おみくじナマズ

 志波姫はさっきよりずいぶん静かになっていた。

 彼女の心が煮えているときは、下手に近づけば、暴力か言葉の刃が乱れ飛んでくる。

 ゆえに俺は経験上そっとしおくことで保身をはかることにしていた。


「見て、おみくじナマズと書かれているわ」

「どうしてこんな珍妙な屋台が……」


 彼女が次に口を開いたのは前衛的な屋台のまえだった。


「いらっしゃいませ。こちら『おみくじナマズ研究部』です。どうです、1回おみくじしていきませんか」

「また変なサークルが存在したもんだな……一応、おみくじナマズがなんなのか聞いてもいいですか?」


 英雄高校の生徒も出店しているのかぁ、という感想より、はるかにおみくじナマズのほうが気になっていた俺はすぐ正体を問うた。


「おみくじナマズは別名:占いナマズともいいます。いろいろなことを占うことができますよ。これからの運勢とか。勉学、部活、訓練、それに恋愛……いまおみくじナマズが最高にアツいんです」


 『おみくじナマズ研究部』の男はぎゅっと拳を握りしめた。


「そのわりには人来てないですけど」

「謳い文句にマジレスはしないでください。よろしくお願いします」

「あっ、はい……」

「それで、どんなことを占っていきますか? 英雄高校の生徒ですよね。安くしておきますよ」

「お客も来てないのに値引きしていいんですか」

「営利目的ではないので。我が部の部費は毎年のように削減されているので小遣い稼ぎしてるだけです。正直だいぶきついので、彼らにも、多少なりとも自分たちの食い扶持を自分たちで稼いでもらおうと思ってるだけです」

「そうなんですか、ナマズも労働する時代なんですね」


 俺は水槽をアホ面で泳ぐおみくじナマズたちを見つめる。

 なにも知らず、待ってれば水面に乾いたエビが落ちてくる一生。

 そこに疑問を持たず、こいつらはゆるりと生きる。

 でも、世の中の厳しさは。そんな彼らのちいさくて完璧な水槽のなかにまで波及している。そのさまはまるで無垢な子供時代から、ちょっとずつ厳しい社会へと駆り出されてく人間をみているようだ。


「赤谷君、共感しているのね、このナマズたちに」

「いや別に。全然、共感なんかはしてないが……こいつらの勤労に報いてもいいかもしれないって思っただけだ。こいつらだって辛い世の中を頑張って生きてるんだぜ」

「共感しているじゃない」

「まいどありです」


 スマホをコードリーダーにかざして先に支払う。

 

「おみくじナマズは撫でることもできますよ。どうぞ触感をお楽しみください」


 指を近づけると水面にあがってくるとのことで、試しに近づける。餌と間違えているのか。こいつら……まったく、やれやれ、アホなのに、なんで、こう、ちょっと可愛いんだろう。


「よしよし、良い子だな。おお、すべすべしてる」


 俺の指に釣られてきた1匹、その頭を指先でなでる。

 ふと、隣を見やる。水面に指を近づける志波姫のまわりには、水槽のナマズほぼすべてが群がって、我先にその白く細い指先に撫ででもらおうとしていた。志波姫は虚無顔で1匹ずつ撫でてあげている。


「素晴らしい、あなたには才能がありますね。おみくじナマズたちがこんなに喜んでいるのは初めてです。ナマズ界の完璧で究極なアイドルと言っても過言ではないでしょう」


 屋台の男は鷹揚にうなづきながら拍手をする。


「てっきり同族補正で赤谷君のほうが人気だと思ったけれど」

「馬鹿な……ナマズ人気でも圧倒される、だと……へん、まあいいさ。俺は俺のことを好いてくれる物好きを大事にするんだ。大衆人気なんざいらねえ。この子でおみくじします」


 俺は俺のもとにやってきてくれたおみくじナマズを指名する。


「おみくじナマズで一番不器用なりんごちゃん指名ありがとうございます」

「一番不器用……?」

「はい、りんごちゃんはほとんどの種目でおみくじできないんです。そのうえ、おみくじできる運勢もひとつの分野しかなくて。普通は複数分野に適性があるはずなんですけど。でも、まあ、それがおみくじナマズの面白いところで、個体によって占い精度がちがうなか、それぞれが一番輝ける分野はなにかを探すのがいいんですよね」


 早口語りで言われ、これ以上喋らせれば隙を与えてしまい、おみくじナマズとの馴れ初めとか自分語りしはじめそうだったので「とりあえずおみくじを」と先をうながした。


「あぁ、これは失礼。では、りんごちゃんの唯一のおみくじ分野、恋愛おみくじをやりましょうか」

「恋愛?」

「はい、りんごちゃんは超特化型ですが、恋愛おみくじに関してはほかの子の追従をゆるしません。圧倒的な精度をもっており、それは未来予知といっても過言じゃないです」

「りんごちゃん、お前、すごいな……」


 りんごちゃんは水槽の底に敷き詰められている石をひとつぶ拾いあげて水面に浮上すると、男はそれを受け取り、手のひらにのせる。

 それを手渡された。ちいさく丸められた紙のようだった。時間が巻き戻るように紙は乾燥していき、クシャクシャされた紙面が開いて、文字が読めるようになる。

 

「なんて書いてあります?」

「……恋愛運は上り調子。いまの想い人との恋は時に苦難をともない、時に危機を迎えます。ですが、あなたが真に誠実に努め続ければ、この難攻不落の恋愛を成就させることも不可能ではないでしょう──って書いてあります」

「ふむ、一番楽しい時期かもしれませんね。おめでとうございます、お客さん」


 男はパチパチと拍手をする。

 俺は心臓をバクバクさせながら、紙をひらひら振る。


「いやでも、俺、そもそも好きな人いないですし……」

「自分の心のなかの本当に好きな人を、自分自身が理解できていないということでは? 安心を。りんごちゃんはアフターケアもできます。おみくじナマズは占いナマズとも言ったとおり、口に筆を加えて、あなたの心の想い人を文字に起こすこともできます」


 おみくじナマズ使いはニヤリと笑みを深めてそう言った。

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