花火大会実行委員会本部決戦 3

 いつだってそれはチャンスを伺っているのだ。

 人前で使うつもりはないのに、気が付いたら使おうとしている。使えばキモ男のレッテルは免れないというのに、彼はそれでも使おうとしてしまうのだ。


 そいつは意識をもちはじめた。何が発端だったかはわからない。

 もしかしたら触手融合の結果、新しい生命が芽吹いたのかもしれない。

 あるいは福島凛が語る封印されていた力がいよいよ暴走したのかもしれない。

 深層意識に眠る衝動が、無意識に赤谷の身体を操っているのかもしれない。


 真相を知る者はいない。

 彼の名はヒダリ。

 赤谷誠の左腕に住まうあんまり言うことを聞かない相棒である。


「しまった、ヒダリを使ってしまった!」


 赤谷の袖が内側からもりもり膨らんで、破れてはじける。

 ジャケットの袖口では、それを放出するのに手狭すぎた。

 決壊したダムのごとくあふれ出した触手たち。九狐レミは捕まるなり、四肢を拘束されて身動きがとれなくなってしまう。ニュルニュルした謎生物に体の輪郭を這われる。手足を這い進むさまは、ジャングルで蛇が木々を渡るかのようだった。


「うあぁああ、レミがえろい潜影蛇手に捕まったぁ!?」

「きゅえええ~! これ知ってる、エロ漫画のやつだぁあ!」

「くっ、とりあえず、まずは又猫先輩を静かにさせないと……!」


 赤谷誠はヒダリをすぐさま沈静化させるのは難しいと判断。


(おお、すごい、ヒダリ、お前、遠慮がないな。なんかすごいところまで入ろうとしているじゃないか!? すごい、おぉお! こ、これは叡智!)


 物語には建前と真実がある。

 赤谷誠はこのふたつを巧みに操るプロフェッショナルであった。

 己の度胸のなさを、それらしい理由で修飾することにおいて彼は高度に訓練されている。

 

 触手を使いたい。これを使っていろいろしてみたい。

 誰しもがいだくよこしまな思いも、しかし、度胸がなくては始まらない。

 赤谷には触手にふさわしい度胸がない。だが、もしそれを別人が代行してくれるのなら?


(おっほん。事実、ヒダリは暴走している。俺は九狐先輩と又猫先輩のふたりを無力化しないといけない。その意味において、たとえ九狐先輩が向こうでなんかすごいことになってても、それを仲間が時間稼ぎしているととらえ、俺(本体)が又猫先輩へ対処することは間違いじゃないはずだ)


 ゆえに赤谷はちょっとだけヒダリを泳がせることにした。彼には今夜正義と口実がある。


「みゃあ!」


 引力で完全にひきよせられた又猫はその勢いを利用して、赤谷へ尻尾攻撃する。赤谷は身をかがめて回避。不安定な姿勢で引き寄せた側と、引き寄せられた側が衝突、揉みくちゃになり、ふたりはもつれて倒れる。


 赤谷のうえにヒバナは乗っかった。

 彼の胸元のうえに尻もちをつくような姿勢だ。

 赤谷は衝撃より立ち直り、薄っすら目をあける。

 目の前にはヒバナのスカートのなかがこれみよがしに広げられていた。

 目を見開く赤谷。動揺を隠せない。隙を見逃さないヒバナ。スパッツを履いているので気にしていないようだ。そのまま攻撃に転ずる。


 白い足を首裏にまわし、足をつかって首の気道をあっぱく締め落とそうとする。組技ならば腕力差が多少あろうと逃れるのは難しい。さらに赤谷は左腕が触手を展開している関係上塞がっている。右腕しか使えない。


 その技は赤谷に効果的だった。

 赤谷は苦しそうにもがいている。


「へっへっへ、1年生、組技は苦手だったかみゃ?」


 ヒバナは勝ち誇る。

 赤谷は葛藤していた。


(運動をしているからか、又猫先輩のスパッツも太ももも汗かいて蒸れている!? 先日、ヴィルトに締められて、会に報復された。俺がいい思いすると、調子に乗っているとかで因縁をつけて会が動くんだ。はやく拘束から逃れないと、でも、このままでももう少し締められていてもいいようなぁ──)


 むちっ、むっちと音が聞こえてくるような健康な太ももに締められながら、赤谷は右腕でその太ももを掴むか迷いつつ、カッと目を見開いて、天国からの離脱を決心、ヒバナの健康的な太ももに手をかけた。


 締み技の恐ろしいところは、その解除困難性にある。

 きれいな形で決まってしまえば、まず抜けだせず、ましてや足で決められれば、手でどうにかできる可能性はほぼない。足の筋力は腕の倍以上が標準搭載されている。片手で解除するなどもってのほかだ。


「くっ、この、まさか、片手で……!」

「さらば、スパッツ……っ」

「うううう、ダメ、なんてパワーみゃ!?」


 ヒバナは驚愕する。赤谷は首にかかっていた、ヒバナの白い足をひょいっと動かし隙間をつくり、簡単にホールドを解除してしまった。


 ヒバナはパワーでの拮抗を諦め、足の組み方を変えようとする。

 ふと、気づく。目の前に金属の板があることに。

 赤谷が天国を楽しんでいるあいだに、戻しておいた『衝撃異常鋼板インパクトボード』だった。


 スキル『筋力の投射実験』には『飛ばす』『引きよせる』『とどめる』『曲げる』の性質がそれぞれ生きている。遠くにあったものを、引きよせ、自分の頭上あたりでとどめ、運動エネルギーを増幅、のちに発射する。こうすることで赤谷誠は手元から発射する以外に、別の位置から物体を飛ばすわざを発明していた。


 地面のうえで組技うんぬんしていたヒバナの顔面に板が発射され、芝生のサンドイッチされる。板が浮かびあがると、鼻血を出して「ぐへえ」とうめき声をもらしていた。

 

「はい、埋めちゃいますねー」


 気絶したヒバナは5秒後には地面に埋められて、首だけ出された状態にされた。

 妖怪埋めちゃうおじさんは、ひと息つき、九狐のほうを見やる。


 触手たちを自由にさせていた結果ひどいことになっていた。

 九狐レミの袖口やスパッツの、服をめくっておへそあたりから侵入した触手たちが、粘液で濡れ透けになった生地のしたを這っている。それらは九狐の豊かな胸元にたどり着き、膨らみの円周を測定するメジャーのように絡みつき、そのままぐるぐるとモンブランのコーディングする線状のクリームみたいに登っていく。山の頂上を目指してるらしい。


「きゅえええ、1年生、ごめん、もう許してええ! 私が悪かった、ごめんなさーい! きゅええ、このままじゃ、お嫁にいけない、よぉ……!」

「まずい、勝手にさせてたらここまで行くのか! ヒダリ、もう自由時間はおわりだ! くっ、うう! こいつ、全然言うことを聞かない!?」


(このままだともっと叡智なことに!?)


「赤谷」

「あっ、薬膳先輩! 良い所に! 助けてください、この触手が言うことを聞かなくて!」

「ほう、なるほど、触手が暴走し、お前はいまそこから身動きがとれないといったところか」


 赤谷はぐらっと膝から崩れ、猛烈なめまいと吐き気に襲われた。


(この感覚……! 『無酸素領域オキシレス』か!)


「くっはっはっは、この狂気の科学者にはやはりこちら側があっているようだ」

「先輩の手のひらの回転率どうなってるんですか!?」

「赤谷、今ならまだ間に合う。お前も無法にならないか?」


 薬膳卓は不敵な笑みをうかべ、赤谷へ手を差しだした。

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