悪事はバレる

 志波姫神華。凍えるまなざしと厳しい言葉遣い、剣術鍛錬のすえ言葉の切れ味が鋭くなりすぎて氷の令嬢とも呼ばれる女子学生だ。

 俺は多少、彼女の身の上話を聞いたことがあるし、幸か不幸か腐れ縁があり、よくひどい言葉を浴びせられては、心身ともに傷つけられている。


 彼女は誰にでも冷たい人間だ。

 でも俺には人一倍冷たい人間だ。


 そんな彼女だ。

 俺を咎めるネタを手に入れれば、こすりにこすりまくるに違いない。

 きっと卒業まで変態フィギュアナマズと呼ばれ続け、ことあるごとにいじられる。


 それどころか、ヴィルトフィギュアから関連して志波姫フィギュアのことまで芋ずる式に機密情報が漏洩する危険性すらある。


 それほどにこの現場を抑えられるのはまずい。

 ということを、俺は志波姫を視界にいれた2秒の間に判断しサッと身体をスライドさせ、崇高先輩が抱えているヴィルトフィギュアを隠した。


「こんなところで何をしていると言うんだよ、志波姫」

「それはこっちのセリフだけれど」

「別になんだっていいだろう。なんでこんなところをうろついてるのか聞かせてくれないか。怪しいぜ」

「あなたが発するすべてのセリフが、やはりわたしの言うべき言葉のように思うわ」


 志波姫は澄ました顔で腕を組み、首をかたむけた。


「赤谷君、なんだか怪しげな雰囲気ね」

「なんのことだかさっぱりわからないが」


 俺は崇高先輩に目くばせする。

 空気感を感じ取ってくれた。

 先輩はこっそりとヴィルトフィギュアもとい聖女像をカバンにいれ、この場を立ち去ろうとする。いい判断。大変にたすかる。


「それより、お前もう学校に来てたのか。実家にいるものと思っていたが」

「そろそろ学校もはじまるわ。不思議なことではないでしょう」

「まあそれもそうか」


 俺は鋭い観察力で志波姫をうかがう。

 彼女の姿は体操着、うっすらと汗をかいている。

 このことから先ほどまで運動をしていたものと考えられる。


 ここは第二訓練棟の裏手。あまり人通りのない場所で、植え込みの影はこそこそと物事をなすのに最適な場所だ。

 ただし、ひとつだけネックもあり、すぐ近くにランニングコースがあることだ。


 このランニングコース、俺は使わないが、生徒の走るコースとしてはそこそこ一般的なものらしい。

 英雄高校の敷地内には整備されたランニングコースが張り巡らされている。


 志波姫は俺と同じで外周派だが、気まぐれにランニングコースを使ったとしたら、まあこのあたりを通りかかることは不思議ではない。そして彼女の優れた知覚が、この陰になっている場所に、奇妙な気配を察知した場合、気まぐれで様子を見に来ることもあるだろう。


 つまるところ、志波姫はなににも気が付いていないはずだ。

 まさか俺がヴィルトフィギュアをつくって販売しているなどとは思うまい。


「あ、赤谷誠……!」


 おや、波賀?

 なぜこいつがこのタイミングでやってくる?


「私にもうひとつヴィルトさまのフィギュアを売ってほしい……!」

「波賀、よせ、静かにしろ!」


 時すでに遅し。

 志波姫を恐る恐る見やると「ヴィルトのフィギュア? 売る?」と首をかしげている。


「へ? ひええ……! はわわわ、志波姫さまが、どうしてこんなところに……!?」


 波賀は志波姫を視界におさめるなり、動揺しはじめる。

 静かに退散しようとする崇高先輩。逃げきればこちらの勝ちだ。


「波賀、頼むから余計なことを言うな……」

「ふええ、志波姫さま、どうしよう、可愛いすぎる、お顔がよすぎる……!」

「そこのあなた、赤谷君の言葉は聞かなくていいわ。ヴィルトのフィギュアを売るというのはどういう意味か聞かせてくれるかしら」


 しまった、志波姫が興味をもってしまった。


「波賀、よせ」

「ふええ、えっと、その……」


 波賀は頬を染め、俺と志波姫を交互に見やり、ついに崇高先輩を見やる。崇高先輩は無言を貫き、メガネを白光させたまま、事件現場から遠ざかる殺し屋のような足取りで去っていく。


 びゅん。風が吹いた。

 志波姫が瞬間移動した。


 俺は志波姫のまえにわりこもうとする。

 狙いは崇高先輩だ。なんと勘の鋭いやつだ。

 そこに秘密があると察しようだ。

 

 だが、この赤谷誠を舐めてもらってはこまる。

 この俺は常日頃からお前を倒すことをシミュレートしているのだ。

 脳内での試行回数はすでに1万戦を越えている。


 守る物のために全霊を賭す!

 

「喰らえ志波姫、進化した触手の嵐を!」

「ひええ……志波姫さまに触手を!? いったいどうなっちゃうの!?」


 俺が腕をのばし、触手を展開しようとし──頭を掴まれ、顔面に膝蹴りを打ち込まれた。

 眼球を押し込まれ、鼻が陥没しかけ、あまりの痛みに流石の俺もひるまざるを得なかった。


「ぐぎゃあああぁぁあ!」

「うああ、一撃で倒されてるぅ……!?」


 涙のにじんだ視界が回復したときには、崇高先輩へあげたヴィルトフィギュアは氷の令嬢の手でかかげられていた。ヴィルトの白く清らかな太ももの横で、志波姫は目元に影を落としていた。


「ヴィルトフィギュアって本当にそのままの意味なのね。金属でできてるようだけれど、なるほど。だいたいわかったわ」

「志波姫、物事にはいつだって事情があるんだ。善悪を判断するために、時系列にそって、ひとつひとつを紐解いていき、正確に判断しなければ誤った決断をくだすことになるだろう。こと重要な局面、例えば犯罪か冤罪かの境目においては、特に慎重な判断が必要だと思うんだ。なにか言いたいかもしれないが、いったん落ち着いてほし──」

「赤谷君がぺらぺらと饒舌になるときは、決まって屁理屈で自分を正当化しようとしているときと決まっているわ」


 志波姫はヴィルトフィギュアを見ながら、半眼でこちらを見てくる。


「まごうことなき変態。なにより……ずいぶんヴィルトが好きなのね。変態エロナマズくん」

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