モフモフのチャンス!

「くそ、一年のくせに、なんてやろうだ……」

「そういえば、あいつって代表者競技優勝したやつじゃ」

「どこかで見た死んだ目だと思ったら、そうか、あいつが噂のアイアンボールか!」

「どうりで強いわけだ」

「赤谷誠……風格あるな」

「ふえええ! 一年生なのに強すぎるよぉ~! なにそれズルいってえ!」」


 花火草の会のメンバーと九狐きゅうこん先輩は泣きながら後ろ手に縛られていく。


「どれどれ、それじゃあ九狐さん、その尻尾がどれだけモフモフなのかじっくり確かめさせてもらうよ。ぼくは前からこれを無茶苦茶にしたいと思っていたんだよ」

「はわわ!? や、やめ、そ、そんな揉まないでえ~!」

「ふーん、ここが弱いのかあ。そうかそうか、でも九狐さんは悪い子だからね、ぼくは君が悪さをしないようにこうして犯行意欲を削がないといけないんだ」

「きゅえええ~! モフモフされる、ちょ、そ、そんなモフモフしないで、縛堂さん、許してええ!」

「許して? 人の大事な腕をちぎっておいて、許してっていうのは虫が良すぎるんじゃない? 許してもらうためには体で罪を清算するしかないんじゃないかな?」


 縛堂先輩に正義を盾にむちゃくちゃセクハラされまくる九狐先輩から目が離せません。地面に埋まったほかの無法生徒たちも固唾をのんで、わからせおじさんと化した縛堂先輩をひそかに応援しているように見える。


「流石だな、赤谷誠」

「みんな足元引っかかってくれたんでよかったです。コーディ先輩、その手、大丈夫ですか」

「問題ない。もう治ってる」


 コーディ先輩は横に視線をやる。花火草の会メンバーは柔らかくなった地面で、首だけ地上にだして埋まり、動けなくなっている。


「花火草の会はこれで無力化できたと思う。やはり君がでれば、有象無象では相手にすらならないか」

「それほど余裕なわけでもないですけど。俺なりにいろいろスキル使って必死にやってるので」

「赤谷少年、こっちにおいで」

「ん、つぼみちゃんが呼んでいるな」


 縛堂先輩は膝をおり、涙目で「ふええ」としている九狐先輩のそばで尻尾を揉みしだいている。


「尻尾をモフモフすることを許可してあげよう、赤谷少年」

「なんでえ!? なんで私のモフる許可を縛堂さんがだしちゃうの!?」

「九狐の尻尾は全人類がモフモフしたいと共通認識を抱いている宝だからね。この機会にモフらせてもらうといいよ」


 九狐先輩は尻尾をパタパタさせて、捕まらないようにしはじめた。

 ふわっふわっの白い毛束が魂に刻まれたモフモフ欲を刺激してくる。

 飛びついて顔をうずめ、存分にモフりたい。

 スカートの下に履いているスパッツが尻尾をパタパタ動かすせいで、視界に入ってきて、それもまたすごく叡智である。


「いいの? この尻尾をモフモフできる機会は貴重だよ?」


 俺は生唾をごくりと飲みこむ。

 

「なんなら九狐のフィギュア化も視野に入ると思うんだ」


 たしかにこのモフモフのお耳と尻尾……フィギュアにしがいがありそうだ。

 俺は気が付いたら膝を折って、白い箒みたいな尻尾へ手を伸ばしていた。


「はっ! 俺はなにを……」


 危うく正気を失うところだった。


「縛堂先輩、誘導しないでくださいよ、危ない危ない」

「赤谷君、なにをしているのかしら」

「いやなに、尻尾にちょっとモフモフしようと思って、いま思いとどま……ん? 赤谷君?」


 縛堂先輩は俺を「赤谷少年」と呼ぶ。赤谷君。赤谷君。あれ?

 俺は背筋に冷たいものを感じながら、聞き覚えのある声のほうへ視線を向けた。

 蒼い雅な浴衣をきた志波姫が目元に深い影を落としてこちらを見ていた。

 

「そう、女子生徒の尻尾をモフモフしようとしていたのね」

「いや、これは違っ! 九狐先輩が誘惑してきて!」

「きゅえええ私!?」

「違った、縛堂先輩が誘導してきて!」

「えー、ぼくかい?」

「そうです、ぼくです! 痛たたたたっ!?」


 志波姫は俺の手をとり、くいっとひねり上げると、手際よく連行しはじめた。


「志波姫神華……か。ふむ、君はすでに働いた。この場は僕たちだけで十分だ。祭りを楽しんでくるといい、赤谷誠」

「いやいや、コーディ先輩、助けてください、よ……!」

「ふふーん。そうだね、赤谷少年、君はひと働きした。志波姫少女とすこし休憩をとってくるといい」


 期せずして休憩を言い渡され、喧騒のすこし近く、屋台の明かりが届く位置まで出てきた。

 志波姫は古武術的ななにかを解除し、俺は自由の身になる。


「はぁはぁ、なんだいまの技……!?」

「祭りの熱気に浮かされたのかしら、まさか女子生徒を縛ってセクハラしようとするなんて。油断も隙も無いエロナマズね」

「あれは違うんだ……本当によくない場面だけを目撃したというか、俺は無実だ!」

「赤谷君、あなたは目を離すとすぐに非行に走るようね。まるで落ち着きのない2歳児をみているようだわ」


 志波姫はおでこを押さえ、力なく首を横に振る。


「花火大会には英雄高校の外からたくさんの人が来ているのよ。わたしはあなたが重大なやらかしをするんじゃないかと心配だわ。世間にこれ以上迷惑をかけないように、わたしが監視をする必要がありそうね」


 志波姫はてくてく歩きだすと、こちらへ振りかえる。


「離れたらナマズの生け造りにするわよ」

「わかったよ、離れなければいいんだろ」


 恐すぎるので、俺はとぼとぼと志波姫のあとを追従することになった。

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