魔術概論:ツンツンしてうなづかせる魔術
2学期初日、ホームルームが終わった。
元気なオズモンド先生が騒がしく1日をはじめる恒例行事が終われば、みんなちょっとだるそうに次の授業のために動きだす。
変哲のない日常がはじまったのだ。別に森の里キャンプ場のような事件に飢えているわけではないので、日常なら日常でよいのだが。
「剣術演習、英語、現代文……魔術概論か。ついに来たか」
4時間目に奇妙な授業が入っていた。
その名も『魔術概論』。カリキュラムに名前と、授業概要が書かれていたので、存在は把握していた。2学期からはじまる新しい科目の授業だ。
ワクワクしながら授業を真面目に受け、板書を綺麗に完成させ、4時間目を迎えた。
教室は移動となり、行ったことがない建物の入ったことがない部屋へ。
「初めまして、魔術概論へようこそ、1年生のみなさん。神秘的な響きに、みんな心をわくわくさせていたことと思います」
教室では凶悪な顔つきの女の先生が待っていた。
顔というか、目つきが恐ろしいというべきか。人を平気で殺す者の目をしてる。
まだ若く、20代なのだろう。ふんわりパーマのかかった灰色の髪に、白いブラウスのうえから黒いローブを着込んでいる。フードはかぶらず首裏あたりでもこっとさせてる。
「あの先生、顔恐くね……」
「これは授業の邪魔したら裏で締められるぞ」
「いや、たぶん、嫌いな生徒の評定を平気で2段階さげるタイプだろ」
生徒たちは怯えながら、恐怖の女教諭のイメージを構築していく。
でも、俺にはわかる。あの先生は悪いひとじゃない。
俺も目で迫害されてきた過去がある。いや、現在進行形で迫害されている。
「私のことはステラ先生と呼んでください。本日から魔術をみなさんに教えます。よろしくお願いします」
ぱちぱち、ぱちぱち、と拍手が響く。
「では、教科書の4ページを開いてください。まずは簡単な歴史から」
ステラ先生は普通に授業をはじめ、ホワイトボードに綺麗な文字を書いていく。オズモンド先生や、小峰先生とかより字が綺麗だ。好感度+10。
魔導の世界→赤い血の世界
それだけホワイトボードに書いて、こちらへ振りかえる。
ふと、足元に変な感触が湧く。魔術概論教室は食堂にあるような長机と長椅子が3列置かれているタイプなので、隣席のヴィルトとは、向かい合うかたちで座している。なので彼女がつま先で俺のスネをツンツンしているのだろう。
「魔術はちがう世界から持ち込まれた神秘の技です。あなたたちが身に着けている祝福、スキルやステータスとは本質的に異なるものです。それが育まれてきた土壌もちがいます」
ヴィルトのツンツンが止まらない。
なんだ、これは何を意味してるんだ?
「探索者『赤木英雄』によって持ち帰られ、以降、探索者教育のひとつに組み込まれました。それ以前にも、魔術はこの世界で独自に発展を遂げていたものや、密かに持ち出され、ごく一部の組織や社会で運用されていましたが、公に魔術輸入と普及を行ったのは『赤木英雄』が初とされています」
ヴィルトツンツン。俺は密かに「なんだよ」とたずねる。
「赤木英雄は魔導の世界で魔術を習得したことから、祝福者には魔術を習得する適性があると考えました。今日ではスキルに依存しない系統の神秘として注目を集めています。現代では運用可能な魔術の体系化がすすめられており、未来の探索者の主要な戦力としても期待がされてたりしますね」
ヴィルトのツンツンが心を惑わしてきて、ステラ先生の話が入ってこない。
「では、皆さん、さっそく楽しい魔術を習得してみましょう。MPの消費1の初級編です。『ツンツンしてうなづかせる魔術』を使ってみましょう。隣の席のひととペアを組んでくださいね」
突然、俺の首ががくんっと下を向く。ヴィルトを見てたのに、いまは手元のタブレットに視線が落ちてしまっている。もしかしてぎっくり首ってやつか? 俺は冷汗をかきながら、首を押さえ、恐る恐る視線をあげてヴィルトをみやる。
ヴィルトは平熱の表情で「できた」とつぶやいた。
「わあ、すごい、あなた……アイザイア・ヴィルトさんですね。とってもセンスがありますね。はい、それじゃあ、皆さん、お互いに魔術をかけあってみましょう」
みんなが動揺の声をだす。
「つ、ツンツンって、その、本当のツンツンですか?」
「はい、ツンツンですよ。さあ、恥ずかしがらずにやってみましょう。教科書を参考に魔力の流れを制御してみてください。ツンツンという動作は魔力の流れを制御するのに役立つものです」
みんななかなか抵抗があるようだが、少しずつツンツンしだす異様な光景が展開されはじめる。
男子と女子のペアはそれだけで、なんかちょっと楽しそうな雰囲気になっている。
なんだこの授業は。けしからん。けしからんことこの上ない。
「赤谷、ツンツンしていいよ」
「ツンツンって……」
「手でツンツンするのが一番効果高いみたい」
ヴィルトをツンツンしていいのだろうか。たくさんツンツンして手が滑って「あーそこはツンツンしはだめなところー」つったり。なんちゃって。あはは、馬鹿野郎。
「どうしたの赤谷」
「いや……まあ、別にこんなの律義にやる必要ないからな……俺、英語の授業とかでお互いに質問しあうとかでも、なあなあでやり過ごすタイプだから……」
「ふーん」
ヴィルトは口元を手で覆い、半目で見てくる。
「恥ずかしがってるんだね。そっか。赤谷、恥ずかしいんだ」
「そういうわけじゃないけどな」
「じゃあ、ツンツンしていいよ」
ヴィルトは自信満々で挑戦的に言ってくる。
くっ、このままではまたからかわれてしまう。
最近のヴィルトは俺をおもちゃ扱いしてくる。
ここはひとつギャフンと言わせてやらねば。
俺は深呼吸をひとつして、澄ました顔でヴィルトの肩を指でツンツンした。
「えっち」
ヴィルトは萌え袖して顔を覆いながら、ぼそっとつぶやいた。
もう無理じゃん。なにその攻防一体の技。この授業けしからん。
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