裁判所で罪を重ねる男

 忍び、飛影により荒らされた部室はだれが掃除するのか。

 あの忍びが帰ってきて、詫びれながら勤労する姿は想像できない。

 よって俺がなんとかすることになるのだろう。知ってる。貧乏くじはよく回ってくるからな。


「『形状に囚われない思想』でどうにかなるか?」


 地面に手をついて、砕けた床材などを柔らかくして、凹みを埋め合わせるようにして固定する。うまいこと床にや壁が傷だらけになったのを減らすが、もちろん全部どうにかなるわけもない。


 直している途中で、よく考えれば部室なんて壊れてナンボだろうという気にもなってくる。

 ちょっと壊れたからって、いちいち学校に報告するから弁償することになるのだ。

 

 俺は忍者女の荒らした分を適度に直し、今度は床の亀裂にとりかかる。

 こちらも柔らかくして、伸ばして、いい具合に凹みと割れた分を補おう。


「ん、これは……?」


 亀裂によって剥がれたリノリウムのした、取っ手のようなものがあった。

 床下の収納スペースだろうか。

 開けてみると施錠された箱がでてきた。金属の工具箱ほどのサイズのそれは、長い間床下にしまわれていたようだ。


 がちゃっ。扉が開く音。

 見やれば林道がいた。

 剣聖クラブ内をキョロキョロ見渡している。妙だな。


「この部屋、なんでこんな荒れてるの?」

 

 妙なのは部屋のほうだったか。


「ちょっと忍者が暴れてな。よくあるだろ」

「いやないって! 忍者が暴れだすはまずないってっ!」

「それよりこれ見てくれよ」

「箱? うわっ、てか床が割れてるけど」

「あー、これも忍者のせいだな」


 林道は箱を開けようとする。

 当然、開くことはない。

 床下から発掘されたと伝えると、林道は目を輝かせた。


「へえ! それじゃあこれ宝箱かもしれないってこと!?」

「そうはならないだろ」

「いや、絶対そうだって! たぶんこの部屋にかつていた生徒が秘密の宝を残したんだよ!」


 林道は箱を抱えて、ずいっと身を寄せてくる。ばっと俺の胸に箱を押し付けてきた。


「赤谷、開けてよ! 力でどうとでも出来るでしょ?」

「まあそれはそうかもしれないけど」


 がちゃっ。今度は志波姫が戻ってきた。思ったよりおはやい帰還だ。

 彼女はまっすぐ俺のもとに来るなり、木刀で脳天を打ちおろしてくる。


「ぐぎゃぁあぁああ!? なんでぇぇえええ!?」」

「ケダモノ。飛影から事件のことを聞いたわ」

「俺は、無罪に、なったんじゃない、のか!?」

「彼女程度ならば、いくら影分身をつかおうと、十分に制圧できたでしょうに。あなたは自分の意志で怪物をときはなった。よって死刑よ」

「死刑はそんなカジュアルにだしていい判決じゃないんだよ……っ、飛影が嘘をついて俺を陥れようとしている可能性については考慮しなくていいのか、裁判長」

「飛影はわたしに嘘をつかないわ」

「ええい、そんな理屈で納得できるかぁあ!」

「納得しないの?」


 志波姫は目元に深い影を落とし、ガン決まりの眼差しを向けてきながら、ブンブンッと木刀を素振りする。恐い。


「やっぱり、納得できるかもしれない。そんな気がしてきた」

「そう。それはよかったわ、被告人」


 くっ、支配されている、恐怖で支配されている。

 俺のあずかり知らぬところで裁判の続きが行われていたなんて。


「本当に死んだらどうするんだよ……」

「安心しなさい。ダメージ計算は完璧よ」


 あまりに痛い判決を喰らったので、ステータスを確認すると「HP 1/100,000」となっていた。あまりにも完璧なダメージ計算に震えがとまらない。


「ひめりん、またなまずん何かやったの?」

「このクズの危険性は伝えておいたほうがいいわね」


 志波姫は林道にたいして先ほどの事件を伝えた。


「うわっ、赤谷、それはキモイ、いやガチで」

「異議あり。ちょっと俺に不利なように脚色されすぎている気がする……が、まあ、隣で素振りしてるやつがいるから、そうだな、うん、それを事実と言うことにしても、こっちは構わない」

「途中で異議を諦めた……!?」


 隣でブンブンしないでほしい。そんな怒るなよ。


 がちゃ。再びの入室者。

 今度は銀髪の美少女がはいってきた。


「ん。どうして赤谷は床に正座させられてるの?」

「ヴィルト、良い所に来たわ。この男の判決がでたところよ」


 志波姫は先ほどと同じようにヴィルトに事件を伝える。

 ヴィルトは頬を膨らませ、半眼で見降ろしてくる。


「あまりにえっちすぎる。赤谷は本当にえっち。赤谷は性欲の獣。昨日に続き最悪」


 俺は3人の女子に蔑まれた眼差しで見られながら「なんで、俺がぁ……悪いのは忍者ぁ……」とちいさな声でささやかな抗議をすることしかできなかった。


「ん、これなに?」


 林道は部屋の隅にある紙袋に気が付いたようで、ひょいっと広いあげた。

 あぁ、あれは飛影に襲われた時にとっさに手放したマグカップか。

 マグカップは割れていなかったようだ。


「それは?」


 志波姫は静かに問うてくる。裁判長の質問には答えなければならない。


「ヴィルトからもらったんだ」

「「え?」」


 林道と志波姫はバッと視線をやってくる。ヴィルトは口元に萌え袖をあて「うっ」と声をもらす。


「たしかお揃いのマグカップだとか。スイスじゃ普通らしい」

「……」

「……そう」

「へ、へえ、そう、なんだぁ……」


 志波姫はスンッとしてる。林道はなぜか俺と志波姫の顔を交互にみて、焦燥を感じさせる表情をしていた。ヴィルトは口元に袖をあてたまま、俺がもっている箱に手を伸ばしてきた。


「……コレナンダロ~」

 

 棒読みとはこういう声を言うのだろう。

 普段から声に感情が乗っていない彼女だが、この時ばかりはひと際発音が下手になっていた。














 

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