ハブられる飛影
あれから2週間が経った。
9月も下旬となり、夏の暑さは和らいできた。
そんな秋の背中がみえそうな日、俺は職員室に呼び出されていた。
「赤谷、犯罪を隠そうとしたのかね?」
「いや、そういうわけじゃないですけどね」
職員室では年間を通して変わらない風景を楽しむことができる。
フラクター・オズモンドはひとりの生徒に対して執拗なまでに借金を背負わせることで、その人生設計をおおきく歪ませようとしたりとか。
「久しぶりに剣聖クラブを見に来てみれば、爆破跡と壁も床も天井もボロボロだ。さらに男子寮のほうを調査すれば、部屋中の天井が穴だらけだという」
最近はスキルツリーくんが元気なので、油断すると天井を簡単に突き破るんですねえこれが。元気すぎるというのも考えものですね。
「トラブルを愛することは楽しいだろう。若者ならその溢れる活力の方向性を見出そうとするのもわかる。だが、物にあたるのはよしなさい」
「話を聞いてくださいっ、この学校にはいかれた忍びがいるんです! そいつをいますぐ呼び出せます、尋問の準備はできてます!」
話をした結果、志波姫家の忍びを呼びだすことに成功した。
結果として、忍びが暴れた分は、しっかり向こうに責任追及がいった。要望としては『反省部屋』への監禁も要請したが、俺も校内でそこそこ他生徒を襲っていることを持ち出されたせいで、求刑は取り下げざるを得なかった。なお俺の部屋の破損についても、ワンチャン忍びのせいにできるかなと思ったが、しっかり俺に請求書が送られてきた。
放課後、俺と飛影は職員室をともに出るなり、互いを睨みあう。
「おのれ、我の素行に悪評をなすりつけるとは。しかも男子寮の天井? そんなもの我は関わっていないというのに」
「あとちょっとだったんだけどな……」
「性根の腐った男め」
「でも、剣聖クラブの破損はもろもろ事実だろうが」
「あんなもの黙っていればよいのだ。ぁぁ、ぅぅ、本家のかたに怒られる……」
飛影は情けない声をだす。叱られるのを恐れる子どものようだ。
「この学校じゃ悪は必ず裁かれるんだよ。俺が証明だ。お縄につけ」
「どういう感情で言ってるんだ、貴様は……」
「言うても、お前の分は、どうせ志波姫家が払ってくれるんだろう」
「神華さまにご迷惑をおかけるするわけにはいかない。この程度の金額、自分でなんとかできる。無論、お小遣いでな」
飛影は勝ち誇ったようにキリッとした顔をする。
「なんでついてくるのだ。貴様、まさかまたあの気色悪い生物をけしかけようとしているわけじゃあるまいな」
「するわけねえだろ。普通に剣聖クラブにいくだけだ。お前こそ、俺の前いくなって」
「我は神華さまを気色悪いナマズ男から守る使命があるのだ。目を離せばなにをしでかすかわかったものではないゆえな」
飛影とは言うまでもなく馬が合わない。
志波姫という点を中継して繋がっている関係だ。
俺にとって志波姫が敵である以上、こいつも同様に敵なのだ。
職員室から剣聖クラブまで、沈黙の時間がつづく。
白いリノリウムの床を靴底がカツカツと叩く音が2つ。
微妙に異なる歩幅のせいでずれながらつづいていく。
「赤谷誠、ひとつ質問を良いか」
「なんだよ」
「あの部屋のなかでは、何が行われているのだ」
飛影は廊下で足をとめてたずねてくる。俺はとまり、彼女の真摯な黒瞳をみかえす。
彼女の言っているあの部屋というのは099号室のことだろう。
「志波姫がお前に言うなって言ってたし……」
「知っておる。神華さまはなぜか我には教えてくれない」
飛影はいじけたような顔をする。この忍者は志波姫にちょっとうっとおしがられている節があり、どこにでもついていくため「飛影、ついてこなくていいわ」と、邪険に言われている場面に何度か遭遇したりする。そういう時、飛影は決まってこの顔をする。
志波姫はこれを見るとちいさなため息をつき「もっと離れていなさい」と言って、しぶしぶ飛影の同行を許す。
そのせいだろう。
2週間前、彼女は099号室に挑戦したとき、締めだされたらしい。
あの時もこの忍びは主人を守るためにちょこちょこ尾行してきていたらしいが。
