カウンターヒット

 1年4組では中間テスト前からいくつかの噂がたっていた。

 ほかのクラスでもそうだ。みんなうっすらと文化祭の話をしていて、クラスの人気者たちの間で意見は共有され、そんな話題が朝のホームルームや、帰りのホームルームまえのお喋り時間で伝播していくんだ。なんとなく耳にはいった意見は、あたかも自分の意見のように錯覚する。クラスには思考傾向が生まれる。


 この俺、赤谷誠はクラスの中央にある孤島であるがゆえ、この教室を構成するものたちの声をうっすらと耳にいれる能力に目覚めている。別に盗み聞きが趣味なわけではない。勘違いはやめてもらいたい。


 そういうわけで1年4組に2つの勢力ができていて、水面下で意見がぶつかっていることも俺は知っていた。


「えーと、つーわけで最終候補はメイドカフェと執事喫茶となっちゃったね~」


 1年4組陽キャ三人衆のひとり、芥は放課後の苛烈な民主主義をしきりながら、ホワイトボードを見やる。ボードのまえでは書記の林道が書きなれないマーカーで可愛らしい文字を書いて、落選してしまった候補たちにバツをつけていく。ちなみにここまでしぶとく生き残った案のひとつに赤谷食堂とかいうふざけた案があった。


「赤谷食堂いいと思ったんだけどなー」


 林道は頬を膨らませながらバツをつけた。悪は滅んだか。


「メイドカフェより、絶対に執事喫茶のほうが良いと思いますが、ここで決戦投票です。皆さん、骨の髄までよく考えて投票してください!」


 芥は事務的な口調ででそう言う。


 メイドカフェになれば、必然女子の労働が増え、男子などサボってどこかへいくことなどわかりきっている。あとシンプルにふりふりメイド服を着るのが恥ずかしいという気持ちがあるのだろうか。女子たちはまるで示し合わせたように、執事喫茶に票を集中させてきた。


 それに抗するように、男子たちはメイドカフェでの一点突破を刊行する。それはサボりたいとかからじゃない。ただひとつの確固たる意志の統一ゆえだろう。このクラスの男子のほとんどが銀の聖女を守る会の息がかかっていることから、彼らがなにをのぞんでいるのかは明白だ。


 事実、俺にも会から接触があった。いわく「聖女さまのふりふりメイド姿は飢餓に苦しむ子供たちを救い、世の紛争を平定し、赤点再試に追われている成績不良の生徒たちを解放するであろう。巨匠・赤谷誠、何をすればよいかはわかってるはずだ」とな。


 気づいたら4組全体が過激なメイド思想に傾いていたのにはこういうわけがある。馬鹿らしい話だと思う。文化祭という青春病がおこす一過性の興奮と熱狂が、こうした暴走をひきおこすのだ。銀の聖女ヴィルトのメイド服を着た姿を想像してみろ。民主主義にのっとって投票するしかないだろうが!


「投票は学園アプリからお願いします。あと30秒です」


 みんながタブレットやスマホをぽちぽちする。

 男子たちの団結力はすごいものだ。だが、女子の団結力も負けてはいない。

 両者がきっこうした時、なにが起こるのか。男子は負ける。


 なぜならこのクラス、女子のほうが多いから。

 敗北は濃厚。しかし、ダメ元でも、どうにか票を獲得する努力をする。

 

「ヴィルト」

「ん、赤谷から話しかけてくるなんて珍しいね」

「メイドカフェ、どう思う。良い案だと思わないか」

「可愛いと思う」

「そうだよな。投票するか?」

「赤谷は執事喫茶どう思うの?」

「悪くない案だが、ベストじゃない。ベストはどう考えてもメイドカフェだ。投票しようか」

「どうして」

「どうしてってそんなの」


 ヴィルトのメイド服をみんなが見たがっているから? なんて答えられるわけない。


「私のメイド服がみたいの?」

「い、いや、別にそういうわけじゃないが」

「えっち」


 ヴィルトは口元をカーディガンの袖で覆いながら囁くように言った。思考ジャックされている、のか?


「メイド服は可愛いし、えっちな赤谷が興奮するのもわかるよ」

「いい、いや、だから俺はお前のメイド服なんか、そんな興味がないというか、お前はメイド服じゃなくてもすでに可愛いし、十分特別なんだから、服装なんかこだわらないというか」


 ヴィルトが固まってることに気づく。口もを覆ったまま、ゆっくりと顔をさげ、机につっぷした。休み時間、喋る相手のいない俺が、寝たふりをしていた時の姿勢だ。どうしたのだろう。なにか傷つけること言ったか? 動揺で流れるように自己弁護してたから、何言ったかちゃんと認識してなかった。ヴィルトは突っ伏したまま足をパタパタさせるばかりだ。


「投票結果がでたので、各々、確認どうぞ」


 スマホを見やれば、そこに1票差で可決されたメイドカフェの文字があった。つまり女子のなかから誰かひとり裏切り者がでたということになる。ざわめく女子たち。男子たちはハイタッチし合う。雄叫びをあげるものもいる。


 喜びと困惑、陰謀と疑念の民主主義はこうして幕を閉じた。

 

 クラス出し物会議が終わった翌日。

 休日の男子寮で、俺はあの男に呼びだされた。


「同志赤谷よ、来たる文化祭、偉大な科学の祭典にしようと思うのだが、どう思う」


 怪しげな液体で満たされた試験を揺らしながら彼は言った。

 ムショあがりの狂気の科学者が何を企んでいるかだけ確かめておくことにした。

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