アイザイア・ヴィルトは追及したい
ヴィルトが固まった。無感情の顔はそのままに固まった。
「志波姫の水着を見たんだ、赤谷」
「成り行きでな」
「どういう成り行き」
ヴィルトは一歩詰めて聞いてくる。
俺は気圧されるままに一歩下がり、自販機に背中をぶつける。
「森の里キャンプ場でボランティアしにいって……」
「ボランティアしにいっただけじゃ水着は見れない」
「川に遊びにいったんだ、空き時間に。それでなんか、女子たちは水着もってきてたらしくて、もともと遊ぶ予定だったとかなんとか」
「それで赤谷は興味津々に川にいって岩陰からのぞきみた」
「いや、なんで覗き前提なんだよ」
「ちがうの?」
ヴィルトはまた一歩迫ってくる。
言い知れぬ圧を感じ、俺はつま先立ちになっていた。
あとすこし前に出てきたらスイスの自然が育んだ豊かなる双丘にぶつかってしまう。
銀の聖女を守る会の皆さんからの報復が臨界点に達しているいま、昨日の三角締めご褒美に加えて、逆胸骨圧迫までされては、いよいよ明日の命を諦めなくてはいけなくなる。
「赤谷、逃げてる。なにか後ろめたいことがある」
「ちげえ、むしろ前が問題というか」
「どういう意味」
それを素直に答えればセクハラだ。
「と、とにかく、俺は別に志波姫の水着をのぞきみたとかじゃない!」
「……」
「本当だって! なんだその目は、疑いか!」
「ふたりだけで川にいってプライベートな時間を過ごした、という線もある」
「ねえだろ!? なにそれどういうシチュエーション、俺が川で首を断たれて死体遺棄されるシーン?」
俺と志波姫がふたりきりで川に行く状況といえばそれくらいしか思い浮かばない。少なくともどっちかは死ぬし、99%の確率で死体になっているのは俺のほうだろう。
「あ、弟子!」
ちょうどいいところに福島があらわれた。隣には鳳凰院もいる。まさに救世主! 渡りに船!
「くっくっく、これから我らは『
「ちょうどいいところに来た! なあ、俺たちみんなで川にいったよな!?」
このふたりは証人だ。一緒に川で石積み王をした仲間だ。
「……森の里キャンプ場の話のことかな?」
「そうそう、それだよ、ほらなヴィルト、俺たちはみんなで川遊びにいったんだ。別にそこにいかがわしいことなんてなかったんだ」
「くっくっく、我が弟子はいかがわしさで言えば右に出るものはいない天才、内に秘めた闇の力はいつ暴走するかわからない。聖女様も気を付けたほうがいいよ、リン・ブラックからの忠告だよ」
「今日の福島は面倒くさい感じの日なんだな……」
「リン・ブラックからの忠告。どういう意味?」
「聞き返さなくていいってヴィルト……」
こういう時の福島にまともにとりあっちゃだめなんだ。
「我が弟子、赤谷誠は強いちからを内に秘めているの! 荒ぶる魂を制御できないから、あの日、あの場所で、あられもない水着姿の氷の令嬢に組み付いたのだろうね──」
「ああぁ、いいって、もう何も言わないでください、師匠!」
ええい、昨日から途中ででてくるやつは余計なことしか言わねえな!
「アイアンボール、そいつはまさしく獣だ。銀の聖女、貴様も噛みつかれないように気を付けるんだな」
鳳凰院は不敵に笑み、ポケットに両の手をいれ、意味深なセリフを残して去っていく。福島もそれに追従して去ったあとには緊張感に包まれた空気が残されていた。
「そういえばフィギュアのなかに水着の志波姫がいた。よく観察して作ったんだ。舐めまわすように見たんだね。まじかでじっくりと眺めたんだね」
「俺がそんなド変態に」
「見える」
そうだった、今の俺は同級生女子のフィギュアを密造販売しているのがバレた男、というステータス状況なんだった。
「志波姫にすごく興味があるんだ、興味津々なんだ、赤谷は」
「いや、マジでないんだって。そんなわけがない」
興味津々って答えたら高嶺の花に憧れる淡水魚ができあがるだけだ。
他人に恋心を抱くということはそんな軽いことではない。
「俺と志波姫の仲の悪さは知ってるだろう。俺たちは互いを呪いあってる。川でのことはただの事故だ。そもあんなちみっこが水着を着たところでなにがどうなるって言うんだよ」
「? わからない、どういう意味?」
「え、いや、別に……」
流れで口走ったが、それを説明したら、やはりセクハラっぽくなる。
ヴィルトは腕を組んで考え「ん」と、なにかを思いついたように一歩二歩とさがった。
追い詰められていた俺はようやく息苦しさから解放される。
ふと、彼女は何を思ったのか、パタパタと胸元をパタパタしはじめた。彼女の輪郭をしっかりと映しだすタイトなトレーニングウェアは、伸縮性があり、深い渓谷をチラチラとのぞかせた。半ば下着のようなそれは通気性にすぐれており、そんな仕草をする必要ないはずだ。
だが、理由などどうでもいいだろう。突如として発生した引力に視線が吸い込まれる。こ、これは宇宙の法則! 質量がおおきいほど重力は強大になるという。俺は意志のちからでその引力の及ぶ範囲から逃げようとしたが、とても抗うことができず、目にはいったごみをぬぐう動作をしながら、薄目をあけて、バレないように針の穴を通すような視界を確保した。それで理性と本能の折衷案としよう。万乳引力とおパンツひも理論には逆らえないと『引力とひもの法則(著者:不明)』で読んだ。
「ぱたぱたぱたぱた」
ヴィルトがそう言っていることに気づいて、これが彼女の仕掛けた狡猾なる罠だと悟る。ヴィルトの蒼い双眸は俺のことをじーっと見ていた。無表情のまま両手で胸元を隠すように身体をかたむけた。
「なにも見てない!」俺は叫んだ。
「なにも聞いてない。えっち」ヴィルトはつぶやいた。
くっ、またヴィルトにからかわれてしまった。本当にいけないと思う。
「大きなほうが好きって意味だったんだ。赤谷はえっちな男の子(小声)」
ぼそぼそ言いながら、ヴィルトはトレーニングルームに戻っていった。
あれ、俺、志波姫のことで追及されてなかったっけ、許されたのか?
「相変わらずわからないやつだな、ヴィルト……げっ」
100mくらい先の廊下の曲がり角からマッチョたちの充血した眼差しが俺をとらえていることに気づく。
俺は素早く自販機にジュースを補充し、第一訓練棟をあとにした。赤谷誠絶対破壊障壁に包囲されるまえにどうにか脱出することができた。
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