花火大会実行委員会本部決戦 4

「や、薬膳先輩、なにをして……!」

「やはり、俺たちは無法の運命を歩んでいるのだろう。ルールの存在しない世界、ありのままの自分でいられる世界。選ばれし者が好きに能力を行使する世界。赤谷、こっちは気持ちがいいぞ」

「悪役みたいなこと言いやがって……」


 赤谷はたちあがり、九狐のほうを見やる。『無酸素領域オキシレス』を受けてなお動けるのは根性とか気合が求められる苦行だ。赤谷はこれらのパラメータを持ち合わせているが、かといって苦しいことは変わりない。一刻も早くこの危険な能力から逃げなければならなかった。


(濡れ透けで服が張ついて、すごく叡智だぁ、ァあ違った、そうじゃなくて、触手で片腕塞がったままじゃ、身動きが取れない。ヒダリはほとんど全員出動してて、そのうえ言うことを聞かない。すぐに戻すことは不可能、必然、九狐先輩をともなって動かないといけなくなる)


 赤谷は現状の制約とそれの対策について、酸素の足りてない頭で瞬時に考え──そして、ぴょんとその場を飛びのこうとする。とにもかくにもまずは『無酸素領域オキシレス』から逃れるのだ。


「させねえよ、1年生」

「っ」

 

 赤谷の背後、褐色肌の先輩がいつの間にかいた。

 浅黒い肌に高い鼻と白いシャツと黒いスラックス。先ほど薬膳を締め上げていた女子生徒だった。長い足で蹴りこんで、赤谷の離脱を阻止する。


(だめだ、もう、意識が、くっ、やっぱり強すぎだって、この技……)


 激しい動きには、それだけ酸素を消耗する。

 いきなり酸素供給を断たれ、血液内の酸素でどうにかやりくりして振り絞った逃げの跳躍が潰されれば、それだけで絶対絶命になってしまう。


(フイン・チ・カイマオ先輩……今回の無法生徒たちのなかで、もっとも危険って言われてるとか……『武装抵抗サークル』から『花火草の会』に派遣されている傭兵だ)


 さらに赤谷を追い詰める刺客たちがあらわれた。

 

(こ、これは!)


 赤谷は自分の周囲をとりかこむ、亀の軍勢に気が付いた。芝生の色といっしょに意外と目立たないが、よく見れば厳格に包囲網を形成している。

 ミシシッピアカミミガメの包囲網を指揮しているのは、腰裏に手をまわして休めの姿勢をしている女子の先輩だった。おさげ髪に白いリボンをつけた淑やかな印象の整った顔立ちの女の子だ。いまはムッとしていて、赤谷を睨んでいる。


亀休目かめやすめマオ先輩……『ミシシッピアカミミガメ愛好部』部長……)


「1年4組赤谷誠、あなたには個人的な恨みがあります。カメちゃんたちの怒りを味わうがいいです」


 赤谷は身に覚えがなかった。


「どうだ、お前たち、この狂気の科学者・薬膳卓の大活躍は! 赤谷は風紀委員戦力のなかで最上位! こいつを抑えれば、今回の戦は勝ったも同然だろう、くっはっは」

「うるせえよ、さっさとこの1年生倒して、九狐のエロ漫画捕縛を解除してやるぞ」

「この1年生、女の子にこんな破廉恥なことをするなんて……やはり、赤谷誠は最低」

「きゅええええ! フインちゃん、マオちゃん、ありがとう……! お嫁にまだいけるかも!」


 2年生女子生徒たちはその場でたちつくす。『無酸素領域オキシレス』の外から赤谷が気絶するのを待っているようである。変に手をだす必要がないとわかっているのだろう。


 前門のマッドサイエンティスト、後門の傭兵、中間のミシシッピアカミミガメ軍。

 最初に『無酸素領域オキシレス』を喰らった時からこの結末は決まっていたのだろう。完全包囲網のなかで赤谷の意識が沈んでいく。


「残念だ、同志、もっと張り合いがあると思ったが。ともに代表者競技を戦ったときのお前はこんなものではなかった。ふっ、衰えたな、それともこの狂気の科学者・薬膳卓の進化が巨星を追い越してしまったか──」


 勝ち誇り、イキリ散らかす薬膳の顔がばごーんっ! 弾かれた。


「ぎゃあぁあああ────!!」

「へ?」


 フインは目を丸くする。亀休目マオは口元に手をあて「きゃ」っとちいさな悲鳴をあげる。

 薬膳は白目を剥いて、泡をふいて崩れ落ちる。


「カスをしばきました! いまです!」


 無線からちいさく漏れる雛鳥の声。

 同時に植え込みから影が飛びだす。


 気だるげな灰色髪と整った顔立ち。見慣れれば愛嬌がある無表情。制服のうえから着込んむ黒コート、おしゃれ意識の蒼い蛍光帯と風紀委員の腕章は“やつ”が来たことの証明であり抑止力である。指抜きグローブでしっかりと握られた金属バッドは悪を打ち砕く。


 風紀委員長・灰星牡丹はいぼしぼたんは狙いを定める。


(あと4球。フインから)


 音もなく走るのが得意な彼女は、騒音と夜という周囲の状況を正確に把握するのがむずかしいなかでは、認知できない暗殺者となる。フインの後頭部を容赦なくその金属バットがとらえ、ズドーん! と気持ちの良いホームランで2つ向こうの校舎までその身体をふっとばした。

 

 金属バットを振りぬいた灰星は続いて、マオの顔面を思い切りぶっ叩こうとする。


「くっ! タートルシールド!」


 ミシシッピアカミミガメの軍勢のなかから、特に大きな個体が吸い付くようにマオの前にでた。

 姫を守るナイトのごとく勇敢に、光り輝く甲羅で金属バットの破壊的な暴力から、淑やかな少女を守った。

 だが、衝撃力を殺せたわけではないようで、マオの身体は、亀シールドもろとも中庭の反対側の校舎へ叩きこまれてしまった。優に30mは吹っ飛んでいる。


「きゅええええ!? 牡丹ちゃん来ちゃったよ!? なにしてんの足止め隊ー!」


 叫ぶ九狐。蘇る赤谷。

 

「はぁ、はぁ、死ぬかと思った、酸素うめえ」


 赤谷はフラッと立ちあがり、ヒーローのごとく現れた風紀委員長へお礼を述べる。


「ありがとうございます、助かりました、灰星先輩!」

「風紀が乱れている」

「へ?」


 赤谷の側頭部を強烈な殴打がぶっ叩く。「ぐぎゃあぁああ!」悲鳴がこだまする。

 その正義のバットは風紀の乱れを許しはしない。

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