赤谷誠は静かにざわつく

 想い人を文字起こし? 最悪の能力だ。そんなことで他人のプライバシーを白日のもとにさらそうというのか。いや、でも、俺には好きな人間なんていないわけであって……俺でさえよくわかっていないものを、いやいや、まさか、その名前が出てくるのか? そんなことあるのか?

 

 俺は懐疑的な眼差しでりんごちゃんを見つめ、そのナマズ目に揺るがぬ自信を感じた、

 こいつならできるだろう、という不思議な信頼を。


「なんなんすかそのナマズ、能力が強すぎて恐くなってきたんですけど」


 俺はおみくじをクシャッと丸めて「もういいですよ」と、水槽から一歩、二歩と素早く離れた。変なことを書かれたらたまったもんじゃない。


「赤谷君、なにを恐れているの? いつものあなたなら社会のすべてを疑い、インチキを許さず、偽物を糾弾しているはずよ。占いとかおみくじなんてその最たるもの。りんごちゃんの能力を真に確かめなくていいの?」


 志波姫は肘をだいて、迫真の顔で言った。


「そんなにいうなら、志波姫、お前がりんごちゃんに占ってもらったらどうだ」


 志波姫はりんごちゃんと視線を交差させる。じーっと見つめ合い、ふいに志波姫のほうから視線を離した。


「わたしはそういうものに興味がないわ」


 志波姫は手首に巻かれた華奢な腕時計を見やる。

 

「間もなく花火の第二プログラムがはじまるわね」


 さっさっと歩きだし、彼女はおみくじナマズ屋台から遠ざかる。

 あとを追いかけて、離れないようにする。いや、別についていきたいわけじゃない。もちろん彼女と一緒にいたいと思う気持ちがあるわけがない。しかし、およそ勝手に離れれば迷惑ナマズ管理係という自認を持つ彼女は怒るだろうから、仕方なくついていくのだ。


 俺は隣を静かに歩く。

 チラと視線をやる。


 志波姫は凛としたその横顔で、まっすぐ正面を見据えている。

 人ごみのなかでさえ、彼女は際立っている。

 まわりとは何かが違う。


 俺はナマズ界を代表して、彼女がなぜ逃げるようにおみくじナマズから離れたのかを考える。


 りんごちゃん(おみくじナマズ)のあの眼差し、眼力、間違いなく本物だった。俺よりずっと観察力、洞察力に優れる志波姫だ、きっと彼女も気づいたことだろう。

 そのうえでりんごちゃんを避ける理由……もしだ。もし万が一、いや、億と兆、京と那由他のあいだにある巨大数を分母においたとした確率の果てになら、この志波姫神華という超人にも、いわゆる好きな人というのがいるんじゃないだろうか。


 俺は考える。

 だとしたら誰だろう、と。

 この完璧超人が自分の隣においてもいいと考えるような人物。それにふさわしい人物は。如月坂か? 面はいいが……いやない。鳳凰院? いやない。こいつはない。

 

八神やがみ君」

「八神君…………ふーん、なるほど……んあ? 八神君?」


 俺は思考の湖から浮上し、前を見やる。

 黒髪の高身長イケメンがたたずんでいた。

 くしゃっとした髪型で、目元に髪がかかっている。ミステリアスで退廃的なオーラのせいで、だらしない髪型なのに、パーマをかけてるように見えなくもないし、無造作ヘアにあえてしている風にもみえる。なんとなく風呂とかあんまり入ってなさそうな雰囲気もありつつ、オーラのせいで天才ゆえ人間離れした生活をしているのだろう、という勝手なストーリーと納得感をこちらに抱かせてくる。イケメンってすごいですね。ご立派。


 目のしたにある涙ホクロは、人によってはセクシーだとか形容されるのだろうか。俺はそうは思わないが。ホクロはホクロだ。どこについててもホクロ以上の存在にはなりえない。


「神華ちゃん、花火なんか興味あったっけ」

「なかったら見てはいけないのかしら。あとその呼び方やめてくれる」

「あぁごめん……志波姫さん」


 見ないこともないこの男は、たぶん1年生だ。

 以前、Dレベル検定の時、たしかヴィルトと志波姫とこいつでテストに挑んでた気がする。


 アンニョイな眼差しが俺をとらえる。

 八神が俺を認識した。


「うーん、どこかで見たな、名前も知っているよ」


 八神は髪を後ろ手にかき、視線を星空へやり、思案する。


赤谷せきや君」

「難しく読むほうの人間だったか」

「ふたりでお祭り回ってるんだね」

「そういうわけではないわ。このナマズみたいな男子生徒は、放っておくと迷惑行為をくりかえして英雄高校に重大な責任問題をふっかけて退学、のちグレて崩壊論者になるから、いまのうちに対応しているのよ」

「それはごくわずかな可能性の話だよな? 確定事項みたいに話してない?

「なるほど、セキヤくんってけっこうワルなんだ」

「話進んじゃってるよ」


 八神はポケットに手をいれたまま、ちょっと猫背気味な姿勢のままそこをどく。


「はい、これで屋上いけるよ」


 別に塞いでいたわけではないが。もう話を切り上げようという意志か。


 俺と志波姫はスッと八神のよこをぬけて、建物の屋上へあがる。

 そこが花火の一番よくみえるスポットだ。それゆえにたくさんの人が屋上へのぼっていて、階段もエレベーターも満員御礼状態であった。


 人混みに揺られて上を目指すさなか、俺の脳裏には八神のことがあった。

 あいつ……けっこう、だいぶ志波姫と親しげだったが……。

 おみくじナマズの時の志波姫の行動と、八神の存在。

 点と点が繋がった気がした。

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