猫谷誠は愛でられる
まさか猫になってしまうなんてな。でも、まったく想像していないことが異常の世界ではわりと起こるんだよな。ダンジョンに吸い込まれたり、疑似ダンジョンで襲われたり、行く先々でトラブルに巻き込まれたりとな。数々の体験により、免疫がついていたのか、俺は自分でも驚くほど冷静だった。
「わあ、かあいいねえ~! ふわふわだ!」
林道は猫撫で声をだしながら、俺に話しかけてくる。俺としては林道がしゃがみ込んだことで目の前に突き付けられた薄桃色の下着に視線が釘付けになり気が気でない。ええい、離れろ、俺の視線! 無理だ、言うことを聞かない、吸い込まれる、この引力は強すぎる!
「どこから入ってきたの~? かあいいねえ、うんうん!」
答えてもないのにひとりで会話を進めながら、彼女は俺の頭に手を伸ばした。なでなでされる。
「撫でてもいいかな?」
「みゃあ(訳:もう撫でてるだろ)」
「すごーい! 答えてくれた! 可愛いね~」
「みゃあー(訳:林道、俺は赤谷誠だ。いまお前のパンツを見ている)」
「そっかそっか、ここが気持ちいいか~」
なるほど。これが猫の気持ちか。
愚かな人間は我々の言っている言葉など関係ない。
ただ己が理解したいように、我らの言葉を改ざんし、納得する。
猫だけではないのだろう。世界中のもふもふに話しかけるたび彼らは同じことをする。
はっ! なんだ、今のは、俺、いま完全に猫の思考になってなかったか?
まずい、もしかしたらあの薬、心まで猫になってしまうものなのかもしれない?
あるいはこれは普遍的な効果? 異形系スキルで動物に変身するスキルでは、変身後の動物の習性が抜けないとかいうし。
「そうだ! 猫って、おしりをポンポンされると気持ちよいんだよね!」
林道は俺の頭と、顎下撫でくりまわすだけでは飽き足らず、尻尾の付け根を手で撫で始める。途端、電撃が走った。それはある種の快感だった。俺は本能に刻まれたままに、腰をあげてしまった。
馬鹿な、なんだ今の気持ちよさは?
「ほれほれ~、ここが良いんでしょー? 私にはわかっちゃうよ~!」
「みゃ、みゃあ!(訳:や、やめろ、林道、それは気持ちよすぎ、うあぁあ!)」
刺激の強すぎる快感にビリビリと貫かれ、俺は気づけば、腰を高くあげ、尻尾をご機嫌に高く伸ばす人間の尊厳をうしなった体勢になっていた。猫としてみればまあ、別におかしな姿勢ではないのだが。
「あはは、やっぱり気持ちよいんだ! かあいい、本当にかあいい!」
「みゃ、みゃあ(訳:されるがままだ、悔しい、情けない、林道に手も足もでない)」
「ん、待って、あんた、目がなんだかナマズみたいだね」
「みゃあ!?」
「すごーい、赤谷みたいな目してる! 目つき悪くて、ちょっと陰湿で気持ち悪い感じだ!」
こいつやっぱり俺のことを嫌いなのかな。
「かあいいね~!」
支離滅裂な文脈。クスリやってますよ、この女。
どう考えてもいまの流れで、可愛いにはならないだろうが。
「それに全然、逃げないでずっと私のことを見上げてるし、もしかして私のことが好きなの? 懐かれちゃった!?」
「みゃあ(訳:都合の良い解釈だな。実に人間らしいみゃあ)」
「そっかぁ! うんうん、そっかそっか! それじゃあ、うちの子になろっか!」
「みゃ、みゃあ!?」
「あっ、でも、寮って、ペット禁止だったっけ。残念だなぁ」
そういえばそうだった。ツリーキャットに関しては勝手に出入りしてるだけだったから、まあ飼ってるわけじゃなかった。
「猫ちゃん、おいで、いっしょにお勉強しよっか」
「みゃあ?」
林道は俺の脇に手を差しこむと、そのまま抱っこしてきた。彼女の胸の柔らかさが押し付けられ、我がモフモフを圧迫してくる。あまりにも刺激が強すぎるので、本能的に離れようとしてしまったが、俺は現在、猫なのだ。つまり、こんなけしからん状態になっても、だれかに怒られることなどない。わりと親しい林道でさえ気づかないのだ。
林道がやってきたのは、校舎裏手にあるらしい閑静な場所だ。
「扉よ、開け!」
林道は俺を抱っこしながら、杖をとりだし、壁に向かってひと振りする。
すると黒いレンガが意志をもったように動き出し、ひとりでに道を開通させた。
「みゃあ!?(訳:秘密の通路だと!?)」
「えへへ、すごいでしょ、まだ誰にも言ってない内緒なんだよ? あんたが初めてのお客さんだよ!」
黒レンガの先には、ちいさな秘密基地があった。
ベンチとテーブル、本棚とオイルランプ。
「おしゃれでしょ? これ魔術で作ったんだよ。完成したらひめりんとヴィルトさんを呼んで驚かせるんだ! それでいっしょに勉強会とかするんだよ?」
「みゃあ(訳:近頃は魔術に傾倒してると思ってたけど、まさかこんなことまで出来るようになってたなんて)」
「あの3人みたいに私はすごくなれないけど、でも、すこしは私もできるってところみせたいからねっ!」
林道は言って、にひひーっと笑みを浮かべ、魔術の教本をとりだす。べこべこに折れ目がついて、付箋がいくつも張ってあるそれは、1年生の教科書ではない。きっと上級生から借りたのだろう。彼女の積極的な努力の証のようであった。
「ほら、猫ちゃん、お膝とか乗って! 最近はちょっと寒くなってきたからここにいるの辛いんだよ!」
「みゃあ(訳:有料だぞ)」
「ほら、おいで、よいしょっと」
持たれてそのまま林道自身の太ももに乗せてくる。健康的な太ももに爪を立てないように、慎重に丸くなってあげた。そういえば人間ってめっちゃ温かいな。林道がまるで全身床暖房みたいだ。触れてるだけでじんわりと眠たくなる体温が伝わってくる。
次第に俺の瞼は重たくなっていった。極楽だみゃあ。
────────────────────────────────────
読んでいただきありがとうございます! この物語を面白い! 続きが読みたいなど思ってくださいましたら評価★★★や作品フォローをぜひお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます