花火大会実行委員会本部決戦 5

 灰星牡丹は正義の金属バットをゆったりと構え、頭をおさえてもがく赤谷をみおろす。

 その視線は彼の左腕からにゅるっと伸びている触手へむかい、それをたどって叡智されている九狐レミへといき、しげしげと眺める。

 九狐は涙目で「きゅええ、っぇぇぇ」と震え、叡智される恐怖と、「次は私だぁ、ぁあ」という灰星にしばきまわされる恐怖と、「牡丹ちゃん、た、助けてくれたり、しない……?」という淡い期待がまざりあって、結果、口をぱくぱくさせ、ぶるぶる震えることになった。


「ふむ」


 灰星はひとつうなづき、赤谷のそばによる、もう一度、金属バットをふりおろす。


「いったぁああ!? 2回も!? 2回もたたきましたね!?」

「破廉恥触手をひっこめて」


 静粛な命令。


「きゅぇええ、牡丹ちゃん……!」


 希望に目を輝かせるお狐。


「実はですね、法的にいったら俺に責任能力はない可能性が高くてですね、この左腕から出ている触手生命体は、起源不明の謎生物でして、独立した思考のもと動けることがわかっており、つまりどれだけ触手でいたずらしても俺に責任をもとめることはできな──」


 イキリだすエロナマズ。


 ぺらぺらと語りだしたところへ、灰星はバットを撫でで、素早くふりおろす。机のうえに蚊がいるのを見つけて、叩くような素早い攻撃だ。赤谷は脳天から打ちおろされる金属バットによって舌を噛んで、弁舌を中断して芝生のうえをのたうちまわる。


「責任能力の所在が不明、と。法が許しても、このバットが許すかな?」

「ぐぅぅ、志波姫と同じタイプのひとだ……」

「志波姫?」

 

 灰星は首をかしげる。


「あぁ、いえ、別に、暴力をなりわいにしている野蛮な女ですよ」

「赤谷君、そんな風に思ってたのね」

「当たり前だろ。すぐに抜刀するし、叩いてくるし。男の子でも叩かれるのは嫌なんだぞ」

「そう。マゾヒストだから、喜んでいると思っていたのだけれど」

「なんでマゾヒスト前提なんだ……あれ? ぁ、これ前にもあったな」


 赤谷は顔から血の気をひかせて、背後にたつ志波姫の存在に気づく。

 その表情はかつてないほど冷たいものだ。

 志波姫は浴衣の袖をひじまでまくる。


「待て、志波姫、さん、な、なにをする、おつもりで」

「矯正よ」

「きょう、せい?」

「こんないかがわしい物があるからいけないのよ」


 触手たちのかたわらにいき、一閃、叡智の結晶を手刀でもって断つ。素手とは思えない切れ味だ。


「いぎゃぁあ!」


 触手たちはのたうちまわり、宿主の体内へもどっていく。

 切断された肉体の半分以上は、その場に残され、力が抜ける。

 九狐は解放され「きゅうええ」と一息ついた。


「ありがとう、可愛い女の子、それに牡丹ちゃん! それじゃあ、私はこれで」

「逃がさない」


 灰星は九狐に素早くトドメをさし、地に伏せさせた。


「護衛係、私はフインに追い打ちするから。あなたは残りをやるんだよ。いい? えっちなそれはもう使ってはだめ」


 灰星はそう言って、向こうへ駆けていく。

 残された志波姫と赤谷。地獄の空気感。


「やつは行ったか、はぁはぁ、危ない、あの女の性格なら、俺も一撃もらってもおかしくなかった……」


 薬膳はむくりと上体を起こし、こそっと逃げようとする。


「あっ、薬膳先輩、まだ生きてたんですか」

「いやなに、いつ狙撃されるかわからないからな。『窒素創作ニトロアーティスト堅牢ロバスト』で頭部は守っておいたのだ!」

「なんて狡猾な」

「こんな言葉がある。裏切ったほうが賢い、とな。犯罪もなにも取り締まられる数より、取り締まられない数のほうがおおいわけだ!」


 薬膳先輩はダッシュで向こうの校舎の影へ走っていく。

 その足元を銃弾がバン! バン! と2発ほど輝く。

 雛鳥先輩の狙撃のようだが、惜しくも外してしまったようだ。


「常軌を逸したカスがよ……」

「赤谷君、仕事をやりとげなさい」

「協力してくれないのかよ」

「わたしはあなたを止めにきただけよ。あの狂気の科学者を無力化し、反省部屋へ放り込むのはあなたの仕事よ」


 ちょっと自己評価を落としすぎた感はある。

 だが、まだとりもどせる数字があるかもしれない。

 俺は全身ボロボロだったが、明日のペナルティを増加されないためにも、すぐに薬膳先輩のあとを追いかけた。


「こら待て、そこの狂気の科学者!」

「なに? 俺を追いかけてくるのか!?」

「当たり前でしょ」

「もう『花火草の会』は壊滅した! 俺を捕まえても意味はない!」

「裏切り者をしばいて点数稼ぐんですよ」

「くっはっは、このカスめ」

「どの口が。──とまれ!」


 赤谷は引力で薬膳の背中をとらえようとする。

 捕まえた。その感触があった。


 薬膳はとっさに白衣を脱ぐ。

 

「お前のスキル、視界内にあるものしか引き寄せられないようだ」


 白衣はバサッと広がり、薬膳のことを、赤谷の視点から隠してしまう。


「ちょこざいですよ」


 赤谷はひきよせた白衣を放り捨てる。

 視界が晴れると、薬膳は赤谷へ手をかかげていた。


 赤谷はその意味を理解していたので、ステップひとつで攻撃範囲から逃れる。


「なっ、反応がはやい……! 流石だ同志」


 『無酸素領域オキシレス』は一定の領域にたいして適用される技。なので、酸素が除外されているエリアを解脱することができれば、なんということはない。屋外においては、かつての代表者競技ナメクジの試練ほどの威力は見込めない。


 赤谷はパワーこそ注目されがちが、その総合力のひとつひとつのパラメータをとっても最上級の規格外のスペックを誇っている。


(化け物を倒せるのは、この薬膳だけだ)


 赤谷の速力は、すでに目で追うのが難しい領域にある。

 薬膳は腰裏のポーチから取りだした試験管を握りつぶす。

 割れた音と同時に煙幕があふれだし、急速に広がり、薬膳を覆い隠した。


(煙幕ごときで──)


 突っ込む赤谷。


「あっつ! これ酸の霧!? やることえぐ!?」

「もはや手加減はなしだ。白衣の天使に保健室で癒してもらうんだな」


(酸はただの牽制だ。本当の狙いは、酸のさらに外側、“熱い“とか”痛い“とか感じないレベルにまで成分を稀釈してある索敵気体。赤谷よ、お前がはこの熱いを避ければいいのだと本能的に思ってしまうだろう。だが、俺の狙いはお前の動きを補足した段階で達成されている)


 隙を生じぬ二段構え。気体に触れてはいけないという不可能条件。

 

(索敵範囲は試験管の破裂後、気体が霧散するまでの約20秒。効果範囲は半径30m。その間、酸が物を焼くことによって生じる微妙な成分変化を察知して、範囲内で動くすべての物の位置、移動方向が手に取るようにわかる)


「さあ、どうする赤谷──」


 赤谷の解答は……。


「あっちいな、これ絶対に髪とかによくない成分だって!」


 赤谷は手を酸の霧へむけ、『固い暴風リキッドウィンドバースト』を使用。


「やはり風か。だが、この狂気の科学者・薬膳卓はそれはすでに読んでいるぞ!」


 薬膳は片手をまえへ向け、ポケットのなかの装置を起動。

 科学の作品、疑似スキル『固定』。彼のスキル影響下にあるすべての気体にスキル『固定』を付与ことができる。

 これがあれば風速15mであろうと、その場に強固にガスをとどめることができるのだ。


(足りない神秘の力は、科学でおぎなう。怪物を倒すのはいつだって人間だ)


 ──だが、大いなる力のまえでは人の工夫は児戯に等しい。


 赤谷が放ったおおいなる大気の暴威は、すべての酸霧をいともたやすく吹き飛ばした。もちろん薬膳本人も。


 台風をまえにどう工夫すれば洗濯物を庭干しできるだろうか。

 地震をまえに並々注がれたコップから、水をこぼさないようにできるだろうか。

 

 巨大な力は抗おうとする人間の科学を、幾度も打ち砕いてきた。

 もちろん今夜もそれは変わらない。


「だにぃいいい!? うぁあああ! おのれ、赤谷ぃぃぃぃ────!」


 その夜、赤谷誠はカスをひとり反省部屋に叩きこみ、評定プラスマイナス0で仕事を終えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る