気まずい空気感

 剣聖クラブ。悪しきフラクター・オズモンドの策略によりはじまった部活は、2学期がはじまっても特に解散とかいうことはなく、普通に存続しつづけているらしい。


「赤谷、部活をサボるんじゃないぞ」


 わざわざホームルーム終わりに、釘を刺されてしまったのでいかない選択肢はなくなってしまった。


 バッグを持ち、席をたち、俺は教室をでようとして……林道の席をみやる。いつも通り仲良し陽キャ女子たちで集まっている。


「ふあ!?」


 視線があった。

 だが、サッとそらしてくる。

 やはり何か奇妙だ。やましいことでもあるのだろうか。

 避けられているような気もする。俺からは特に何もしてない気がするが。いらぬところで変な恨みを買っているのはよくあることだ。


 俺はバッグを背負いなおし、第一訓練棟へ足を向けた。

 

 ──林道琴音の視点


 急に自分のほうを見てくるものだから、林道は反射的に視線をそらしてしまった。

 

(もう、こんな逸らし方したら怪しいのに!)


 自身の失態に頭をかかえて、机に突っ伏す。

 それをすぐ近くで見ていた仲良し女子の芥真紀は教室をでていく淡水魚系男子を見送り、落ち込んだ親友に視線をおとした。


「なにかあったの?」

「べっつにー」

「その感じ、昨日の花火大会でしょ? もしかして、ほかの女の子といっしょにデートしている現場を目撃しちゃったとかー?」


 林道はビクッとする。

 芥は「マジか」と己の何気ない推測が事実らしいと悟る。

 親友の奇妙な鋭さに、林道は恨めしそうな目を向けた。


「赤谷って意外とモテるんだー。いや、でも、強いからモテるか。変な顔してても、スポーツとかゲームとか格闘技とか、何かしら秀でてれば、魅力的にみえるらしいし」

「その言い方よくないって!」


 林道は親友の危ない発言をとがめる。


「赤谷は顔で勝負してないからね」

「琴音、あんたのほうが失礼だって」

「はぁ、もう別にいいんだけどね。どうせ私はなんてさ」

「だから、よその花火大会に誘っておけばよかったのに」

「私もアルバイトで忙しかったし……それに、なんて誘えばいいか、わからないし」


 林道は唇をとがらせて、不満げな顔をする。すぐに腕のなかに顔を伏して「はぁ」と深いため息をついた。勇気を出せなかった自分をビンタしてやりたい気分だった。どうせ英雄高校花火大会があるし、無理して誘わなくても、チャンスはやってくると臆病になっていたことを後悔した。


「部活あるんじゃないの?」


 芥に言われ、林道は顔を伏したまま考える。


(ひめりん、風紀委員の仕事があるとかいって、私とヴィルトさんと別れて、赤谷と花火みてた……あれって、赤谷といっしょにお祭りを楽しむ口実のために、私たちと別かれたってことだよね? それに、赤谷のほうだって、当日は花火大会実行委員で忙しいとか言ってたのに、普通に花火見てたし。赤谷のほうも、志波姫さんとの事前にいっしょに回る予定だったんだ……それってもう、そういうことじゃん。もう前みたいに接することできないよ……)


 林道の頭のなかでは、自分の知らないところで、仲睦まじくペペロンチーノしあっている二人の姿が、泡立つシャンプーのように膨れて、思考メモリを埋め尽くしていく。


「うう、部活いってくる」


 林道は憂鬱な気分で、バッグを手に取り、席をたった。


 ──赤谷誠の視点


 剣聖クラブにやってくると、すでに部屋の鍵は開いていた。

 室内にすでに人間がいることは確定だ。

 しかし、不思議なことに気配がない。


 俺は普通に入室する。

 何かがおかしい。

 いつもなら窓辺のそばにあるあの椅子に志波姫が座って、静かに読書しているか、木刀か真剣をふりまわしているというのに。


 ビリッと電撃が走り、ヴィジョンが見える。

 俺は背後からなにかに襲われ、地面に組み伏せられる。

 1秒後に訪れる未来を回避するために、俺は前方へ飛び込むように回避する。

 そのまま前転しながら、後ろを確認、なんかいた。


 黒い制服。うちの学校制服を着た女子生徒だ。刀を握っていて、その先端で俺の後頭部を串刺しにでもしようとしていたのだろうか。信じられない者をみる目でこっちみてきてる。その目をしていいのは、どう考えても襲われている俺のほうだ。


「我の忍殺を回避するか」


 高い声と渋いイントネーションで襲撃者は喋った。

 その女子生徒は着地するなり、低い姿勢で刀を構える。

 短い黒髪に端正な顔立ち。俺と同じくらいの身長、豊かな双丘。

 床上で曲げられ、バネをため込むのは、黒いスパッツにつつまれた長い足。


 知らないです。この人。だれだろう。顔も見たことがない。

 1年生ならすくなからず顔をみたことくらいはあるだろうから上級生だろうか。


「えっと、どちら様でしょうか」

「どちらでもない。我はただお前を始末する者なり」


 まさか、俺のスキルツリーを奪うために『蒼い笑顔ペイルドスマイル』が送り込んできた刺客か? いやでも、制服着てるしな。うちの生徒ではあるのだろうが。

 

「せめてもの慈悲に痛みすらなく葬ってやろうと思ったが。抗いたいというのなら──苦痛でもって、神華さまへの数え切れぬ狼藉を、愚かな身に刻むがいい」

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