余罪いくらでも見つかる

 志波姫の軽蔑のまなざしはこれまで散々受けてきた。

 だが、これほどまでに凍える目つきはなかったかもしれない。

 本当に悪いことが露呈したときの焦りを感じる。


「変態だとは常々思っていたけれど、まさかここまでだったとは思わなかったわ。最低ね、最悪ね、気色が悪い、軽蔑する、鳥肌が止まらない」

「違うんだって、これには深い訳が……!」

「不快な訳はあるでしょう。当然よね、こんな歪んだ愛の表現をもっているんだもの。理解できないことと狂気を感じるところは、このフィギュアを販売しているところかしら」


 絶対零度の侮蔑の視線が見下ろしてくる。

 崇高先輩と波賀は息を呑んで沈黙を貫いてる。助け舟は期待できない。


「……夏休み前の戦いで第一訓練棟をけっこうめちゃめちゃにしただろ、俺たち」

「俺たちじゃなくてあなたよ、赤谷君。わたしを巻き込もうとするのはやめなさい」

「待て待て、ちょっとはお前も壊してたよな!?」

「ちょっとよ。わたしのほうの修繕費はとっくに払ったわ」


 そうだったのか。


「あなたのほうの修繕費はさぞ高額なのでしょうね」

「すごい額だったぜ。おかげで毎日アルバイトして、副業まで手を出すハメに、だからこうして不本意ながらもフィギュアを売らないとやっていけないんだ!」

「自業自得すぎてとくに同情する余地がなかったのだけれど」


 志波姫は呆れたように首を横にふり、おでこに手を添えた。

 

「このひとたちは赤谷君のお客さんというわけね」


 志波姫に鋭い視線を送られて、崇高先輩も波賀も気まずそうにした。


 その後、俺は志波姫に連行された。

 なぜか崇高先輩と波賀は解放されていた。


「なんで俺だけなんだよ……!」

「あなたが大元なんでしょ。なら、裁かれるべきはあなたよ、変態エロナマズ君」

「くぅ、言い訳できない……!」


 どこかへ連れていかれながら俺は志波姫に尋問をされていた。俺は罪がバレているので、余計な抵抗をして彼女の神経を逆撫でしないように従順に答える。


「それでどうしてヴィルトフィギュアを売るなんて仕事にいきついたのかしら」

「最初は売るつもりなかったんだよ……個人的につくってたんだけど、次第に売れる価値があると気づいて」

「個人的につくってた? もはや売買関係ないほうが問題な気がするのだけれど」

「あっ、しまった……」

「はぁ、余罪まで出てくるようね」

 

 呆れる志波姫は第一訓練棟のトレーニングルームにやってきた。

 前まではトレーニングルームもそれなりに寂しかったが今ではまだ人口密度が増し、そこには二学期に備えて帰ってきているマッチョたちの姿があった。


「ヴィルト、想像を絶する変態を捕まえたのだけれど」


 トレーニングルームの奥、銀色になびく髪をなびかせてランニングマシンで走る美少女の姿があった。アイザイア・ヴィルトである。透き通った蒼い瞳がこちらを見やる。


 マッチョたちの視線が俺に突き刺さる。


 ヴィルトはまったく熱も起伏も感じさせない無感情の表情で、じーっとこちらを見つめてきながら、タオルで汗をぬぐう。トレーニングウェアの布面積が少ないので、周囲のマッチョたちからの威嚇もあって目のやり場に困る。


「志波姫に、赤谷だ」

「よ、よお……帰ってきてたのか、ヴィルト……」

「うん。昨日から英雄高校にもどったんだ」


 久しぶりに聞く彼女の声。いまはそれが恐ろしすぎて震える。


「赤谷誠だ……」

「聖女様だけでなく、あの氷の令嬢ともいっしょにいるぞ……」

「そういえば体育祭で一緒に走ってたな……」

「仲が良いとは聞いてたが……」

「なんであいつばっかり美少女とお近づきになれるんだよ……ナマズなのに……」


 十分にヘイトを向けられ、今後の世間からの風当たりが強くなる予感を得て、涙を呑んでいると、志波姫はヴィルトを連れだし、トレーニングルーム前でフィギュアを彼女に見せた。


