結局トラブルから逃げられない男
「どう思うって聞かれても……またわけのわからないことをしようとしてるのならやめたほうが良いと思うとしか言えないですけど」
「馬鹿な、どうしてしまったんだ、赤谷? 文化祭だぞ? はっちゃけなくてどうするという? お前の触手力と俺の科学力があればなんだってできるんだぞ?」
「超前科者となにかしようとは思わないですよ、普通は」
薬膳卓。それは英雄高校が抱える爆弾であり狂気の科学者の名だ。無法生徒のランクでも最上ランクである特級に指定されているらしく、『反省部屋』の経験も一度や二度ではない。
「経歴を隠して新入生の俺に近づいたんですね。とんでも無法生徒だったなんて。ただのはみだし者の陰キャだと思ってたのに」
「人聞きの悪いことを言うんじゃない、赤谷。よからぬことを吹きこまれたな?」
「灰星先輩が『あの男とは金輪際関わらないほうがいい。君も染められる』って忠告してくれました」
「おのれ、灰星牡丹め、純粋な生徒に言いがかりを吹きこむとは。出るところに出れば名誉棄損で勝てそうだな」
どう考えても薬膳先輩にとって良い結果にはならないだろう。
「ところで、今日はなんなんです。出所してそうそう」
「2週間くらい前には出所したがな」
2週間前となると、10月の頭には出所していたということか。
「あれだけの大犯罪しておいてたった懲役1か月で済むんです?」
「そんな軽い罰じゃないと思うが、まあ、外に比べればずいぶん軽いといえるか」
無法生徒がなぜ学校から退学処分を受けないのか、理由を無法生徒界のカリスマから聞けた。いわく退学したらそれこそ非行に走るからだとか。英雄高校ひいては財団は、あくまで自分たちの手の届く範囲に不安定な思春期のスキルホルダーを保持しておきたいのだ。だから、一般的な法ではアウトっぽいことでも、セーフになるんだとか。
「特に俺みたいな……自分で言うのもあれだが、強力な祝福者はまあ、退学まではさせれらないことがほとんどだと思う。大人たちの事情をかえりみれば」
結果として、学校からいなくなるのは、退学してもあまり問題のない生徒であり、尋常の世界に溶け込める生徒であり、かつ自主的な退学がほとんどだという。
どうりで俺、いろいろやってるけど意外と大丈夫なわけだ。だって薬膳先輩で平気なんだもんな。
「赤谷よ、俺たちは私服風紀委員としてポイントを稼ぎまくるという目標を失った」
「そもそも持ってなかったですけど」
「私服風紀委員はあくまで風紀委員会のもとで飼われる猟犬だ。風紀委員長に認められなければなることはできない」
先輩は窓辺に手をつき、青空を見上げながらつづける。
「俺はもう私服風紀委員にはなれないだろう。俺だって真面目にやるつもりだったんだ。でも、フインに脅されて……あのサソリ女は恐ろしいやつなんだ」
「あぁ、フイン先輩」
あの夜、あの先輩に裏をとられて恐怖を感じたのを覚えている。
「だが、すべては俺の弱さゆえだ。俺が単独でも、フインの力に屈しない強さや、心をもっていればあるいは結果は変わったのかもしれないな」
「薬膳先輩……なんだか、しおらしくてやりずらいですよ」
「すまんな、赤谷」
薬膳先輩は爽やかに笑みをうかべる。空虚な、力のない笑みだ。もしかして彼は自分のしたことを本気で反省しているのだろうか? 己の罪を悔い改めているのだろうか?
そうだよな。1カ月も反省部屋に閉じ込められていたんだ。自分と向き合う時間としては十分だろう。彼はかつていろいろやらかしてきた。でも、花火大会実行委員になって、護衛係を務めあげ、自分の罪を清算しようとはしていたんだ。
友達の少ない彼の、かろうじて友達判定たる者として、俺くらいは、彼のその姿勢にすこしだけ評価をあたえてやるべきなのかもしれない。じゃないと、その、可哀そうじゃないか? 俺以外にだれもこの人のことをわかってやれるやついないだろ?
「薬膳先輩……わかりました。先輩の行いを多少は考慮しますよ。更生するつもりはたしかにあったということを」
「赤谷……っ、お前というやつは、本当に」
薬膳先輩は笑顔でこちらへふりかえる。
と、その時、彼の手から試験官がすっぽぬけてこちらへ、飛んできて、怪しげな液体が俺の顔面にぶっかかってきた。
「ぶへえ!? ぐぁああ! な、なんですか、これは!? まさかえっちな薬とかじゃ!?」
「だぁあ!? しまった、我が科学部が文化祭で展示薬品としてつくった『人間を猫に変える薬』がぁああ!!」
俺の視界はどんどん低くなっていき、やがて衣服のなかに沈んだ。こ、この感覚、もしかして、本当に猫になったとでも!?
「みゃ、みゃぁあ!?」
「まずい、こんなところを風紀委員に通報されたら、生徒に異常性がある薬品を使用したとかでしょっぴかれる……っ、ええい、赤谷よ、ちょっとお前どっかいっておけ!」
「みゃぁ! みゃあ!」
俺は自分の衣服にくるまれたまま、どこかに運ばれていく。
「あっ、まずい、だれか来た、ええい、ままよ!」
浮遊感が襲ってくる。あっ、これ窓から投げ捨てましたね?
俺の身体は、衣服のたばから射出され、男子寮の外へ。2階の窓から投げられたのもあって、けっこうな距離を飛んでしまったようだ。
「みゃ、みゃあ」
ひどいことをしがやる。ここは……視界が低すぎて、見慣れた風景がまるで違ってみえる。
ん、だれか近づいてくる。女子生徒だ。この角度、あっ、パンツが!?
「うわー! 猫ちゃんだー! 学校ではじめてみたかも!」
少女には見覚えがあった。林道琴音とかいうやつだ。そいつはしゃがみこんで、満面の笑みで俺のことを見つめてきた。
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