10月になりました
「わたしのほうが強い、とね」
志波姫は粘液まみれのまま肘をだき、瞼を閉じる。
「それはありえないわ。わたしはあの人には勝てない」
「俺には隠されし特殊能力があってだな、ボコボコにされることで相手の力量を測定できるんだ」
「あの剣士に挑んだの?」
「そういうことだ」
「あらそう。それじゃあ、あの剣士の測定結果はどうだった」
「強い」
「それじゃあわたしは」
「ちょー強い」
「赤谷君の匙加減じゃない」
それはそう。
「あなたには理解できないことよ。理解しようとする必要もないわ」
志波姫はびちゃびちゃと足音をたてながら訓練場から出て行ってしまった。
突き放すような物言いは、どこか最初に会った頃の彼女を思い出す。
最近感じていたおかしさはこれだ。この頃は心を開いてくれてたとか思ってたわけじゃないが……いまの志波姫はすこし前の志波姫みたいだ。
ひたすらに己の道をいき励み続ける。羨望の対象であると同時に近寄りがたい孤高の在り方でもある。その姿勢をとられ続けたら、木っ端は近寄ることもかなわない。
「なんだよ、それ」
誰もいなくなった訓練場で俺はぼそりとつぶやいた。
あの日以来、俺たちは剣士の話題を避けるようになった。
厳密にはその話題にふれる気にならないというか。本人から切りだすことはないし、俺から触れるのも一度拒否された手前、とてもやりづらいと言うか。
季節が進み、夏の暑さが姿を消した10月がやってきた。
生徒たちは長袖を着込み、芝生の緑はやや鮮やかさを失ってきた。
俺のなかで志波姫とあの剣士に関する話は、終わっておらず、どうして志波姫は剣士に勝てないのだろうという謎はくすぶり続けた。
「あっ」
ある日のこと、自販機でいつものように怪物エナジーを買おうと立ち寄ると、ベンチに見覚えのある男がいた。
「セキヤくんじゃないか」
「だれだよ。赤谷だって言ってるだろ」
「最近、志波姫さんがすこしキリキリしてる気がするんだけど、なんでだろう。セキヤくん、なにか知らないかな?」
「どうして俺に聞くんだよ」
「だってセキヤくん、志波姫さんと仲良いじゃん」
からかわれているのだろうか。俺からすればこの男が志波姫とただならぬ関係なことはすでに確定していることだ。まあ、別にいいけどな。こいつと志波姫。お似合いだと思う。
ただ、一方で俺がいだくもやもやした謎を解明するカギはこの男にある気もする。
こいつはたぶん俺より志波姫に詳しいだろうし……。
でも、直接的に聞くのはあんまりよくないよな。例えば志波姫とどういう関係なんだ、とか。なんだよこの聞き方。きめえな。別にこいつと志波姫がどうだろうが、俺が関知することではないだろうに。なんか良い具合の探り方じゃないと勘違いされるぞ。
「俺なんかただしばかれてるだけだ。専属サンドバッグ契約を結んでるくらいでな」
「女の子が専属サンドバッグ契約を結ぶのは仲の良い男子だけだよ」
専属サンドバッグ契約はそんな普遍的な判断基準ではない。
「セキヤくんって闘争者としてとても強いみたいだね」
「いきなりなんだよ」
「志波姫さんのサンドバッグを務められてることへの賞賛だよ。あとはその研ぎ澄まされてる感じ。だれか倒したい相手でもいて、そこに向けて調整してる感じだ」
「なんでそんなことがわかるんだ?」
「そういう目をしてる」
意味深なことばかり言いやがって。
「志波姫さんとよく似てるね、セキヤくんは」
「……お前は、志波姫と、その」
八神は怪物エナジーの缶をふる、ちゃぷちゃぷと残りすくない中身をゆらし、それをいっきに飲み干すと、ぽいっと手首のスナップだけで投げて、ゴミ箱へシュートした。
「そろそろ1限が終わる時間だし、いかないと。お互いに遅刻の流儀は同じだろう?」
八神は言ってそそくさと自販機前を立ち去った。すぐのち授業終わりをつげるチャイムが鳴った。
10月中頃の中間テストを乗り越えると、学校は一気に文化祭ムードへと移行していく。ちなみに学年順位は12位だった。まだまだインテリジェンス赤谷の成長はとまらない。
秋の祭典では、浮かれた気分が蔓延し、男女が楽しそうに騒ぎだす。
それすなわち許されざる青春病の時代のおとずれだ。
文化祭。それはダンボールとテープ、インクやら風船やらリボンやら、限られた資材と資源をやりくりしてどれだけ学校を散らかしてゴミをたくさん出せるかを競う競技会。
「Hahaha、諸君、ついに中間テストを乗り越え、ワクワクどきどきのフェスティバルの季節がやってきたねえ! 我らが1年4組がどんなお店を出店するか民主主義で決定するとしようか!」
でも、そんなゴミ量産大会は意外と楽しいものだったりする。
この赤谷誠、ふるって民主主義に参加させていただく。
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