触手生命体

 分裂する影が飛び出してきた。


 赤谷は木刀で斬りはらおうとするが、分裂し線状になった影たちは糸のようなたわやかさをもっており、赤谷の好きな力isパワーの太刀筋では、斬りはらえず、逆に絡めとられて木刀を奪われてしまう。


 影の速度自体は、赤谷にとっておおきな脅威ではなかった。

 それだけなら問題なく避けることが可能であり、むしろ攻撃に転ずることもできる。


 厄介なのは、いつの間にか、忍者女が3名に増えていることだ。

 影を展開したやつが、片手で印を結んで増やしたのだ。


(あいつが本体か? いや、関係なのかな? こういうのはたいていオリジナルを倒せばなんとかなるのがルールだよな)


 赤谷とて、まさか相手の戦力が、この10秒の間に、当初の3倍になるとは思っていなかったので、動きが鈍った。


 最も、彼が一番気にしていたのは反撃を遠慮しなければいけないことだ。

 やりすぎればすぐに建物を巻き込み、借金を増やす才能を発動させてしまうことは想像に難くなかった。それだけは避けたい赤谷は、どうにかスマートに制圧したかった。


火遁手裏剣かとんしゅりけん!」


 3秒ほどの準備時間をもらったことで女忍者Bの技が完成したようだ。

 指軸から解放され、投擲される。

 赤谷は身をひねって回避。

 

「起爆!」


 紙一重で避けた赤谷のすぐそばで、火遁手裏剣は爆発を起こした。ぎりぎりで回避できてしまうからこそ、きっとそうするだろうという、赤谷の反応速度を信じた罠だった。

 

 これにはさすがの赤谷もキレた。

 こっちはモラルのある行動規範にしたがって、学校施設にダメージを出さないように気を使って、風紀委員長に厳しく注意され、女子たちに白い目で見られないために、セクハラにも気を付けて立ち回っているというのに、なんなのだこの忍者女は──と。


「ええい、いい加減にしろ、やりたい放題忍者チャンネルか。お前だけが忍術使えると思ったら大間違いだ」


 ナマズ忍者の必殺技が飛びだした。

 もうこうなれば容赦はできない。

 

「忍法、ヌメヌメ影分身の術」


 言いながら赤谷は、左腕をふりぬいた。

 袖からべちゃっとおはぎみたいな物が出てきて、忍者女のほうへ。『筋力の投射実験』で十分に加速され放たれた、その物体──厳密には全然おはぎではないそれが、忍者女オリジナルへくっつく。


 スキル『触手生命体』の能力のひとつ。

 独立体ヒダリ、である。


 忍者女にくっついたヒダリは、触手を全身に這わせて、手足を拘束した。迅速すぎる拘束術のあとは、ニュルニュルした触手が、特に拘束とは関係のないいやらしい動きで、獲物を苦しませていく。


「くっ、ついに正体をあらわしおったか、我のことをこの触手で辱めるつもりか!」


 忍者女Bは再び、刀を手に、ヒダリの肉塊を突き刺そうとする。

 赤谷は「甘い」とつぶやく。


 攻撃されそうになったヒダリは自己防衛する。

 それは何の偶然か彼のそなわった陰湿なスキルのコラボレーション。

 例えるなら納豆とオクラと山芋のような友人関係。

 ヒダリはすべてのスキルを使えるわけじゃないが、なぜかそれらは得意だ。


 『粘液』+『ベタベタ』+『放水』+『くっつく』


 『最大の不快感マキシマム・ディスコンフォート』がヒダリから放たれた。

 半透明のぬたーっとしたものが勢いよく噴射され、影分身Bにぶっかかる。

 布地がぴたーっと体に張り付き、強力すぎるネバネバで、噴射の勢いで壁に叩きつけられたきり、その場から動けなくなってしまう。


「この!」


 忍者女Cがちいさなヒダリを突こうとか刀の先で狙いをつける。

 再び、ヒダリは自己防衛、触手をビュンっと伸ばして、忍者女Cを攻撃する。

 刀で触手を斬りはらおうとする。ギンッ! 硬かった。まるで鋼を斬っているかのような感触だ。


(このキモイやつ、厄介だ。こんな禍々しい気色悪い生物を召喚するなんて)


 忍者女Cは素早く印を結び、攻撃対象を赤谷へ変更した。

 オリジナルにひっついた小型の不快生物の対処は難しいと判断したらしい。


火遁かとん炎涎滅却えんぜんめっきゃくぜつ!)


 プランはこうだ。最大の火遁忍術で赤谷を焼き尽くす。

 赤谷は耐えるかもしれない。それを踏まえて動く。

 その後、口残り火で刀を火強化、火遁かとん鳳凰斬ほうおうぎりで死角から攻撃だ。


 さあ、いざ得意の火遁で勝負をかけよう。

 口から火炎を噴射しようとし──手で優しくふさがれた。

 視界にとらえていた7m先の赤谷は、目の前に移動し、忍者女の口を押さえていた。


(馬鹿な、見えなかった……!?)


 そのまま手で顔をつかみ、床に叩きつける。べきべきべきべき! と、床が割れた。


「ぁぁあ!?」


 悲鳴をあげる赤谷。忍者女Cはダメージ限界を迎えて、火の粉となって消失した。


 あとに残ったのは、独立左にウネウネされているオリジナルと、壁にねとねとの半透明の液体で張り付けられている影分身、そして、そのさまをまじまじと眺めるナマズ忍者だった。


「ははは、だから言ったじゃないか。俺と戦うのはやめておけと、な」

「くっ、ゲスめ、我にこんなことをして、んっ、必ず復讐して、うぅ」

「悪いが一度解放されれば、ソイツは俺にもコントロール不可能だ」


 がちゃっ、剣聖クラブの扉が開け放たれた。

 黒髪の美少女は、室内で起こっている惨状を見るなり、深くため息をついた。


 志波姫は木刀を静かに手に取ると、手で刀身を撫でて、光り輝かせる。エンチャント完了。これでいつだって目の前の男をしばくことはできる。

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