製造販売禁止命令
ヴィルトの太ももに締めあげられ、健康的な脚力に意識を落とされたのだろう。
目覚めた時には俺は見覚えのない芝生のうえに横たえられていた。
すぐ近くに黒い建物が見える。英雄高校敷地内にあるタイプの怪しげな建物だ。
だからここはまだ英雄高校の敷地内なのだろう。
そう思っていいはずだ。周囲を見やる。だれもいない。
そういえば身体が動かないな。あぁそうか、俺、簀巻きにされてんのか。
「赤谷君、目が覚めたようね」
「ひえ」
志波姫が肘をだいて、かかとをそろえ斜に構えて見下ろしていた。角度的にワンチャンスカートの中が見えるかどうか、その可能性を模索しようと角度調整を自然としてしまっているのは、俺の罪ではない。人類進化数万年の帰結だ。
凍えるまなざしで見降ろす氷の令嬢のよこ、銀の聖女は無感情な顔でじーっとみてきてた。
すぐ横にはなぜか俺の部屋にあったはずの大量のヴィルトフィギュアたちが並べられていた。
美しく女性的な体型をあらわすヴィルトたちのなかで、3人ほど志波姫がちまーんとしている。構図的にやや悪意があるように見えるが、そういえばあれを作ったのは俺だったと思い、己の罪深さを知る。
「わかった。ひとつずつ、説明させてほしい」
俺は黙するふたりの前で事の経緯を話した。
どうして製造することになったのか、どうして販売に走ったのか。
「────ということです」
「とりあえず今回の件は精神的な被害を受けたということでオズモンド先生に報告をしていいのかしら」
「いいと思う。私たちがモデルのフィギュアを勝手に売られましたって」
「待ってくださいお願いしますっ! それだけは、本当に俺変態扱いに、いや、退学まで視野にはいっちゃうって!」
「知らないわよ。すべては自業自得でしょう、性犯罪者」
「身から出た錆だよ。赤谷は頭悪いからこの言葉も知らないかもしれない」
ふたりの言葉が辛辣に俺を削った。
俺は必死の弁解をし、お金がどうしても必要だったのだとふたりを説得した。
「なにを間違えたんだ、どこで間違えたというんだ……」
「だいたい全部間違えていたように思うけれど」
志波姫は呆れた風におでこをおさえた。
この女にバレてしまったことが運の尽きか。
「どうか、このことは、あんまりみんなに言わないでくれると助かるんだが」
「この期に及んでまだ助かろうとしているのね。浅ましさであなたの右にでる者はいないわね」
「製造も販売も禁止するということでいいね」
「嘘だろ、まさかフィギュアを奪取しただけじゃ飽き足らないというのか!」
「あなた自分の立場がわかっているの?」
結局、製造も販売も禁止され、巨匠・赤谷誠は生まれ落ちた日に引退をつげることになった。職人として、作品を賛辞され、ちやほやされる俺の夢は終わった。
「赤谷君には贖罪のチャンスをあげるわ」
そういってその日は矛を納めてくれた。
後日、志波姫もヴィルトも、俺のことを先生に通報することはなかった。
俺は特にこれといったペナルティを受けることはなかった。贖罪のチャンスというのが何を示しているのか、具体的にはわからないが、きっと志波姫もヴィルトもなにかを俺に要求するつもりなのだろう。
フィギュアを奪われた。
心にぽっかりと穴が空いたような気がした。
大事なものを失ったような気分だった。
「今日も辛気臭い顔をしているのね」
製造販売禁止命令がでた翌日、アルバイトで第一訓練棟の自販機のジュースを補充していると、無慈悲なる悪魔が俺に話しかけてきた。
「なんだよ」
「その顔はなにかしら。こっちには押収したフィギュアがあるのよ。証拠も証言もそろってる。あなたをいつだって池沼に放流する準備があることを忘れないほうがいいわ」
「ぐぬぬ、おのれ、俺の弱みを完全に握った気になってるな」
「気分がいいものね。赤谷君のような目を離したらなにをしでかすかわからない暴走ナマズを抑制できるというものは」
志波姫は俺をからかいたかったらしい。
肘をだき、腕をくみ、肩にかかった艶やかな黒髪を手ではらう。
高飛車な彼女のよくやるしぐさだ。でも、なにか聞きたそうな顔をしている。この顔はあまりしない顔だ。
「なんだよ」
「いえ、別にたいしたことではないのだけれど」
志波姫はそう前置きする。
「あなたの変態的なフィギュアづくりだけれど」
「なんだよ、やっぱり、通報して俺を退学させるつもりになったのか! あぁ! もういいさ! 失うものがないやつの恐ろしさを見せてやる!」
「自暴自棄にならないで。無敵になるにはまだはやいわ」
俺はまだ冷えていない怪物エナジーを両手に握りふりあげ、寸前のところで思いとどまった。
「なんでヴィルトフィギュアを作ろうと思ったのかしら」
「え? だから言っただろ。銀の聖女を守る会に売れると思ったからさ」
ポイントミッションからの課題だとは言えまい。
あれについて言及することは、スキルツリーについて言及することに等しい。
「それだけ? 本当にお金のためにだけ?」
「そう言ってる。ほかにどんな理由があるんだよ。想像もできないな」
「たやすく想像できる理由がひとつ、あなたがヴィルトのこと好きなんじゃないかと思って」
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