戦意喪失
赤谷のオートガードのうえから、刀の切っ先が彼を貫通しようと迫った。
間一髪、届かなかったが、その刃先はロケットが天外へ旅立つかのように、二段目の推進力をもって、赤谷へさらに近づいた。
赤谷は『第六感』でもってこれを回避しなければならなかった。
首を横に振って、顔横の空気がポッと穿たれる音が耳に届く。
スキル『形状に囚われない思想』と『筋力で金属加工』が発動する。
鋼膜が形状変化し、刺々しい氷柱のように変形し、飛びだす。
樹人の剣士はオートガード鋼膜にぴったり張り付くまで近づいて、刀を根元まで差し込んでいたため、その攻撃への反応が遅れた。
だが、わずかに身を削った程度だ。
致命傷にいたらず。
剣士は飛びのく。
速すぎる回避だ。
(今ので当たらないなら、もう何やっても当たらないだろ)
赤谷は心のうちで愚痴をこぼす。
横から炸裂音。
金色の弾道が剣士を襲う。
先ほどふっとばされたヴィルトは素早く復帰し、18m離れた場所から、剣士を横から攻撃したのだ。
剣士は刀で飛び道具を落とそうとする。
だが、コインは高いエネルギー量をもっており、一撃一撃がとても重たかった。
剣士は想像よりも重たい攻撃をさばききれず、体幹で修正できるレベルを突破してバランスを崩した。それでもコインのクリンヒットはもらわない。
4連射すると、ヴィルトの攻撃は一瞬とまる。
彼女は5枚のコインを一度に握りこんで、最大で5回までなら短い時間で束ねて撃てた。
赤谷は地面に『形状に囚われない思想』+『くっつく』を付与し、『
剣士が片手、片膝ついてる一瞬をとらえ、1cm程度地面に沈んだ瞬間、軟化を硬化に切り替えることで動きを止めた。
赤谷は『
剣士は地面を手で押し込んで割った。
べきべきべきッ! っと亀裂が走り、ついでに押し込んだ勢いのまま跳躍、赤谷へ攻撃をしかけた。
赤谷は鉄球をつづけて1発放ち、撃ち落とそうとする。外れる。
(言うてもただの鋼材だ。スキルで補強してるが、祝福者の力なら破壊不可能な物質ってわけじゃない。そしてこの相手には強度がすでにバレてる。たいしたことない、と。この戦いにおける相対的なオートガードの評価はさがる。でも、十分に役にはたつはずだ。『もうひとつの思考』にさいてるリソースをカットするほどじゃない)
赤谷は考えてた。
突きが防げないだけだ、と。たぶん斬撃は防げる、と。
そのあとで攻撃を組み立てよう、と。
次の瞬間、上方からせまる剣士にたいし、オートガードは鋼膜をつくった。
剣士は膜のうえから鋭く一閃、膜をたやすく切断した。切断面は真っ赤に赤熱し、火花がバヂンッと飛び散り、砕けた金属片は宙を舞う。
(斬鉄、か。訂正。これは格上すぎる化け物ですね。無理)
赤谷は胴体を袈裟懸けに斬られ、血を噴出する。
痛みに顔をしかめる。
(この感覚、志波姫と戦っている気分になるな……)
横から援護射撃がはいる。
剣士は半秒とその場にとどまらず、すぐにコインを避けて見せる。
どうやら目が慣れてしまったらしい。5発中、1発は命中、それも刀で威力をうまく逃がしてさばいた。威力にもすでに慣れたようだ。
赤谷は萎えていた。
この戦いは手加減されていると感じたからだ。
そもそも必要か不必要かで言えば不必要なものだからだ。
(目の前の怪物は、人を殺すようにはプログラムされてないな。今の斬撃。殺そうと思えば、もっと深く斬りこんで、背骨まで断てたんじゃないか? 知らんけど)
赤谷の戦意喪失を悟ったのか、剣士はすでに赤谷へ攻撃をしていない。
ヴィルトも勝てないと感じたようで、すでに戦いを続行するつもりはなさそうだった。
剣士は刀をひと撫でする。
血で汚れた刃は瞬時に綺麗になり、淡い蒼いオーラをまとう。
刀についたちいさな凹みや傷が消えた。メンテナンス用のスキルらしい。
剣士はそのまま元の位置に戻った。
「……はぁ」
赤谷はため息をつく。ホッとした安心感で。
(相手が崩壊論者のような問答無用で乗り越えないといけない試練なら、戦いを諦めるという選択肢はないし、100%のその先を出し切って抗う気になるが……)
「ヴィルト、大丈夫か?」
「うん。平気かな」
ヴィルトは片腕から血をぽたぽた流しながらつぶやく。
「体操着でよかったな」
制服だったらけっこうボロボロにされたことが気になっただろう。普通に新しいのに買い換えないといけないレベルだ。
「体操着のほうが好みってこと?」
ヴィルトは口元に手をあて、半目で見てくる。
「なんでそうなるんだよ」
「えっち」
ヴィルトはジャージの前を締めて、豊かなふくらみをしまいながら言った。えっちなのはそのアクションでは。あーこれはいけませんね、ヴィルトさん、男の子をからかうことに楽しみを見出してしまっていますよ。これはいけません。いけませんよ。
「しかし、クソつよだったな」
「うん。無理みがあった」
「剣聖クラブと魔導士クラブの傑作という話だったけど……漠然と挑んだのは無謀だったのかもな。飯でバフを盛って、速さに頑張って慣れたあとで、あのスキルコンボと最強モードでいければ……いや、それでも厳しいか? うーん」
赤谷はどうにかこうにか剣士を倒すビジョンを描こうとするが、最大に準備を重ねても、普通に負けそうな気がしていた。それほどにそもそも備えているエンジンが違う感じを、ひしひしと感じていたのだ。
「ん、そういや志波姫は」
赤谷とヴィルトが入り口付近にもどると、涙目で震える林道、それを気丈に守る福島の姿があった。
「で、弟子、聞いて! これに深い訳が! 参戦したら私の実力じゃボコボコにされると思って、だから、こうやって足手まといにならないように!」
「大丈夫です、師匠。なにも言わなくても」
「あ、赤谷、わ、私も本当はいっしょに戦いたかったけど──」
「大丈夫だ、林道。なにも言うな。わかってる」
レベルが高すぎるやり取りになってしまったので、委縮してしまったのだろう。
だれだってそうだ。だって志波姫がぶっ飛ばされてたんだもん。
「俺、お前が弾き飛ばされてるの初めてみたかもしれない」
「……」
「志波姫?」
志波姫は壁に背をあずけ、うつむいていた。
抜き身の刀はそのままだ。近くには鞘が落ちている。
赤谷は首をかしげ、ハッとした顔になる。
「ま、まさか、死んでる……だとっ」
「……」
ちょっとチョケてみた赤谷。
志波姫からのリアクションはない。
途端に恥ずかしい気持ちになり、すぐそういう空気感じゃないと察する。
志波姫はゆっくりと顔をあげて赤谷とヴィルトをみやる。
「……ごめんなさい、動けなかったわ」
志波姫はしおらしくそんなことを言うと、のっそりたちあがり、刀を鞘におさめた。
「本当にごめんなさい」
少女はひどく疲れた顔をして、扉を開け、先に099号室を出て行ってしまった。
赤谷は手をちいさく伸ばすが、彼女の背を引き留めることはできなかった。
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