志波姫神華は静かに猫狂っている

 ご機嫌な志波姫……普段、表情から冷たさがもれてる彼女も、こんな温かみのある顔をするのだなとつくづく驚かされる。思わず視線を奪われる程度には……魅力的というか、珍しいというか、そんな感じだ。


「なんだか赤谷君みたいね」

「みゃ、みゃあ……!?」

「ナマズみたいな目元してるわ」


 心臓がもたない。志波姫のやつ、さては俺の正体に気が付いていて、泳がせているわけじゃないよな? それで罪を重ねたところを刀でしばこうとしてるとか? 考えすぎか。もしそうならヴィルトの双丘をふみふみした段階で死刑執行レベルだ。そして、こんな猫なで声で話しかけてくる姿をわざわざ見せることもない。


 いかに志波姫でも猫谷誠の正体には気づけない。そのはずだ。


「猫クラブにいけばあなたの飼い主に会えるでしょう。いくわよ」

「みゃあ~」


 志波姫に連れられて、猫クラブなる部の門をたたいた。扉には『猫カフェ』と書かれており、営業中の立て札もあった。


「ようこそ、にゃんにゃんカフェ『猫クラブ』へ!」


 猫耳をつけた女子生徒が志波姫と俺を迎えてくれた。


「みゃあ(訳:こんな店があったのか)」

「すみません、迷子猫を見かけまして。ここの猫が逃げ出してると思って」

「ん? 迷子の猫ちゃんですか? どれどれ。うーん、この子はうちの子じゃないですね」

「そうですか。では、どこの子かわかりますか?」

「首輪もしてないみたいですし。でも、毛並みはふわふわ」


 店員さんに撫でられながら検分される。撫でられるの気持ちいい。


「可能性は低いですけど、外から敷地内にはいってきたのかも? 力になれず申し訳ないです。もしよかったら、うちで預かりましょうか? 飼い主さんを見つけるお手伝いしますよ」


 志波姫と俺の視線が交差する。


「この子の飼い主はわたしが探します」


 彼女ははっきりと言い切った。

 

 静かな校舎裏にやってくる。


「飛影」


 志波姫がつぶやくと、シュパッと飛影が参上した。


「はい、神華さま」

「この子はきっと誰かが隠して飼っていた猫だとわたしは推理しているわ」

「そうでしょうか。ただの野良猫なのでは?」

「その可能性はあるでしょう。でも、探してみるわ。見つからなくてもその時はその時で構わないわ」

「それはつまりその猫を手元に置くと言うことでしょうか?」

「あなたならわかるでしょう、屋敷では飼えなかった猫を、ここでなら飼ってもいいのよ?」

「寮の規約ではペット禁止のようですが……」

「そんな言葉が聞きたいわけじゃないのよ」


 飛影は「えぇ……」と困った顔をして、猫狂いを発揮する主を見つめていた。まさか優等生の志波姫がこんなことを言いだすなんて。


「そもそも、寮で禁止されているだけよ。飼う方法ならいくらでもあるわ。だから、飛影、家にはこのことは報告しなくていいわ。余計な心配をかけたくないから」

「神華さまの御意思しかと理解しました」


 飛影はシュパッと影になって消えた。

 

 その後、俺は志波姫に追従して、彼女の一日を追うことになった。


 訓練棟訓練場で彼女が無数にある型を反復練習しているのを横で眺めてた。

 外周では彼女が普段どれだけ速いタイムで一周を走ってるのかを知って驚愕した。

 水を飲み、汗をタオルで拭う横顔を、俺はお行儀よく座ってみていた。


「赤谷誠、いますか」


 昼過ぎ、志波姫は男子寮で俺をたずねていた。もちろん、彼が志波姫を迎えることはなかった。スマホを時折見てたし、この猫谷に「どうして赤谷君は返信をしないのかしらね」と話しかけてきたりしてたので、俺に用事があるのはわかってたが。


「また夜にしましょう。ダビデ寮長には伝言を残しておいたし」

「みゃあー」

「彼は恐ろしく孤独で暇な人間だけれど、なぜか忙しい人間なのよ。付き合わせちゃってごめんなさい」


 陽が落ちてきた頃、飛影が猫用のシャンプーをさげて、もどってきた。それまで志波姫の足元をついて回っていた俺はタオルでくるまれ、抱っこされながら物事を成り行きに任せていると、いつの間にか俺は浴室にポンッと置かれていた。

 

「みゃあ?(訳:え……?)」」

「あなた毛並みは綺麗だけれど、外を自由にお散歩してる以上、衛生面に不安があるわ。すこしの辛抱よ。あなたたちが水を苦手としてるのは知ってるけれど、これは必要なことなの」


 志波姫は足ジャージの膝までまくり、袖もまくり、髪の毛を紐でひとつに結ぶと、シャワーが出し、水が温かくなるのを待ってから、ぶわーっとかけられる。


「みゃ、みゃあ!?」

「そうね、びっくりするわよね。でも、大丈夫よ。さにゃーにゃー。にゃあ~」


 猫語で俺をあやしながら、志波姫は俺の身体を泡立つシャンプーで揉みこんできた。


「みゃ、みゃあ~」

「やはりあなたはとってもお利口さんね。泣かなくて、おとなしくて」


 されるがままに、身体の隅々までしっかりと泡立てられ洗われてしまう。人間の尊厳が失われるような場所も、無慈悲に、容赦なく、優しく洗われてしまった。もうお嫁にいけません。


 しかし、こんなに優しくしてもらえるなんてな。可愛い飼い主に甘やかされ大事にされるのなら飼われるのは悪くないかも?

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