狼藉者とヒダリと飛影

 まさか志波姫がこんなタイミングで入ってくるなんて。

 冷静に考えてみれば、剣聖クラブ直前だったのでいつ現れてもおかしくない。

 なんということだ、この忍者女があまりのもやりたい放題だったので、冷静さを失ってしまった。


 すべてはあとの祭り。

 いま俺がするべきは次の10秒を生き延びることだ!


「志波姫、俺たちはこれまで何度も紛争を乗り越えてきたはずだ。そこにはおおきな憎しみが生まれる原因となってしまったものも多いかもしれない。だが、人は話し合いを諦めてはいけないと思うんだ」

「風紀委員長との契約はどうしたのかしら」

「風紀を乱すつもりはないんだ。でも、この忍者女が襲ってきて、ついヒダリが……」

「神華さま、この男は確実にいかがわしい目的で、この気色悪い生物を……んっ!」

「ええい、忍者女め、静かにしないか、事実を歪曲することは恥ずべき行為だぞ」


 俺と忍者女、どっちが志波姫の信頼を勝ち取れるか。

 負ければ死が待っている。


 志波姫は正義を見定める裁判官をのごとく、俺と忍者女を交互にみやる。

 

「その召喚獣、本当に自立しているのね」

「そうなんだ、だから言っただろう?」

「でも、それを解き放ったのはあなたでしょう」


 輝く木刀が頬を襲おうとする。

 刃先は寸止めされた。


 俺は両手をあげて降参を示してたわけだが、まさか思いとどまってくれたのか?

 この氷の令嬢が寸止めなどという甘いことをするわけがないと心ではわかっていつつも、もしかしたら彼女も人間の心を取り戻したんじゃないかという、淡い期待を捨てられない。


 それは例えば、アリを見つければ踏みつぶして遊んでいた小学生が、ある日、世の情けを知り、命の尊さを考えだし、足裏で潰える運命だったちいさな生物にやさしさを見せるようなものなのかもしれない。


「志波姫、お前、まさか人の心をとりもどしたのか?」

「もうすこし文脈を考えて喋ったらどうなの? 言いたいことが意味不明よ。コミュニケーション能力に難がありすぎて矯正したくなるわね」


 木刀がちょんっと肌に触れた。


「矯正ってまさか、これで……結局、暴力か! ええい、暴力反対! 断固抵抗するぞ!」

「教育とも言うわ。セクハラ裁判で風紀委員会にさばかれた翌日に、すぐ性犯罪に走る品性の足りない生物へのね」

「俺に責任能力はないという判決になったはずだ。すべてはヒダリが──」


 輝く木刀が俺から離れ、忍者女にひっついて叡智を進行しているヒダリを突き刺し、そのままぶんっと振り回し、壁にべちゃっと投げ叩きつけられる。


「ひ、ヒダリぃぃいいいい────!?」


 エンチャントブレードの効果か、刺されたヒダリはダメージ限界を迎えて灰になってしまった。


「ば、バカな、俺の体力の半分をわけあたえていたのに……!」


 今のさりげない攻撃は致命的な威力をもっていたということか。


「これで邪悪は去ったわね」


 志波姫は床のうえに転がっている忍者女を見下ろす。

 忍者女はサッと動く。ヌメヌメでピチピチになって体の輪郭がうきあがってしまった制服を気にせず、その場で片膝をついて、こうべを垂れた。


「神華さま、申し訳ございません、力及ばず、このような醜態を……っ」

「なにをするかと思えば。勝手なことをしたようね」

「え? 知り合い?」


 俺は志波姫を見やる。てっきり一方的に神華さま呼びしている厄介ファンだと思ったが。

 志波姫はこちらへ向き直り、忍者女を手でしめす。


「彼女は忍びよ」


 志波姫は腰に手をあて、じゃじゃーんという感じで言った。


「見ればわかるが?」

「名は飛影ひえいというわ。志波姫家につかえる家の子なのだけれど、ちいさい頃からわたしの付き人をしてくれているわ」

「それは見ただけじゃわからなかったな」


 てか、志波姫家って忍びが仕えてるのかよ。


「どうして赤谷君を襲ったのかはわからないわ。飛影、説明を」

「は、はい、神華さま……」


 志波姫が手で立つように示し、忍者女──飛影は気まずそうにたちあがる。立つと志波姫よりずいぶん背が高いことが露骨にわかる。あとほかにもいろいろ違う。いろいろ。

 飛影は胸元を隠すように腕をまわすと、こちらを鋭い眼差しで睨みつけてきた。志波姫とよく似た、人を殺す明確な意思を感じる目だ。


「神華さまに数々の狼藉を働いたこの男を始末するためです」

「ストレートに来たな」

「当たり前だ、それ以外なかろう。そのためだけに、英雄高校に転入のお許しをいただいたのだ」

 

 志波姫はちいさくため息をつく。


「どうりでいきなり入学するなどと言い出したわけだわ」


 おでこを押さえ、呆れたように首をよこにふる。これは向こうの話っぽいな。


「神華さま、今からでも遅くありません、この者を始末しましょう。英雄高校ならどうとでも説き伏せればよいです」

「それ俺のまえで話しあうことか?」

「黙れ、赤谷誠」

「黙らないぞ。俺にだって自己弁護する権利はある。俺は何の罪でおまえに殺されそうになったんだよ」

「我は貴様がやってきた罪をしかと確認している。無駄な抵抗は見苦しいだけだぞ、赤谷誠」

「言ってみろ」

「スキル実験に強引につきあわせ、地面に埋める。スキル実験に強引につきあわせふっとばす。触手によるセクハラは数えきれず。攻撃をしかけ尊き神華さまの身に危険を及ぼしたことも一度や二度ではなかった」

「ふーん、事実陳列罪、バッドマナーだ」

「このカスめが。死ね」


 なるほど。よく調べてあるな。あまりに事実すぎて言い返せなかったぜ。

 飛影は勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべる。


「どのみち貴様終わりだ。我はたしかに敗れたが、しかし、よく知っておろう。剣聖さまの刃は貴様のような狼藉者を見逃すほど甘くはないとな」


 それはたしかに。

 飛影は期待の眼差しで志波姫のほうを見る。

 志波姫は「もういいわ」と木刀のエンチャントを解除する。


「飛影、いくわよ」

「……神華さま?」


 志波姫は飛影の手を握ると、そのまま連行していく。


「そのような姿でいつまでもいるべきではないわ」

「え、いや、あの、そうなのですが……この狼藉者は、よろしいのですか……?」

「放っておきなさい。あれは知能の低い生物だけれど、悪意があるわけではないのよ。なによりあなたの方からしかけたのでしょう。それで返り討ちにあおうなど、情けないことこの上ないわ」

「そ、それは……返す言葉もありません」


 飛影は唇をかみ、今にも泣きそうな顔で志波姫へ土下座しようとし、手をひいて立たされる。


「神華さまが、あのような狼藉者をお見逃しになるなんて……そんなことが……」


 飛影は志波姫と俺をひっきりなしに交互に見ながら、そのまま連れていかれてしまった。

 これは……助かったのか? 俺はひとり、やたらボロボロになった部室で立ち尽くした。

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