どっちが強いのでしょうか

 志波姫は剣聖クラブでひたすら瞑想していた。

 林道とヴィルトが地稽古している間も、目をつむり、椅子にもたれている。

 居眠りをしているように見えるのはリラックスしているゆえだろう。


 飛影はそんな志波姫のそばで読書をする。飛影とちらっと眼があう。けっきょくあいつは「あの剣士は志波姫心景さまなのかも」という曖昧なことしか教えてくれなかった。


 あとのことは主である志波姫が語らない以上、自分がなにかを言うことはない、と。

 

 女子たちが仲良く女子寮にもどっていくのを見送り、志波姫がいつものように剣をとって着替えてもどってくる。


「壁、開けてくれるかしら」

「今日は条件をつけさせてもらおうか、志波姫」

「藪から棒にどうしたのかしら」

「質問に答えてもらおう」

「別にいいけれど」

「あそこにいるのって、お前の兄貴なのか」


 志波姫は腕を組み、思案げにする。


「どうしてそう思ったのかしら? だれからか聞いたの?」

「協力者の名を漏らすことはできないな。守秘義務だ」

「そう。飛影ね」


 バレテール。


「林道さんに、福島さんだったかしら? あなたたち最近、熱心に調べていたものね。『剣に魂を宿す魔術』とやらを」

「お前は知ってたのか? 最初から?」

「知らなかったわ。今日、林道さんに教えてもらっただけよ。わたしが悟っていたのは剣を交えたから。太刀筋からすぐにわかった」


 志波姫は腕を組み、首をかしげ「質問はおわり?」と締めようとする。


「いいや、まだだ。なんであんなにアレに執着するんだ」

「あなたなら知っているでしょう。わたし、負けず嫌いなのよ」

「兄貴ってのはあってるのか」


 志波姫は考えこむように肘を抱く。

 しばらくの沈黙のあと口を開いた。


「そうね。兄だと思うわ」

「もしかして、死んだ兄貴の思い出を越えようと……」

「話を飛躍しないでくれるかしら。別に兄は死んでないわ。これは壮大な話でもなんでもないのよ。ただ、越えられない壁を越えようとしているだけ」


 志波姫はそういい、歩き出してしまう。

 俺は今日もいつものように壁を開け、彼女の挑戦を見送った。

 

 言っていることは間違えていないように思う。

 兄貴なので志波姫より強いのも、自然と納得はできる。


 でも、引っかかっていることがある。

 俺自身それがなんなのかわかっていない。

 ボタンひとつ掛け違ったかのようなちいさな違和感。

 志波姫への問いでそれが晴れるかと思ったが、そんなことはなかった。


「あ」


 考えていると、その正体にたどりついた。

 そうだ。俺は感じていたんだ。

 樹人の剣士と志波姫、両方と戦ったことあるから、感覚的に納得していなかったんだ。


 あの剣士──志波姫兄と志波姫に、そんなに差はない。

 というか……志波姫のほうが強かった気さえする、と。

 

「なあ、飛影」

「なんだナマズ男」


 普通に考えれば年上である兄貴が強いはずだ。

 俺もちゃんと戦ったわけじゃないし、樹人の剣士の本気をひきだせていたわけじゃないからいまいち判然としない。でも、志波姫家に精通している飛影に聞けばわかるだろう。


「志波姫と兄貴ってどっちも剣士なんだよな」

「見てのとおりだが」

「どっちが強いんだ」

「……」


 飛影は口を閉ざした。


「我にはわからぬ。見ての通り、ご兄妹とも果てしない剣技をすでに習得されておられる。志波姫の剣は、志波姫家のものにしか真に極めることはできない。我の技量では、その深さを測ることは叶わない」


 力量に差があるとわからないって話か。

 その感覚は俺も共感できる。

 格上が2名いたとして、どっちが強い弱いって、見てるだけじゃ測れないんだよな。


「ナマズ男、その問いは神華さまにはしないほうがいい。きっと機嫌を損ねられる」

「ん? あぁ、まあ」


 そりゃそうだ。普通に怒られそうではある。

 わかりきっててアレを怒らせるほど俺は勇敢にはなれない。


「ありがとな。とりあえず、気になるから確かめてみるわ」


 志波姫が部屋からでてきた。

 比較的綺麗な格好で。

 

「どうだった」

「また負けてしまったわ」

「そうか」


 その夜、俺はひとりで戻ってきて、099号室にはいった。

 

「お兄さん、こんにちは、赤谷誠です」


 挨拶から入ってみる。

 樹人の剣士はたちあがった。


 2分後


 たまらず退室。

 え? 負けたよ? 当たり前じゃん?

 全身斬られたよ? おかしな、志波姫は綺麗だったのに?


「妹に甘いのか、俺に厳しいのか、いや、シンプルに強さが足りないか?」


 2日後


「志波姫、俺と決闘をしろ」


 剣聖クラブにのこのこ現れた志波姫に、俺は木刀を渡す。

 志波姫はとて面倒くさそうな顔をする。


「なんで戦わないといけないのかしら。あなた触手でセクハラしてくるから嫌なのだけれど」

「触手は使わないと誓う」

「その誓いが守られたことないと思うわ」

「大丈夫だ。今日の俺は自信に溢れてる。お前を倒せるというな」


 前回の決闘が夏休みまえだったことを考えれば、いろいろネタを仕込んで、上位スキルも使いこなせるようになって、新しい戦術も馴染んだいまなら以前とは違った結果を手に入れることができるはずだ。


「はぁ、仕方ないわね。あなたは言いだしたら聞かないものね。訓練場にいきましょう」


 訓練棟に移動し、ふたりで入室、その1分後。

 俺はボコされて排出される。


「ぐへっ……」

「結局、触手を使ったわね。この変態」

「追い詰められたら使うしかないんだ……」

「変態」


 志波姫はムッとした顔で不機嫌そうに言った。いまの彼女は粘液とかでベトベトだ。

 今回も負けてしまった。でも、これで明らかになったこともある。


「やっぱそうだ」

「?」

「兄貴よりお前のほうが強いんだな」


 俺がそう言うと彼女は目を丸くした。

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