樹人の剣士
第一訓練棟の地下、隠された階段のさきに099号室は存在した。
空気が淀んでいて、とても静かな場所だった。
この階段は剣聖クラブと魔導士クラブがつくったものなのか、はたまた元からあったのか、どういう経緯で壁の裏に隠されていたのだろうか。
確かなのはこの部屋に手紙の秘宝があるということだろう。
1週間もそれなりに気に留めて過ごしていたせいか、俺たちはみな、そこそこの期待感と高揚感をもっているのだと思う。
特徴的なその鍵をもつ林道の手は震えていた。
みんなの意志を確かめるようにぐるりと見渡す。
鍵が差し込まれる。
普通の訓練場とほとんど見た目の変わらない扉が、すこしの引っ掛かりを感じさせながら開いた。
「うわあ、訓練場ってこんな広いんだっ!」
林道は天井を見上げて声をもらす。
毎日のように来てるからひと目でわかるが、ここは普通の訓練場よりおおきいようだ。訓練場は異常物質のちからで空間を拡大解釈することで、スペースを捻出してる。この部屋も同じシステムで作られているのなら、もしかしたら学校がもとから作っていた部屋のひとつなのかもしれない。
部屋の照明はついておらず、廊下から入り込む明かりが室内をぼんやりと照らす程度。
林道は持ってきた魔法剣を抜いた。闇へ剣先を向け……心もとなさそうにおろすと、まわりをキョロキョロみてくる。
「私が、先にいくと、危ないかも……? だ、誰か先にいきたいなら、行ってもいいよっ!」
「正直なやつだな」
「明るく言っても、その発言けっこうクズっぽいわよ、林道さん」
「うぅぅ、容赦ないよ、このふたり……っ」
「大丈夫、琴音。琴音はすごく弱いから下がってていいよ」
「ヴィルトさん、それは優しさの顔をした悪口だよ……っ!」
めった刺しにされた林道がさがり、福島に「林道ちゃん、嫌われてるの?」と意外そうな顔をして慰められてるのを見届けて、俺は一歩前へ進みでた。
部屋の左右、壁際に蒼い炎がともった。
ずらーっと奥の方へ、灯の着火が連鎖的につづいて、空間全体が冷たい炎で一色になる。
扉がガチャンっと閉まった。
「ひい!」「ひゅぁ!?」悲鳴をあげる後方の林道と福島。
緊張感がはしる。ヴィルトはコインケースを握りこみ、志波姫は鋭い剣気をまとい、俺はトランクを床において『
「…………それで、もっと進むべきか? 俺が先頭でみんなは満足か?」
まだ入り口から3歩くらいしか進んでない。
「はぁ。あなたって実力のわりに情けないのね。赤谷君らしいといえばらしいけれど」
「いや、別にビビってるとかじゃなくてな、民主主義にのっとってみんなの納得いく総意を形成するために意見を集めようとしただけで──」
「早口になっているわよ、あなた」
「ぁぅ」
指摘されると決まりが悪くなる。
早口とか言うなよ。傷つくだろ。
そうやって世の中は陰キャっぽい人間に早口のレッテルを張って精神的な虐待をするんだ。許せない。
志波姫は呆れたように嘆息し、おでこを軽くおさえ、ちいさく首をよこにふる。
率先して俺のまえを歩いてくれた。あまりにスタスタ進むので、俺は遅れないようについていく。
部屋の最奥、地面に一本の刀が刺さっている。
刀の背後、赤黒い樹が生えている。
血の樹だ。直観的にそう感じた。
近づいたら視認できたが、樹の太い根っこに、何かが座り込んでいた。
それは黒い剣道袴を着込んでおり、うつむいたままの姿勢で微動だにしない。
人間と表現しきれないのは、それが人型の木の根のように見えるからだ。
黒い根が、何らかの要因で人の形になって、それが袴を着込んでいるのだ。
どことなくツリーガーディアンのことを思いだす。
「なんだあれ」
「動くわ」
志波姫が言った途端、動きだす。
袴を着込んだ樹人は、たちあがるなり、突き立てられた刀を手に取った。
直後、俺の視覚はふりきられた。
右へ移動したのは見えた。
久しぶりの感覚。俺が反応できるギリギリの敏捷。
ここ最近見た動きのなかで最速か。
はやく慣れないと意味不明のままやられる危険な速さだ。
『第六感』の赴くままに、俺は攻撃を回避することを選択。
右側からの斬撃にたいし、おおきくのけぞる。
一刀があごを剃りかける。
紙一重で回避に成功。
バク転の要領で身をひねり、可能なかぎり空中で追撃を受けないように複雑な挙動で後退。
志波姫がいるが気にしない。たぶん避けてくれるだろう。
天井と床が逆転した視界。
志波姫は案の定、俺のことなど気にせず、身をかがめて避けていた。
かがめると同時に柄に手を伸ばし、神速の抜刀から、木の根の怪物へ斬りかかる。
流石は志波姫だ。突発的な攻撃にたいしても反撃でもってわからせにかかるとは。
俺のほうは戦闘モードに焦らず切り替えていこう。男の子は準備が時間がかかるのだ。
宙に浮いたまま、スキル『もうひとつの思考』を起動。
トランクの口をカパッと開き、鋼材を8つ放りだす。
独立した意識に、防御を全権委任する。
ヴィルトは片足をひき、衝撃に備える構えをつくる。
手にはコイン。いつでも撃てる。が、志波姫がいるので撃てていない。
志波姫は樹人の剣士と激しく刃をぶつけ、力を流し、散る金属片と火花で周囲を照らし…………お腹を蹴られて部屋の端っこまで吹っ飛ばされた。
「え?」
「あっ」
志波姫が近接戦で後れをとったことに衝撃が走り、俺は動きが固まった。
たぶんヴィルトも同じ気持ちだったのだろう。ぴくっとして硬直してしまう。
次のひと呼吸の間に、樹人の剣士はヴィルトを峰打ちして、志波姫とは反対側の部屋端までふっとばし、次の瞬間には正面に切っ先で勢いよく突きこんできていた。
鋼材が素早く防御にはいり、膜となって展開した。
俺の視界と剣士の視界をふさぎ、世界を遮断する。
すさまじい勢いの刺突は、鋼材の膜などなんでもないように貫通してきた。
俺はなんとなく「防ぎきれねえだろなぁ……」と思ってたので、後方へのけぞっていたため、その刃先が俺に届くことはなかった。
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