花火大会実行委員会本部決戦 1

 花火の第二プログラムが始まってすぐ、インカムに無線連絡がはいった。


『ぐぁぁあ、応援を、応援要請を……‼』

「なんか死にそうな声が聞こえたんだが……」

「どこかでドンパチが過激化しているようね。赤谷君、いったほうがいいんじゃないかしら」


 ドン、ドンドン、花火の騒音がすごいなか、俺は志波姫がなにかを言ったのを察して、耳を近づけた。


「え? なんか言ったか?」

「風紀委員がピンチみたいって言ってるのよ。インカムの音声聞こえているの?」


 志波姫も顔を近づけてきて、言葉が伝わらない不機嫌ゆえにちょっと眉をひそめる。

 インカムがどうのこうの言ってる。


「あれ、お前、風紀委員のやつ聞こえてるのか? あっ、耳につけてんじゃん」

「ようやく気付いたの? 察し悪い男ね」


 志波姫も私服風紀委員というやつだったのだろう。

 市井に紛れて、問題を起こそうとする輩がいれば、すぐさま攻勢にでる資格と能力をもっているんだ。そういや。俺とコーディ先輩と縛堂先輩のいた現場にひょっこり現れたのも、風紀委員の無線で位置情報を取得して、応援にきてたからなのかもしれないな。


「ん?」


 俺はふと気づく。鼻先10cmほどの位置に志波姫の顔があることに。

 そのことに彼女も気づいたようだ。

 きらびやかな花火に横から照らされる彼女の顔は、鮮やかに美しく、頬は朱色を帯びているような気がした。俺はバッと顔をそらす。


 騒音のせいで普段よりずっと顔が近くなっていた。

 話の内容を聞き取れていない間は、その内容をくみ取ることに夢中になっていたが、目的が果たされて、思考がニュートラルの位置までもどってしまった。

 

 まったくなんという事故だ。

 体温の急激な上昇を感じていると、花火が俺たちの頭上をかすめた。

 すごく近い位置で大爆発し、悲鳴と歓声がいりまじってあがる。


「うわっ! ほぼこっち飛んできてんじゃん!」


 これを大迫力の新様式と捉える者もいれば、命の危険を感じて叫びまくる者もいた。パニックまで秒読みだろう。


「赤谷君、どうやら無法者たちがパーティはじめたようね。行ったほうがいいと思うけれど」

「いいのか、離れて?」

「本部のまわりで監視してるから安心なさい」

「監視はするのかよ……お前は来ないのか?」

「わたしの格好をみてわかるでしょう」


 志波姫は浴衣の袖をふりふりと揺らす。なんだよその仕草……ちょっと良い。


「荒事がメインなわけではないのよ。ほら、行きなさい、あなたの力が必要よ」


 カオス値が上昇している理由、俺は無線で繰り返される応援要請のまま、屋上の手すりのほうへかけて飛び越えた。

 

 訓練棟の屋上から地面への落下距離はそれなりだが、『浮遊』をつかってフワリと着地すれば足腰を痛める心配はない。


 花火の軌道がめちゃくちゃになり、建物に跳弾して、低空爆発をくりかえす。

 初めて見る光景で、危険なことに間違いはないが、綺麗だし面白い景色なのは否定できないだろう。でも、そう思えるのは直撃してもどうということない祝福者だからだ。一般の客の悲鳴はしだいに多くなり、現場はパニックだ。これは明日のニュースはこの事件でもちきりだろう。


 花火大会実行委員会本部では、風紀委員の腕章をつけた者たちは地面のうえでダウンしていた。その倍以上の無法者と思われる生徒も倒れているが。銃乱射事件の現場かなというくらい銃弾も飛びかっている。


 状況は混乱している。負傷者だらけの実行委員会本部で、いまだ逃走する生徒と、無法者に反抗する生徒、変な植物の植木鉢を抱えて、片っ端から花火をパクパク食べさせまくってる白い狐とその愉快な仲間たち、どこからともなく狙撃され「ぐえええ!」と悲鳴をあげて倒れる無法者などなど。


 その一角、白衣を着た男子生徒が、胸倉をつかまれて壁に押し付けられている。

 どこかで見たようなマッドサイエンティストを窮地に追い込んでいるのは、褐色肌の切れ長の瞳をした女子だ。たぶん先輩だろう。ウェーブがかった前髪み、高い鼻、スラーっとしたシルエットが、白いシャツと黒のスラックスからうかがえる。


「ぐっ、どうして、俺の『あったかみるく』が効かない……!」

「うるせえよ、裏切り者。薬膳、てめえ、こっち側だったのに、なに澄ました顔して正義の側についてんだよ」

「こ、この狂気の科学者マッドサイエンティストは、だれの味方になったつもりもない!」

「ほう、そうか、なら、ここでぶちのめされても文句は言えねえよな。この不義理裏切りカス野郎」

「そう、この薬膳卓は風紀委員の味方になったつもりはないというわけだ! 俺は風紀委員に潜入していた無法者スパイだったのだ! フイン、いまこそ奴らを打ち倒す時だ!」

 

 裏切っているマッドサイエンティストがいるんですけど。情けなすぎてみてられないです。


「いやあでも、助かったよ、ヒバナちゃん~! フインちゃんと助けにきてくれたおかげで、コーディ君と縛堂さんから逃げることできたしね~! いやぁ、あの1年生がいなくなってて本当によかったぁ」


 ご機嫌に白いもふもふ尻尾を揺らして、打ち上げ花火を筒からとりだし、邪悪なパックンフラワーみたいなのに食わせているのは、2名の女子生徒だ。


 ひとりは九狐レミ先輩。白い耳、白い尻尾。きゅええ。

 もうひとりは猫耳をピクピクさせ、シイタケの切れ込みみたいな模様の瞳をもつ少女。腰のあたりから三毛猫カラーの尻尾がはえていてゆらゆら動いている。あれは狐尻尾ではない。ニャンだ。たしかレミ先輩と仲の良いという『花火草の会』の部長……又猫またねこヒバナ先輩だろう。


「その1年生どんな子だったの? そんな強かった?」

「うーん、名前を聞いたんだけど、あれれ、なんだっけ? 忘れちゃったや、たしか、えーっと、そうそう、ちょうどあそこに立ってる感じのぬめーっとした、ぬたーっとした、ウナギ、いや、ナマズみたいな感じの子なんだけどさぁ……ん?」


 九狐先輩は俺を見ながら作業を進める。

 作業の手がとまる。「ん?」と目を細めてみてくる。

 白い尻尾がぶわーっと逆立ち、手足がピンッさせ叫んだ。


「きゅえええええ! でたあぁあああ! あの子ぉぉお!」

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