花火大会実行委員会本部決戦 2

 九狐きゅうこんレミはわなわなと唇を震えさせ、どこからともなく湧きだした赤谷誠あかたにまことを指だす。

 白い耳をヒコーキのように後方へ垂れ下げて、尻尾をぶわーっと逆立たせている。


「きゅええ~! そうだ、この子だぁああ!」


 又猫またねこヒバナは親友の反応をみて、ただ事ではないと悟る。

 目の前にいるのはぬめーッとした1年生。

 見覚えのある顔だったが、他学年のことなどあんまり覚えていない。


 明白なのは、彼は脅威であり、彼女たちの目的を邪魔だてしにきたということだ。


「先輩たち、その変な草に花火をあげるのがそんなに大事ですか」

「大事なものなんて人それぞれじゃないかな、1年生くん」

「そうかもしれないですけど、こんなド派手にやって……退学とかあるかもですよ?」

「ふふふ、そうか、そうだね。1年生ならいまいちピンと来てないかもね」

「?」


 ヒバナはそういうと植木鉢をそっと近くの花火を打ち上げる筒にはめた。スポッとはまり、意外と安定感があるようだ。


「ヒバナちゃん、やるんだね!?」

「うん、勝負はいまここで決める!」

「きゅえええええ!」

「気合十分だね、でもレミ、とりあえず花火草をおいたほうがいいかも。植木鉢が割れたらかわいそうだから」

「あっ、うん、たしかに!」


 レミとヒバナは視線を交差させる。レミが植木鉢をおく。赤谷は人の心がないわけではなかったので「まあ、植木鉢を置くくらいは待ってあげるか」と、懐に手をいれる。


 ヒバナはシイタケ目をぎゅっと細め、隙を見つけた。

 レミが呑気に植木鉢を置くそのモーション、どことなく「まだ戦いは始まらない」雰囲気が生まれるのを知っていた。ニャアはその一瞬を逃さない生き物だ。


 パッと手をまえへ突きだすと、バチバチっと火花が散った。

 次の瞬間、火花が爆ぜた空間が燃え盛る赤い炎につつみこまれた。


 視界を塞がれる赤谷。

 肌を焼き焦がす熱から、逃れようとバックステップする。


 炎の隙間のさきへ視線を集中させる。

 「ほえ?」と呆けた顔をした九狐レミ。

 その隣、又猫ヒバナの影が動いた。

 赤谷の動体視力は難なくその挙動をとらえていた。


 ヒバナは耳と尻尾に赤い炎をともし、花火が乱れ炸裂する地上を駆け、素早い機動力で攻撃をしかけた。


 尻尾の先端、灯る炎が鋭い刃になる。

 闇と光が乱れ狂う中ふりぬかれた熱い斬撃。

 赤谷は腕をたて、前腕でガードする。その際、刃と化した尻尾の先端は受けず、あくまで刃の根本の安全な位置を受け止める。


(見えてる! それに速いし、繊細だ!)


 ヒバナは踏み込みすぎなくてよかった、と自らの慎重をたたえると共に、目の前の1年生がレミの言の通り「危険な存在」であると、すぐに理解させられた。


 攻撃を見て、特性を判断し、実行可能な対処法を考え、そして実行する。

 観察、分析、評価。均一化された戦闘能力が存在しない戦いの場、異常の使い手どうしの小競り合いにおいて、重要な能力を、十分にこの1年生はもっているのだ。


(1年生相手なのに実戦経験豊富の上級生と戦ってる気分……!)


 尻尾での遠目の近距離攻撃ののち、赤谷の手は尻尾を掴もうとしてくる。するりと抜けてかわす。それは罠だ。赤谷誠の手がぶわーっと燃えあがる。


「っ」


 赤谷は目を大きく見開く。

 ヒバナの尻尾は掴めない。猫は自由な生き物だ。

 何物にも拘束されることはない。


(スキル『残り火』成功! ここから繋がるよ、悪く思わないでね、1年生)


 すぐのち手が爆発した。

 赤谷は火炎に呑みこまれる。


 反対側からレミが動いた。

 お狐のふわふわ尻尾を2本に増やし、紫炎をまとい、キリッとした表情をしている。お狐バトルモードの彼女は凛々しくなることは2年生の間では有名な話だ。


「『狐火』! きゅえっ! きゅえっ!」


 紫の火炎がビュンビュンっと放たれ、赤谷を背後から襲う。

 赤谷はチラッと視線をやり、ヒバナへ視線をもどす。


(無視された!? ううう! 舐められてる!? 1年生、それ喰らったらすっごく熱いよ!)

(遠距離攻撃もち。近づく必要はない。俺の軟化術の情報は共有されているだろうな。さっき空を掴んだら手が燃えた。そして爆発。行動に罠を仕込む選択肢をもってる。掴んでべたーんしようと思ったけど不注意だった。周囲への被害を減らすためにはやめに倒したいところだな。仕方ない、直接無力化しよう)


 赤谷はジャケットの内ポケットに伸ばしていた手をサッと横なぎにふった。4枚の金属プレートが宙に放り投げられる。


 狐火、着弾。

 赤谷の背後には見たこともない金属の膜が出現していた。


「へ?」


(『防衛系統・衛星立方体ガーディアンシステム・サテライトキューブ』──オンライン」)


 実行委員会で護衛係に選出された日から、荒事になるのはわかっていた。

 ゆえに今夜、彼は武器をちゃんと懐に隠しもっていたのだ。


 赤谷の背後、金属の膜は瞬時に形状を変化させた。4枚の金属プレートになる。それは薄いインゴットのようで、普通に生きていればその形状の金属は目にする機会は少ない。

 宙に浮かぶ4枚の金属プレートへ、赤谷はさっと手をかざす。ろうそくの火を手で仰いで消すような、さりげない軽い所作。途端、4枚の金属プレートは2枚で1組となり、とけあわさり板となった。


 双対の『衝撃異常鋼板インパクトボード』はそれぞれ、発射され、ヒバナとレミはとっさに回避行動をとる。「甘い、俺の弾は躱せないですよ!」赤谷はニヤリとし、したり顔で講釈をたれはじめる。彼の弾は曲がるのだ。追尾をしようとし……だが、甘かったのは赤谷のほうだった。


 左右に強烈に身をふる獣たちの機動力『狐ステップ』と『猫ステップ』をもっていた。赤谷はその軌道を追い切れず、撃ちだした『衝撃異常鋼板インパクトボード』は花火大会実行委員会本部の設置されていた中庭の両脇にあるそれぞれの校舎に着弾、窓ガラスと壁を破壊する。


「ぁああああ!? 嘘だろぉぉぉお!? 最悪だ、マジで最悪だ! うあぁあああ!」

「動揺してる? いまだ! きゅええ!」

「隙ありだみゃあ!」

「ええい、ちょこまかちょこまか、こっちが気を使ってれば……!」


 赤谷は額に青筋を浮かべ、伝家の宝刀を開帳、相手がけっこう人気ありそうな可愛い先輩だろうと知ったものか、引力でみゃあみゃあ鳴く猫をひっとらえ、もう片方の手で触手を素早く伸ばし、きゅえきゅえ鳴く白狐を拘束し粘液まみれにしてしまった。

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