リアル忍者あらわる

 赤谷は注意深く観察する。

 どこからともなく現れた謎の暗殺者。

 その口から「神華さま」という言葉がもれでた。


神華じんかさま? 志波姫のことだよな?)


 赤谷の優れた頭脳は、経験からこの手の厄介者に襲われた時の対処を心得ていた。


(銀の聖女を守る会しかり、逸脱した美少女には信じられないような後援組織が勝手につくりあげられるのは世の常。地動説と同じくらいの常識だ。この謎の暗殺者の正体が読めたぞ。おそらくは志波姫ファンクラブ(仮)の手の者だな? とんだ物好き組織としか言いようがないが、たしかに志波姫は孤高なだけで嫌われているわけじゃない。小中学生より、あるていど理性的になっている高校生にとって、彼女のすべては畏怖畏敬の対象なのだから)


 見事な推論を打ち立て、赤谷は手をバッと前へ突きだした。

 

「待て、謎の女。まずは俺の罪状を確認させてくれないか。それなりに心当たりがあることは認めよう。だが、この紛争は話し合いで解決できるはずなんだ──」

「問答無用」

 

 女は音もなく、前兆なくスッと踏み込んだ。その一足は動きのわりに移動距離を多くとっており、赤谷は簡単に刀の間合いに入られてしまった。


 殺気のない一刀。赤谷は背後へ飛びのいて回避。

 壁に背中をぶつける。ラックにかけられていた木刀が崩れる。

 とっさに木刀を掴む赤谷。女はすでに間合いを詰め、第二刀をくりだしていた。


 スキル『形状に囚われない思想』が発動。このスキルの元になった『かたくなる』から受け継がれている応用技だ。鋼の刀と打ちあわせるには不安な木刀に、硬度を高める祝福をさずけて、謎の女がくりだした刀を受けとめた。


 ギンッと木から発せられたとは思えない硬い物どうしがぶつかった音と、激しい火花が散った。赤谷は力任せに女の刀を押しかえした。


 反撃の一撃。女はたやすく受け流す。

 赤谷はさほど力をこめていなかった。

 なぜならその攻撃は布石だからだ。


 狙いは足元。謎の女のすねを奥へ押し込むようなローキック。

 

「あっ」


 女がハッとした時には、すでに片膝を地面について、体勢が崩れていた。

 赤谷は木刀の付け根を女の首元に押し当てる。


(なんかこんな感じにしとけば納得して帰ってくれないかな)


 そんな風に思いつつ、そっと木刀を離す。


「この通り、俺は1年のわりにけっこう強いことで界隈では有名なんです。どうです、手を引いてくれませんか」

「くっ」


 謎の女は顔をしかめ、ぴょんっと飛びのいた。


「この程度で我に勝ったつもりか……っ、面白い、評価を改めてやる!」


 謎の女は刀を握ったまま、片手で奇妙な印を結んだ。


(まるで忍者みたいな……)


火遁かとん炎涎滅却えんぜんめっきゃくっ!」


 腰をかがめ口元に手をあてると、猛烈な火炎を吐きだした。

 とんでもない勢いで噴きだす火力に、赤谷はまるまるのみこまれてしまった。。


「ふっ、我に忍術まで使わせたことは褒めてやる」


 女は姿勢を正し、ちいさな笑みを浮かべた。


「げほっ、うほっ、おええっ、あっつ、あっちい!」

 

 黒煙の向こう、えずく声が聞こえた。

 謎の女は目を丸くする。

鋼の膜があった。大きな膜だ。

 いましがた放った火炎の直撃から、その膜が彼を守ったと悟る。

 

「ええい、昨日に続いて治安悪すぎだろっ、火遁だと? 今度は忍者女か!」

「我の炎に耐える、か……、くっ、ならば!」


 忍者女は懐に手を突っ込んで、抜くなり手裏剣を投擲。赤谷は奇襲の飛び道具を木刀で斬りはらった。


 手裏剣は意識を逸らすための布石にすぎない。忍者女は手裏剣の投擲とほぼ同時に、深く踏みこみ横から斬りつけた。


 赤谷は危なげなく木刀で真剣を受け止める。腕力で弾き、足技で蹴り込もうとする。忍者女は対応しようと身をひねる。

 だが、赤谷の足は速い。避けれず、お腹を蹴られて吹っ飛んでしまう。


 もうひとり忍者女が、反対側から斬りこんできていた。


 頭がバグる赤谷。どういう状況だ。

 右から下から斬り上げてきた忍者女の剣を、彼はいま止め、足でふっとばした。

 どうして別の方向から斬りこめる。


 赤谷は視界内の忍者女が増えていると気づく。

 忍者? 忍者ってことは……そうか! 赤谷は理解する。


「影分身だと!?」

「その首、いただいた」


 忍者女は鬼気迫る顔で、刃を赤谷の首へ、全体重が乗るようにふりおろした。

 赤谷は『瞬発力』を1枚切った。反応が遅れた分は瞬間的に加速でとりもどし、スキル『スーパーステップ』へ繋ぐ。公然の奇襲をしかけてきた忍者女の攻撃をかいくぐって安全圏へ避難、さりぎわ木刀で後頭部をたたいておく。


「いだッ」


 ムッとして、苛立つ忍者女。


「っ、この!」

「速い……」


 忍者女たちはそれぞれ驚愕しながらも、取り逃した獲物へ向く。

 片方が手裏剣とりだし、真ん中に空いた穴に指をとおし、羽のようについている刃に、口から吹いた火を噴射しはじめた。


 指を軸に、火炎の勢いで扇風機みたいにくるくるまわる手裏剣。

 まるで割りばしにまろわりついてどんどんデカくなっていく綿あめのようだ。

 そのまま、刃の外周を急速に増幅させ、土星の輪っかみたいな円盤になっていく。


 ひとりが技を準備している間、もうひとりは別の印を結んでおり、床にパンっと手をついた。すると、忍者女の影がぶおんっと伸びて、三次元空間に飛びだし、赤谷をとらえようと分裂した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る