 ヴィルトはフィギュアを受け取り、じーっと正面から見つめ次におパンツチャンス角度を見つめる。その平熱の眼差しがなにを考えているのかわからないが、親にエロ本が見つかったときのような、耐えがたい羞恥心と気まずさを感じた。


「パンツ見えてる」

「はうん……」

「なんであなたが恥ずかしがってるのよ、赤谷君」


 志波姫はおでこを押さえて息をつく。


「ヴィルト、この男はあなたのフィギュアを作って鑑賞を楽しんでいるそうよ、これがその証拠。流石にあなたに伝えたほうがいいと思って声をかけたわ」

「そうだね、でも、こんなにパンツが見えるフィギュアはいかがなものかと思う」


 ヴィルトはムッと頬を膨らませこちらをにらんでくる。

 志波姫は頭のうえに「?」を浮かべ、俺とヴィルトを交互に見やる。


「怒らないの?」

「うん。赤谷が私のフィギュアを作ってるのは知ってたよ。スキルの練習のために作ってるんだって。だから許してあげてるんだ。赤谷は私のフィギュアを作りたくて仕方がないみたいだから」


 ヴィルトは饒舌にそう語り、志波姫をジーっと見つめる。

 志波姫はそれを見つめかえす。なんだろう。緊張感が漂いはじめたのだが。


「赤谷は私のフィギュアを作りたくて仕方がないみたいだから」

「……。でも、この男はあなたのフィギュアを売ってお金稼ぎしようとしてたわよ」

「む。それは聞いてない」


 ヴィルトは目元に影を落とし、むうっとした表情を向けてきた。表情筋の使用率の低い顔であるが、この時ばかりは怒っていることがよく伝わってきた。

 

 志波姫は肘を抱き、肩にかかった黒髪をはらい、どこか愉快そうな笑みを浮かべた。


「どうやら赤谷君はあなたのことを売れる美少女フィギュアのモデルとしか認識していなかったようね」

「赤谷、ひどい、私のことを資金源だと思って」

「いや、違うんだ、本当に、ひとつずつ説明を……!」

「あ、あ、赤谷誠、た、助けにきたよ……っ!」


 波賀が駆けこんできた。

 闇取引で渡したヴィルトフィギュアと志波姫フィギュアを抱えて。


「志波姫さま、ヴィルトさま! ブツは返しますから、どうかお怒りをお鎮めください、愚かなその変態野郎の命だけは許してあげてください……! あ、ぐへっ」


 こけた。盛大にこけた。2つのフィギュアが志波姫たちの足元に転がる。


「それはわたしがモデルのフィギュア……?」


 志波姫は戦慄した表情でフィギュアを拾いあげる。


「あぁああ! この、馬鹿、あほ、波賀! お前はさっきから余計なことばかり……!」

「ひええ……なんで怒るの、赤谷誠のことたすけにきたのに……」

「むう、赤谷、私だけじゃなくて、志波姫のフィギュアまで作ってたなんて。これも聞いてない、立派な浮気だ」

「赤谷君、どうやらわたしのフィギュアも商品にしていたようね。遺言はもう考えたかしら」

「ぁぁあああ! ちがうんだ、頼む、ちがうんだ、ぜんぶ勘違いなんだぁああああ……っ! なんでこんなことに、だれにもバレずにすべては上手くいくはずだったのに、どうして、どうしてだぁあああ!」


 廊下のすみっきこに追い込まれ、俺は近くの窓を開いて、たまらず逃走をはかる。許してもらえる未来が見えなかった。なんならこの場で処刑フェーズがはじまったもなんらおかしくない。


 窓枠を飛び越え、よし、外に出た、このまま浮遊で空に逃げてやるぜ!


 そう思ったのも束の間、宙空でヴィルトに背後から飛びかかられ、健康的な太ももに首を挟まれ関節を極められる。柔らかい狭間に顔面を埋め呼吸困難と視界不良におちいった。さらに志波姫にも飛びつかれ、足をとらえこちらも関節を極められる。容赦なく関節破壊しようとする痛みと、二人分の重みをうけて地面に落下してしまう。


「ぐへえ……っ」

「観念しなさい、赤谷君」

「赤谷、悪いこといっぱいしてるね。なにが勘違いなのか話を聞かせてもらうよ」


 温かな柔らかさの狭間で俺は意識を失っていった。



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