少女たちの疑念
俺がヴィルトのことを好きだって?
しばしの沈黙のあと、俺は答える。
「好きではないんだろうな」
「なにかしら、その他人事な返答は」
「俺なりの定義があるんだ、論理的で合理的な、な。俺は理性的な人間だからさ」
「理性? 同級生の女子のフィギュアをつくって、密売をして金儲けしようとしていたあなたが?」
「お金を稼ぐという目的を軸にすれば、衝動的な強盗やスリより、比較的理性的な商売ではあるだろう」
「いまからオズモンド先生のところに行っても構わないのだけれど」
「冗談だって! 俺は理性のかけらもないケダモノだ! 衝動的で、刹那的な発想をすぐに試してしまう劣等種だ……!」
「よくわかっているじゃない。すごく気分がいいわね」
本当に嫌なやつ! 嫌なやつ! 嫌なやつ!
「で、良さそうだと思ったアイディアをすぐに試してしまう考えなしの赤谷君」
「はい、考えなし赤谷です……」
「ヴィルトフィギュアのほうが、わたしのものよりずっと量があったのは、製造時期がちがうからと言ったけれど」
「あとは人気だな。現在までの顧客でヴィルトフィギュアは2名から購入希望が、志波姫フィギュアは1名の物好きだけが所望してきた。まあ、どちらがフィギュアとして優れているかなんて一目瞭然なわけだしな」
主にスタイルとか曲線とかの点においてな。人間は曲線には叡智を感じるが、直線には叡智を感じないようにできているんだ。
「セクハラナマズ」
志波姫は目元に影を落とし、襟元を手繰り寄せた。
「具体的には言及していないだろうが! 被害妄想はなはだしいな!」
「どうやらまだその口は回るようね。あなたから押収したフィギュアの証拠を抱えて、涙を浮かべ『赤谷誠にえろいことされました』と叫びながら職員室にかけこんでもいいのよ」
「すみませんでした、いかにも世に言うセクハラナマズとは俺のことです……」
「よろしい。ようやくこのナマズ、静かになったわね」
ぽんぽんっと頭を撫でられる。ジュース補充のためにしゃがんでいるので、珍しく俺の視線のほうが低い位置にあるせいだ。
「別にフィギュアを欲しがるようなマニアックからの好感度なんて気にしていないわ。それどころか、他者からの好意なんてありがたいと思わない」
志波姫は冷たい声でのべる。
まあ、そりゃそうか。彼女は好意に苦しめられてきた人間だ。
フィギュアの売れ行きに感情を揺さぶられるような器じゃない。
「あなたがヴィルトに好意をもっているのかまだ聞けていないわ」
「なんでそんなこと気になるんだよ。色恋沙汰に興味があるとでも? お前ってそういうの誰よりもどうでもいいって思ってると思ったが」
「どうでもいいわ。でも、あなたが夢を見ているのなら諦めるように進言くらいしてあげようと思って」
「それはそれは。優しいことだな」
「ヴィルトは美人でしょう。きっと赤谷君みたいなナマズ系男子に好意を寄せられることをうっとおしいと思ってるわ。あとは自分をモデルにしたいかがわしいフィギュアを売ろうとした時点で、万が一の可能性も絶たれていると思ったほうがいいわね」
「安心しろ、そんな風なことを考えたことはない」
嘘かもしれない。考えたことはあるかもしれない。
でも、俺は理性的な人間なので、そこに真実を求めてしまう。
スタイルが良いだとか、顔がいいだとか、優しくしてもらったとか──それらに対して好意をもつことはまったくの真実ではないのだ。
だから、俺はいつだって問うている。
その点は志波姫もおそらく近しい性質をもっているだろうと信じている。
「そこに真実はないからな」
「そう」
志波姫は肘をだき、目を細める。
きっと俺の言いたいことを理解してくれただろう。彼女なら。
「なら、命まではとらないでおいてあげるわ」
物騒な発言とは裏腹に、志波姫はどこか気分をよさそうにして言った。
「命を取る予定だったのか」
「ヴィルトにいかがわしい感情を抱いて、フィギュアを量産していたとしたら、そんなのもはや事件発生まで秒読みじゃない。だから、あなたが追い詰められて、無敵になったら、きっと最後の最後で、寂しい人生に大きな花火を打ち上げるために、赤谷君のもてるすべてのスキルを駆使して、ヴィルトに変態的な情動をぶつけるのだろう、と思っていたのよ」
「俺が暴走するリスクに備えるのやめてくれない? 無敵化する確率べつにそんな高くないからな?」
万が一という注釈がついていることを忘れずに訴えていきたい。
志波姫に解放され、アルバイトに戻ったあと、トレーニングルームまえの自販機でジュースの補充をしていると、背後から恐ろしい視線たちを感じた。
震えながらふりかえると筋骨隆々の男性生徒たちが、拳をならしてスクラム組んで、赤谷誠絶対破壊障壁を築いていた。
昨日、ヴィルトに三角締めをくらった。彼女の健康的な太ももに攻撃され、意識を刈られている時、2階も窓から羨ましそうな顔で見降ろしてくるマッチョたちの姿があった。
「貴様、聖女様に三角締めをしてもらえるなんて、なんというご褒美を……!」
「赤谷誠、日ごろからしゃくに触るやつだと思ったが……」
「今日という今日は許さんぞ!」
死。確実にここで息の根をとめる。
そういう意志。すごく恐怖を感じた。
「ちょっとそこどいて」
抑揚のない清らかな声。
俺に掴みかかろうとしていたマッチョたちは、反社的に退いて、去っていく。
あとに残されたのはトレーニングルームから出てきたヴィルトだ。汗をじっとりかいていて、輝かしい銀髪を束ねている。
「よ、よお……昨日ぶりだな……」
「なんで志波姫のフィギュアをもってたの」
「あれも需要が生まれてな……」
「ふーん。本当にそれだけなのかな」
ヴィルトは訝しむように半眼になり、頬をすこし膨らませた。
「本当だって。波賀が欲しいって言ってきて、それで仕方なく作っただけなんだ!」
「そのわりには制服バージョン、袴バージョン、水着バージョンまであったみたい」
「あぁ、えっと、それは……」
「私でも水着バージョンはなかった」
「でも、俺、ヴィルトの水着とか見たことないし……」
「志波姫のは見たことあるの?」
「まあ、あるっちゃある」
「っ」
ヴィルトは目を丸くしてきょとんっとした顔をした。
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