的な痕跡を目にしている志波姫ならば、もしかしたら気づいてしまうかもしれない。


 明日、明後日はバレないかもしれない。だが、一度残った痕跡は、これから先、志波姫が英雄高校を卒業するまで残り続ける。


 だめだ。あまりに大きなリスクだ。

 この建物に俺が侵入したという痕跡を残すわけにはいかない。


 となると、出られるルートは……廊下を通って、普通に玄関から逃げるルートか。


「参ったな、絶対だれかに見られるだろ。俺だとバレたら何の意味もないのに……」


 悩み抜いた末、俺は苦肉の策を練りだした。

 スキル『赤スモーク』発動。


 

 ──林道琴音の視点



「ヒナ先輩、やっと来た! はやく温泉いきましょ!」

「いやぁごめんねえ、ことりん後輩」


 この夜、林道琴音は雛鳥ウチカとともに温泉棟にいく約束をしていた。

 先輩と後輩、休日の夜、楽しい時間になるだろう。


 ガチャ。扉が開く。

 突然、現れた闖入者により、平和な一夜は打ち砕かれた。

 

「へ?」

「え?」


 林道と雛鳥は呆けた声をだした。

 廊下の向こう、扉が開いたからなんとなく視線を向けたそこに、変質者がいたのだ。


 その者は頭部と局部に赤い煙をまとっていた。

 モクモクと絶え間なくあふれでる濃霧は、その筋肉質な全裸の顔を完全に覆い隠している。


「うぁああ!?」

「な、なな、なんかでたぁあ!?」


 本能が訴えかけてくるその者の危険性。

 どう考えても変態。それも危険な香りの変態だ。


「ことりん後輩さがって! 後輩を守るのは先輩の役目! 風紀委員の端くれとして私がとっちめてやるぞ!」


 雛鳥ウチカは手を横にふりぬき、スキル『ファイアーボール』を発動する。

 燃える火炎が収束し、ポンッと放たれる。


 変態は片手で火炎を握りつぶすなり、姿を消す。少なくとも林道にも雛鳥にも視認できる素早さではなかった。


 瞬間的に雛鳥に接近すると、彼女の背後から近づくとスキル『静電気』と『放水』を発動、瞬時に体に電撃が走り少女を無力化した。


「うぅ! か、身体が痺れて動けない……! ことりん後輩、こいつ強い……っ!」

「ヒナ先輩!」


 林道はこみあげてくる恐怖を押し殺し、蒼い光を練りあげ、魔力の剣をつくりだす。魔術で編まれた刃で変態へ襲い掛かった。


 変態は微動だにせず、ノールックで魔力の剣を素手でとめた。

 握力で刃を握りつぶし、粉々に砕いた。

 まるで魔力では筋力には勝てないとでも言っているようだ。


「ひぃ、す、すみません、その、悪気はなくて……っ、すみません、すみませんっ!」


 林道は顔に深い影を落とし、口元を引きつらせる。涙も溢れてきた。変態を怒らせたらなにをされるかわからない。強い変態ならなおのこと。


 腰を抜かし、廊下にへたりこんだ林道。

 変態はそんな彼女をおいて、足早に去っていった。


 翌日、女子寮に出現した変態レッドスモークの噂は瞬く間に学校中にひろがった。


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