モフモフに飢えている? 志波姫は疑った

「獣の耳や尻尾に魅力を感じる性癖があると聞いたことがあるけれど、セクハラに走るほどそんなにモフモフを求めていたなんてね」

「いや、だから、あれは、その、手違いというか、なんだかな」


 現在、俺は志波姫の隣を歩いている。

 手足は自由であるがこれは実質拘束されているようなものだ。

 縛堂先輩は俺に「志波姫少女とすこし休憩をとってくるといい」などと言ったが、彼女はおおいなる勘違いをしている。


「もしかしたら、まわりから見たら俺たちって仲良く見えるのかもな」


 俺はボソッと呟いた。

 志波姫は足を止める。チラッとこちらを見てくる。


「なんだよ、悪かったって」

「別になにも言っていないのだけれど。すっかり謝罪癖がついてしまったのね」

「謝罪癖もつくだろ。お前の暴力的なコミュニケーションの被害にあえばさ」

「どの口が言っているのかしら。この触手ナマズ、エロナマズ、フィギュアナマズ、セクハラナマズ、性犯罪者ナマズ」

「わかった、俺が悪かった、たしかに志波姫には難のあることをした気がする」

「そこだけはブレてはいけないわよ。コミュニケーション能力が欠如しているのはあなたも相当なのだから」


 志波姫の隣を俺はトボトボ歩く。


「それでなんで謝ったのかしら」

「? さっきの話か?」

「ええ。それ以外にあるの」

「いや、まぁ……俺と仲良く思われるのなんてお前が一番嫌がることだろ」

「赤谷君は嫌なのかしら」

「え?」


 志波姫は口をつぐみ、目だけで問いをつづける。俺が答えに窮していると眉をひそめた。


「普段の三倍でマヌケな顔になっているわよ、赤谷君」

「やかましい。人の顔をじっと見やがって」


 なんだか目を合わせるのが気まずくて、だから、そっと顔を横にそらす。

 さっきの質問への返答はタイミングを逃してしまった。

 ふと、夜空を見上げる。静かだ。


「花火終わってるのか?」

「第一プログラムが終わったのでしょう。このあと19時20分から第二プログラムがはじまるわ」

「え? あぁそういえばそんな話だったか」

「あなた花火大会実行委員なのにそんなことも把握していないのね」

「そういうお前はやけに詳しいな。もしかして花火大会のこと心待ちにして予定を何度も見直してたんじゃないのか?」


 志波姫は足を止め、目元に影を落とす。はぅ、恐い顔だ……。水面を泳いでいたら、猛獣と目が合ってしまったナマズのごとく委縮するしかない。


「射的が、あるなぁ……」


 俺は逃げるように屋台を見つめる。

 

「本当ね」

「これならお前にも勝てそうだ」

「はぁ、底が透けて見えるわね。こんなもので勝ってイニシアティブを確保しようなんて」

「やらないのか、負けるのが恐いのか」


 志波姫はスマホをとりだし「ふたりで1回ずつ」と英雄ポイント決済をして、コルクを詰めて、銃を握る。

 俺は銃を構え、3発をそれぞれ違う的に命中させた。


「俺、けっこう上手いな。技量のおかげか?」


 想像以上の成果にちょっと嬉しくなっていると、ビュンッと音がした。

 志波姫の銃口から放たれたコルクは、パンパンパンパンと的と的を跳弾し、屋台にあるすべての景品を棚の向こう側に落としてみせた。


「ありえないだろ……! お前、スキル使ってんだろ!?」

「使っていないわ。そんな不正しないわよ」

「いいや絶対に使ってる! エネルギー量がおかしい! あの軽いコルク弾には、景品すべての重量を棚から落とすだけのパワーなんかないはずだ!」


 俺は確信をもって猛抗議をする。このインチキメスガキを断罪するのだ!

 志波姫は静かにコルク銃の銃身を押さえる。俺は訳がわからず首をかしげる。


「コルク弾は空気圧で撃ちだしているわ。射的用のコルク銃なんて安価なものだから、圧力チャンバーには隙間があるものよ。圧力の多くはこのパーツとパーツの隙間から逃げてしまう。だから、こうして隙間をおさえて、パーツの結合力を補強して、コルクを撃ちだす圧力を高めれば十分なエネルギーが得られるわ」

「お、お嬢ちゃん、まさか、いにしえの射的術を身に着けてるなんて、こりゃたまげたな」

「そんないにしえから射的があるわけねえだろうが。志波姫の味方をするんじゃねえ、じじい」

「こいつは景品だ。すべての的を落とした客にだけだすモンだが、過去10年、だれも手に入れることはなかった。くああ、まさか今夜がその日だったとはな!」

「なんかすごい物もらえそうだな」


 店主のじじいはそう言って、モフモフの黒い猫耳カチューシャを志波姫にわたす。


「おめでとう、お嬢ちゃんが射的チャンピオンだ!」


 気が付けばまわりはお客さんたちに囲まれており、拍手大喝采だった。


「すげえ、英高生って射的もうまいんだ!」

「ねえねえ、あの超絶可愛い子、猫耳つけるのかな!」

「これ以上可愛くなったら死人がでちゃうって……」

「そりゃあ10年に一度の伝説の景品だ。つけるんじゃないか?」


 志波姫は眉をひそめカチューシャを見つめ……何を思ったか装着した。

 周囲の拍手がよりおおきくなる。美少女と猫耳。神の設計。約束された相性。目が離せなかった。俺は口元を覆い隠し、表情を険しくさせる。そうしないと感心して緩んだ表情を浮かべてしまいそうだった。

 俺は声が上擦らないように慎重に問うことにした。


「……なにをしてるんだ、志波姫」

「…………この感じでつけないわけにはいかないでしょう」

「いや、そうだけど……」


 お前そういうの空気感をぶった切ってでもやらなそうなのに。


「……どうかしら、赤谷君」

「ふェ?」

「その、これはけっこう、モフモフしてると思うのだけれど……」


 これは感想を求められているのだろうか。なんて答えればいいのか。俺は素直な感想をのべると早口になりそうだった。この瞬間だけは果てしない魅力を感じたがゆえに、そう、感じてしまったがゆえに、ひどく気持ち悪い言葉を並べてしまいそうと思ったので、ここは俺があまり動揺させられていないと装いつつ、適度に彼女をほめることにした。


「すぅ……あぁ…………うん、なんだろ、うーん…………いいと思う、けど」

「そう? ええ。それはそうなのだけれど……これはけっこう素材が柔らかいわ」


 彼女の表情はみるみるうちに染まっていき、目を細めて、眉根をぴくぴくと痙攣させはじめる。

 これは待っているのか? 俺が猫耳の素材の柔らかさを確認するのを? 


 そうとしか思えない。

 俺は変な汗をかき、緊張しながら、息をのみ、ふわふわ猫耳をさする。


「…………たしかにモフモフしてるな」

「そう、そうなのよ、つまりそういうことよ」


 なにが? そう聞きかえそうとも思ったが、緊張で喉がかわいて、あとはなんだろう、要因はわからないが、とにかく言葉が出てこなかった。

 志波姫はすっかり頬を染め、そっと猫耳を外すとポーチに大事にしまいこんだ。







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