2学期はじまる

 9月1日。

 2学期がはじまる。

 新しい風、新しい目的、心機一転してつまらない日々へ向かう。


 夏休みはアルバイトのせいで予定外に多忙だった。

 本当はもっとぐーたらするつもりだったのに、なんだかんだストイックだった。

 森の里キャンプ場ではひどい事件にも遭遇した。

 あの事件はどうにか収束を迎えたが、怪しげな『蒼い笑顔』と『雨男』たちの動向はいまだ掴めてない。ツリーキャットもなかなかおうちに帰ってこない。危ない目にあってないといいのだが。


 夏休みの記憶としてはこんなところか。

 ようやくアルバイト地獄から解放されたことを、ひとまず喜ぼう。

 修繕費納めなくてはいけないので、これからも励まないといけないのだが。

 

「面会です。はい。はい。昨日彼らを捕まえた英雄的人物とでも名乗っておきましょうか。え? 学生証? すみません、さっさと出します」


 登校前20分、俺は『反省部屋』をたずねていた。

 四角い箱のなか、通路に面した1面が完全ガラス張りになっている。

 そのなかに真っ白でふかふかしたスウェットを着て、ボールを壁に投げては、バウンドさせて手元に戻ってくるのを永遠にくりかえす狂気の科学者の姿があった。


「こう見ると、本当に狂気の科学者っぽいですね」

「同志赤谷よ、これがお前の罪だ」

「どう考えても薬膳先輩の罪です。お疲れ様です」


 俺はぺこっと頭をさげる。

 

「『反省部屋』って思ったより綺麗なんですね」

「刑務所は意外と綺麗だっていうだろう。清掃は行き届いてるし、物は必要以上にはない。ここにはスマホもタブレットもない。もちろん、そっちのガラスがあるせいで、変なこともできない。24時間監視カメラが動いてるからな」


 俺は背後を見やる。

 天井にわかりやすく監視カメラがくっついてる。


「でも、能力を使えば脱走はできるんじゃないですか? なにか抑制する手段がこの部屋にあるんですか?」

「あったり、なかったりだ。俺も詳しくは知らないが。ただ、もし出れたとしても出ないと思うがな。ここを脱走すると、いよいよ英雄高校の庇護の外側へいくことになる」

「それって……」

「どういう結末になるかは試してみないとわからないが、俺は試す気はない。俺はこう見えて学校に守られている認識があるのだ」

「じゃあ、あんなことしなければいいのに」

「仕方ないだろう、フインに脅されてたんだ。やつは俺の弱みを握ってて……」

「すべてが自業自得としか思えないです。あっ、そろそろ学校いきますね」

「そうか。それじゃあ、俺も授業の準備するか」

「反省部屋でも授業うけれるんです?」

「授業時間だけ、タブレットのLIVEで繋がるんだ」

「手慣れてますね」

「くっはっは、この俺は反省部屋の常連だからな──」


 だっせえ。


 教室棟へ足をむけ、1年4組を目指す。

 林道が視界にはいる。前を歩いている。

 このクール赤谷はわざわざ話しかけることはしない。


 振りかえってきた。目があった。

 

「よお」

「あっ……うん、おはよ」


 ん? なんかいつもと違うな。

 いつもならもっと「おはよう! なまずん、今日もヌメヌメって感じだね!」とか言ってきそうなものなのだが。


 林道はそれ以上の言葉を使わず、すこし早歩きで教室に入っていった。なんだろう?

 

 自分の席にいく。

 すでに着席していたヴィルトは、イヤホンを外す。

 チラッと俺のほうをみてくる。


「おはよ、赤谷」

「おう」

「花火。見た?」

「ああ見たぞ。ちなみに今朝のネットニュースも。一部の生徒の暴走で大事件、とな。幸いけが人はいなかったらしい」

「赤谷の親友も騒動に関わってたらしいね」

「え? だれだ? 俺、親友なんていないが」

「薬膳卓っていうひと」

「んー誰だろう、知らない人だな。それデマだな。信じないようにしろよ」

「そっか。うん。わかった」


 ヴィルトは「ところで」と話題転換をはかる。俺は名著『力の物語(著:赤木英雄)』をバッグから取り出しながら、顔だけを向ける。


「赤谷、昨日、ヌメヌメした触手で狐を襲ってたね」


 名著をさぐる手がつい止まる。名著、名著どこだったけな。


「ヴィルトちょっと待ってくれな。えーっと、名著、名著、どこだ? ちょっと待ってくれよ、名著」


 俺はより激しく体を動かして、バッグを両手でつかんでみたりして、せわしなく名著をさがす。おかしいな。どこにいったかな。はやく時間よ過ぎ去れ。オズモンド先生、はやく前のドアから入ってこい。


「私が探してあげるよ」

「い、いや、大丈夫だ、自分で見つける。あれ~どこだ、名著~名著ー!」


 ヴィルトはずいっと身を寄せてきて、バッグのなかに手をつっこんでくる。身体もずいっとこっちにくるので、彼女の美しい銀髪が雪崩かかってくる。同時に豊かな双丘がむにゅっと当たり、形状を変化させる。


 俺は緊張と集中で、動きがかたまる。

 ヴィルトは無表情で構わず俺のバッグをあさる。

 密着した身体の部位が、彼女の動きにあわせて形状を変えている。


「あった。名著」

「……ぁったな」

「じゃあ、さっきの話。触手で狐に破廉恥なことしてたって、校内で噂になってるよ」


 ヴィルトは普段は無感情で無表情で、温度を感じさせない声と話し方をする。いまは彼女の声と表情に、どこか非難するよなニュアンスを感じるのは俺の罪の意識のせいだろうか。


「まあ、それは、誤解と憶測が飛び交ってる、というか。正確には俺は触手で、もふもふ狐先輩を襲ってない」

「ほんとう?」

「あぁ、誓って本当だ」


 すべてはヒダリのせいだ。

 もし疑惑をかけられたら、ヒダリの独立性を示す準備はしてある。


「ふーん」


 ヴィルトは納得しているのかいないのか、曖昧な鼻声をだして、自分の席に戻る。

 

「あいつ、また聖女様と朝からいちゃいちゃと……」

「会に報告だ、これ以上のむにゅは許されざることだ……」


 密かに聞こえてくる恐ろしい声に、俺は背筋を正し、名著を開いて読書へいこうする。ヴィルトに関わるのはやはり危険だ。


「そうだ、赤谷」


 こちらの気も知らずに珍しくも会話継続してくるヴィルト。

 彼女はバッグからちいさな紙袋を取りだす。


「これあげる」


 静かに受け取り、中身をチラッとのぞく。箱の上面が見えるがパッと見わからない。


「なんだと思う」

「このサイズでずっしりしてるな。鉄球とかか?」


 ヴィルトはムッとする。


「マグカップだよ」

「答え教えてくれるのか。しかし、なんでいきなり……ん、この袋、外国の? お土産か?」

「そうだよ。私と同じやつ」


 お揃い?


「お揃いって……なんか、変じゃないか? 普通じゃないような……」

「スイスでは普通だよ。それ使ってほしい」

「おう。サンキューな」


 スイスってみんな仲良しなんだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る