あの部屋は一度閉まったら外側から開かなくなる。
「この2週間、神華さまはたびたびあそこへいかれる。なにに執着していらっしゃるのか知りたいのだ」
志波姫の099号室のあの……樹人の剣士にたいする執着はなかなかのものだ。
俺もヴィルトも、もちろん林道も福島も最初の挑戦から、再度挑んでなどいない。
でも、彼女は、志波姫はちがう。
毎日、あれと向き合ってる。
なぜわかるのかと言うと、俺が099号室へ至るために壁を軟化させてずらさないと、あの部屋に到達できないからだ。優等生でまじめな志波姫はいつも渋々といった具合に「壁、開けてくれるかしら」と言って、俺にあそこを開通しろ、とお申し付けになるのである。
なので俺は道を開けてやり、2時間ほど部屋の外で待つ羽目になる。
その間、飛影はいつも締め出される。志波姫が部屋のなかのことを教えないのだ。
部屋からでてくる志波姫を待っている間、なので俺と飛影は部屋のまえで沈黙をすごすことになる。互いに読書してるので別に気まずくはないのだが。
「どうすれば教えてくれる」
「そうだな。それじゃあ、いろいろしてもらおうか」
俺はニヤリと笑みを深める。
「ゲスめ」
「冗談だよ。本気にするな」
ごみ屑をみるまなざしをされた。
別に教えてもいいだろう。
志波姫には「飛影には言わないで」と、言われているが……正直なところ、俺も気になってる話題だ。
なぜ彼女は従者である飛影にこのことを隠すのか。
あの日以来、最近の志波姫がやたら落ち込んでいるのはなぜなのか。
たしかにあの剣士はちょっと強すぎた感じはある。
でも、その、こんなことを言ってはなんだが、あれはただ挑むには時期尚早だったというだけの話だ。俺が代表者競技でルフナ・グウェンダル先輩と戦ったときも、負けて当然の相手だったので、その卓越した実力を目にしても、落ち込むことはなかった。
あの剣士もそういうタイプだ。
この2週間であれについて調べた。
俺と林道と福島でそれなりに時間をさいて調査した結果、ようやく昨日、結論をだした。
魔導士クラブに残されていた荷物に答えはあった。
2つのクラブの合作というのは、あの剣には『剣に魂を宿す魔術』が付与されているという意味だったのだ。
この『剣に魂を宿す魔術』はとても高度な魔術だ。英雄高校では3年間のうちに扱わない魔術だし、教科書に載っていない。
かつての魔導士クラブの部員はどこかでそれを入手し、それを行使し、実際に剣に何者かの魂──当時の戦闘面の能力をうつしみとして封じたのだろう。
想像するに、魔導士クラブはあの刀に、かつての剣聖クラブ所属の剣士の、当時の記憶ないし魂を封じ込めたのだと思う。
そう考えれば、強さにも納得できる。
3年生で最強の探索者見習い……それこそ、ルフナ・グウェンダル先輩みたいな実力を真正面から感じたとすれば、まあ勝るのは難しいよな、と。
この事実は志波姫にも伝えた。
だからこそ、いまの志波姫はちょっと……変なのだ。
志波姫の諦めのはやさ、落ち込み方。
普段の負けず嫌いの彼女からすれば、違和感があるのは否めない。
「……なるほど、そういうことだったのか」
俺は飛影に話した。
剣士のことを。志波姫も俺もみんな理解させられたことを。
飛影は腕を組み、納得した顔をする。
「わかったのか、いまの話で?」
「あぁ、もしかしたら、だが」
「まじか」
教えてくれよ、そう言いたかったが、なんだかそれじゃあ心配してるみたいで、志波姫のことを気にしてるみたいで、ちょっと癪だった。
なので言葉がつっかえた。飛影にたずねられなかった。
「まじかぁ、そうか……ふーん」
「……。気になっているんじゃないのか」
「俺が? どうして?」
「神華さまのこと、ずっと気にかけていただろう」
「馬鹿か。なんで俺が気にするんだよ」
「そうか。貴様はそういうスタンスなのか」
飛影は腕を組み、口をへの字に曲げる。
「もしかしたらその部屋にいる剣士というのは、神華さまのお兄様、
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