ハードコアかくれんぼ

「とりあえず、こんなところね」


 ドライヤーでぶわぁーっと乾かされる間も、俺はおとなしくしていた。尊厳部位以外を洗われてるときはマッサージされてるみたいで気持ちよいし、身体を乾かされるのもホカホカと心地よい。世の猫が暴れる理由はすくなくともわからなかった。


 きれいさっぱりして、毛並みもさらさらふっくら。最高級の状態になった。

 志波姫は満足げにする。パティシエがデカいケーキを作り終えたみたいな顔だ。俺の顔を撫でながら、顔を近づけてくる。


「みゃ、みゃあ!?」


 鼻先をくっつけられ、すんすんっと匂いを嗅がれてしまった。


「どうしてあなたはそんなに可愛いのかしら」


 それはこっちの……。


「赤谷君に会ってくるわね。あなたはここで良い子にしているのよ」


 志波姫が部屋を出ていった。たぶん「壁を開けてくれるかしら」という依頼だろう。残念だが志波姫、俺はここにいるのでそれはできないんだ。


 俺はベッドにあがり香箱座りする。

 志波姫を一日追って、彼女がおこなっているだろう日々の鍛錬を知った。

 文字通り血のにじむような鍛錬で、俺の想像を超えていた。

 また彼女と飛影の会話を期せずして盗み聞きしてしまった。結果、俺がいままでわからずにいた志波姫が樹人の剣士──兄の記憶が宿るあの試練に固執する理由も、なんとなく掴むことができた。


「みゃおみゃーお(訳:俺が倒さないと。俺がやつを倒して、そして証明しないといけないみゃあ)」


 頭を使っていろいろ考えてると、風呂上りの心地よさもあって眠たくなってきた。

 気づけば意識は失われ、重たい瞼は完全に落ちていた。


「ん?」


 次に目を開けた時。俺はベッドのうえでうつぶせに丸まっていた。

 人間の姿で。一糸まとわぬ姿で。

 

 一瞬フリーズし、脳が現実に追い付き、冷汗が流れてくる。

 窓の外は暗い。あれから何時間か経ったか?

 

 わからない。もしかしたら次の瞬間にもあの扉を開けて、志波姫が入ってくるかもしれない。気が気でない。なにかをしなければいけない。ベッドから立ちあがり、さあどうする、考えろ考えろ、そうだ扉を開けて逃げるんだ、一刻もはやくこの場所から!


 俺はダッシュで扉へ手をかけようとする。


 その時、廊下から話し声がした。

 だれと話してるか判断してる心の余裕はなかったが、その片方の声が志波姫神華であることは疑いようがなかった。


 

 ──志波姫神華の視点



「本当なんだよ、猫ちゃん、いたんだって!」

「どうしてそれをわたしに執拗に教えてくるのかまったく理由はわからないのだけれど」

「だって、ひめりんすごく気になるかなーって!」

「それがわからないのよ。まったくね」


 志波姫はツーンとした態度をとって腕を組む。林道は楽しそうにしながら、そんな志波姫にくっついて「本当に? 猫ちゃんだよ?」と審問の手をゆるめない。


「そんなにくっつかれると暑いのだけれど……」

「良いじゃん、最近寒くなってきたし」

「それじゃあ、林道さん。何度も言ったけれど、あの秘密基地は先生に見つからないうちに元に戻しておくことをおすすめするわ」


 志波姫はそう言って、林道とわかれ、自室にはいった。

 

「ん」


 志波姫は眉をぴくっとさせる。

 卓越した武人である志波姫はその場に残された気の乱れを察することができる。

 殺気や邪気などを察し、敵の先をとるための技術のひとつだが、たとえば部屋に何者かが潜んでいたり、泥棒があさったりしたあとなどを気づける能力とも言い換えられるだろう。


 志波姫は微妙な違和感を感じ、部屋を見渡す。

 ベッドを手で撫でる。柔らかい布団にできたわずかなくぼみ。

 それは猫がまるくなっていたにしては、やや大きいような気がした。


「そこ?」


 志波姫はバッとベッドのしたを確認する。

 だれもいない。猫もいない。

 

 次に洗面所、お風呂場と入念にチェックをする。

 浴室の天井を見上げる。押しあげたら開きそうな蓋がある。


「……」


 電気配線などを点検するための蓋。

 たどりつければ人間も一応入れそうだ。


 しかし、流石にそんなところに猫はあがれない。

 志波姫は確認するまでもないだろうと思いつつ……念のため、椅子をもってきて、天井裏をチェックした。


 だれもいない。もちろん猫もいない。

 

 志波姫は部屋にもどり、腕を組み、ふと押入れが目についた。

 そういえば中を確認していない。


 あと何かが隠れることができるとすれば、そこしかない。


「そこにいるの?」


 押入れをバッと開けた。

 中には誰もいなかった。当然のように。


「マコト……どこに行ったのかしら」


 びゅーっと風が吹く。

 志波姫は窓が開いていることに気づいた。

 

「まさかここから?」


 その窓は横すべり出しの窓であり、全開で押し開いても、わずか15cmほどの隙間が開く程度のものだ。人間が通るにはあまりに狭すぎるが、猫ならば通り抜けることができると思われた。


「上から体重をかければ開けられるスイングハンドル式……あの子は賢いから開けられるかもしれないわね」


 志波姫はそこまで確認すると、すぐさま部屋を飛びだした。

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