林道琴音は心穏やかではいられない
──林道琴音の視点
少し前。花火大会が始まる数日前。
林道琴音はウキウキした気持ちで当日の予定を確認していた。
もとよりお祭りごとが楽しみな彼女である。夏休み期間中を学費のためのアルバイトにあてていたこともあり、ずっと忙しかった彼女がようやく羽を伸ばせる場所でもあった。
「ひめりん誘っていこうっと!」
浴衣着ていこうかな。
どんな髪型でいこうかな。
ワクワクの時間の悩みを抱いていると、校内アルバイトの現場で赤谷が目にはいった。
誘おうかな、赤谷を。そんな風に思ったが、その日はうまく誘えなかった。
(いやいや、だって変だよ、赤谷のことを誘うなんて! 絶対、変な感じ!)
でも、一度浮かんだ考えはなかなかに拭えないものだ。
何日か考え、林道はポニーテールをゆらゆら揺らし、くちもとをもにゅもにゅさせながら考え抜き、己が尽くせるだろう最大の思慮深さで彼に声をかけた。
「あ、赤谷だ! こんなところで会うなんて奇遇だねっ!」
「おう、なんだ、なんかテンションおかしくないか」
「全然! そんなこと全然ないって!」
あはは、と乾いた笑みを浮かべながら後ろ手に頭をさする。
「あのさ、その、あれ、あれあれ、花火大会、あるでしょ?」
「あるな」
「あれどう思う?」
「悪しき風習と言わざるを得ない。花火という利権と、テキ屋の利権、法外な値段でものを売りさばく商売人の風上にも置けない無法者どもが平然と商売をする口実。まあ学校の主催だから普通の祭りとはすこしちがうが。ただ、真に悪いのは青春ごっこの舞台になることだな。これみよがしに男子と女子はペアを組んで祭りに参加しなくてはいけないという圧力を放ち、その見えざる力を舞台役者どもは疑いもせず、自分の意志かどうかもわからぬまま、それが素晴らしいものだと信じ、痴漢と窃盗とぼったくりと疫病が横行する人混みのなかへはいっていくのだ」
「う、ぅぅ、今日はいつにもまして卑屈すぎるし思想つよっ!」
赤谷からあふれ出す青春アレルギーは聞いているだけで卑屈になりそうなほどの暗黒のオーラを放っていた。
「まあ、でも赤谷の言うこともわかるかな。花火大会とかってけっこう危ないもんね」
「そうなんだよ、治安が一気に悪くなる。ゴミが平気で散らかるし、ガラの悪い連中も今日は自分が主役だと勘違いしてあばれだすからさ。ああいうのすごい嫌いなんだ」
「私さ、ひめりんと一緒にまわるんだけど、女の子2名だといろいろ危ないと思うんだよね。だからさ、その赤谷さ、いっしょに屋台まわってくれない? 男の子いれば安心っていうか」
赤谷は清掃用のモップを手に半目で林道をみていた。
林道は頬を薄っすらそめ「な、なに?」と聞きかえす。
「いや、計算したんだが、どう考えても俺にボディガードとしての機能はないと思ってな」
「そんなことないよ! 赤谷、ちょー強いじゃん!」
「そもそも、お前たちは女の子ふたりだが、祝福者の女の子ふたりだからな。常人なんて片手でひき肉だ。ましてや志波姫。あいつ手が速いから、林道に危険が及ぶことはないと思うぞ」
「うぅ、それは、そうかも……でも、あれだよ、ひめりんすっごく美人さんだから、きっとひめりん目当てで声かけてくる人とかいると思うんだよ」
「別に志波姫目当てでもないんじゃないか。あいつ声かけづらいし、どっちかっていうとお前のほうがたくさん声かけられそうだ」
「え? どういう意味?」
林道は頑張って考えたが、すぐには言葉の意味を理解できず聞き返してしまった。赤谷は気まずそうな顔をして「いや別に」とはぐらかす。
「えーっと、ひめりんが美人さんで声かけられるってことだから、私も声かけられるってことは、私もそれくらい可愛いってことだっ!(キリッ)」
逆順処理で理解にいたり、自信満々の表情で赤谷をみかえした。
意味に気が付いたあと、みるみるうちに顔が赤くなっていった。
赤谷は林道のことを志波姫にも劣らない子だといったのだ。
「うわああ! ナンパだ!? 私いまナンパされてる!?」
「なんでそうなんだよ。脳内花畑か」
林道は口元を手でおさえる。
「あれだよ、あれ、お前あれじゃん、陽キャだし、尻軽っぽいから変な男に好かれそうだなって意味だよ。類は友を呼ぶってな」
「最悪の意味だった!? 赤谷まじそれサイアクだよ!?」
「あぁ、あと、俺、花火大会の日、実行委員会の強制労働あるからどのみちいっしょにいけなかったわ」
そんなこんなで赤谷を誘ったものの、一緒に行く流れにはならなかった。
そして花火大会当日、林道は志波姫と、さらにヴィルトを誘って花火大会にいくことになった。
絶世の美少女ふたりがいるとやはり目立ったが、目立ちすぎて、逆にほとんど声をかけられるようなことにはならなかった。
(美少女ってすごい)
志波姫と別れた後、ふたりは花火を見に行くことになった。
「ヴィルトさん、花火楽しみだね!」
「うん。わくわく」
アイザイア・ヴィルトは胸のまえで握りこぶしをつくり上下に動かしてみせた。片手にはかき氷のカップが握りられており、わくわくアピールを終えるとすぐにパクパクしはじめる。
花火大会の目玉、その第二プログラムがはじまる前に、林道とヴィルトは訓練棟の屋上へあがることにした。屋上への道はたくさんの人がいて、それはもう満員御礼ぎゅうぎゅう状態だった。
「うぅ、屋上までの道がこんなに過酷だったなんて……!」
「ぱくぱく。ぱくぱく」
「すごい、こんな混雑のなかでもかき氷を優先するなんて……!」
屋上は意外に広く、登った後は用意されていたベンチに腰をおろすことができた。
「ひめりんも来ればよかったのにね」
「ぱくぱく。インカムつけてたし、お祭りの治安維持係だったんだよ」
「あっ、あれってそういう意味だったの?」
「うん。制圧力のある生徒には声がかかるんだ。私服風紀委員っていうんだよ。私も声かけられた」
「え? 私、声かけられてない!!」
「琴音は可愛いからね」
「それって可愛いくらいの実力ってこと!?」
「うん。弱いとも言える、だよ」
ヴィルトは無表情にピースを添えて、正直に言い過ぎたことへ、気持ちばかりの茶目っ気でフォローをいれる。
「私はお祭り優先したけど、きっと志波姫は、どこかで悪と戦ってるんだよ」
「へえ、ひめりんカッコいいなぁ~、あっ! 打ちあがった!」
花火がはじまった。
「たーまやー!」
林道がきゃっきゃと空を見上げ、スマホを取りだし写真をとる。
ドンドンッと花火は次々あがっていく。
ふと、視界の端、見覚えのあるふたりをとらえた。
「……え?」
辛気臭い顔をする赤谷と、花火のひかりに照らされる横顔の美しい志波姫。
ふたりが隣り合って、花火を見つめていた。
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