赤谷誠は販売したい
「ひええ……なにそれ……!」
波賀は口元に手をあてて目を見開いていた。
「これを防いだのは『もうひとつの思考』で生まれた俺だ」
「い、いや、金属っぽい材質のがひとりでに動いてたことについて聞いてるんだけどぉ……」
「これは俺のスキルだよ。いくつか組み合わせてる」
『もうひとつの思考』は明確には意識を分割するスキルではないらしい。
正面を見てても、背後の状況を勝手に認識してることがある。この不可思議な現象を理解するために、俺は思考力や意識を分割しているのではなく、魂を分割し、霊体をつくりだしている理論を提唱することにする。霊体は透明で、本体のまわりを浮遊してる。だから、本体が右を見てるときに、気まぐれに左をみることもできる。本体が耳を塞いでいても、周囲の音を聞ける。
霊体を本体の身体にもどすことで、肉体の制御の一部を霊体に移すことができる。
例えば右半身だけ霊体にあげる、と言った風に。でも、こうすると霊体は肉体に囚われてしまう。なのでこのスキルのもっとも超常的な作用”右を見ながら左を見る”は使えなくなってしまう。
という風に俺なりの『もうひとつの思考』に対する考えを波賀に述べた。
「すごいね、そこまでわかってるんだ」
波賀は感心したように言った。
「でも、赤谷誠の幽霊は喋らないんだね」
「え? お前の喋るの?」
「いっひっひ、喋るよ……だから、私は昔から寂しくないんだよ、この子がいるから……」
「このスキル『もうひとつの思考』とは、人間の脳が幼年期につくりだすイマジナリーフレンドに関係する経験から生まれたものなのかもしれないな。孤独で寂しい子供時代をおくった波賀みくりは自己の精神を安定させるために、架空の親友をつくりだしたんだ」
「私の過去について解像度の高い推測をのべるのは、や、やめてほしいかな……っ!」
悲しい話だ。
「いいなぁ……戦えるスキルを組みあわせれば、幽霊でそんなことができるんだね……」
波賀はさみしそうな表情をし、ふと目を丸くする。
「で、でも、赤谷誠……ずいぶんと慣れるのがはやいね、さっきまでドリブルもままならなかったのに……」
「これでもたくさんのスキルを使ってきてるからな、初めての能力でもわりと使えたりするんだ」
自慢だ。俺が唯一できる自慢かもしれない。
スキルツリーのおかげで触れられるスキルの数は他人より多い。
『スキルトーカー』が手に入ってからは、さらにその傾向は強まってる。
俺ほどのマルチスキル使いもなかなかいまい。
「ひええ……さまざまなスキルを使いこなして行きついた趣味が同級生美少女のフィギュア作りや、触手でえっちないたずらをすることだったなんて……終わりだよ……」
「お前に終わっている扱いされるのだけは本当に癪だからやめてくれ!」
俺はスマホを取りだし、時間をみやる。
「おっと、そろそろ仕事の時間だ。波賀、手伝ってくれてありがとな。おかげで最強の技が完成した」
鋼材をトランクにしまって俺は腰をあげた。
「仕事って……まさか、販売のこと……?」
「そういうことだ。深くは言うなよ。知られてはならないことだからな
「わ、わかったよ……」
俺はトランクを片手に、もう片方の手にアタッシュケースをひっさげた怪しい商人スタイルで第二訓練棟の裏手にむかった。
しばらく待っていると白装束を来た男が姿をあらわした。
夏休みももう終わりというこの頃、俺はついに初仕事を完遂するのだ。
「
「うお! そんな茂みに隠れているのですか」
「ふっ。これは秘密の商売ですからね」
銀の聖女を守る会・崇高久雄先輩。俺の初めての顧客だ。
「アルバイト、ちょこちょこ顔出していましたね」
「聖女像の購入資金をためるためには必要なことですから、匠赤谷」
崇高先輩は理知的な表情にメガネがよく似合う男だが、聖女像のこととなると、十字軍を率いて攻撃をしかけてきたりと、手段を選ばない残忍性をもっている。用心深く接するべき相手だ。
「お金の用意はできてますよね」
「もちろんです」
崇高先輩は学園アプリをボチボチする。
俺はスマホを画面に視線を落とす。
40万英雄ポイントが入金された。
「夏休み明けという話でしたけど、思ったよりはやかったですね」
夏休みが終わるまではあと1週間ほど猶予がある。
「銀の聖女を守る会はその運営資金の一部を聖女像の購入にあてることになったのです」
「それじゃあ、これは会としての購入になると?」
「もちろん。本部の円卓の間に飾られることになる予定です。もちろん、聖女像の作成者は匿名とさせていただきます。会のなかでも信頼にたると判断されたごく限られたメンバーだけが匠の名を知ることになります。すべては秘匿性を維持するため」
「素晴らしい心がけです」
なんか良いよね。こういう紹介制みたいなね。
「でも、どうやらそちらの会の波賀みくりという女が聖女像のことを聞きつけていたんですけど」
そこだけ気になる。福島経由で俺が職人であることは知ったようだが、「レベルの高い合格点のフィギュアをオールウェイズ出してくれるって、銀の聖女を守る会の一部の情報通の間では知られている」とか口走っていた気がする。
「波賀みくり、ですか……ええ、実のところ彼女は、私が女子寮での密偵を依頼した潜入調査員なのです」
崇高先輩は波賀をつかい、女子寮に持ち帰られたヴィルトフィギュアを調べて、それが精巧な聖女像であることを確かめたのだという。
「彼女も会のメンバーと」
やつが会メンバーなら、役職者である崇高先輩を通じて脅しをかけられるかもな。聖女像を個人で所有していましたとか密告されたくはないだろう。
「いいえ、彼女はフリーランスです。外部の協力者ですし、恩もあります。立場は対等ですね」
フリーランスの変態か。一番厄介だな。
言葉から察するに波賀が個人でいろいろやってることは感知しているが、それについては関与しないという姿勢をもっているみたいだ。変態界隈にも勢力図があるんだなぁ。
「これがオーダーされた聖女像です」
「おお! 素晴らしい、なんという輝きだ!」
崇高先輩は聖女像をかかげた。
夏を感じる美しい青空のもと、校舎の影でヴィルトフィギュアは無感情の静かな表情をたたえ、片膝をかかえ、教室の椅子に座りこんでいる。正面から見るとおパンツが視えそうだが、ヴィルトがさりげなく傾けている膝によっておパンツへの射線は防がれている。
制服姿なので片膝を抱えた姿は、白く輝く太ももをあらわにしており、大変に肌面積がおおきくとられ、そこが本作品の魅力のひとつとなっている。加えて正面からでは射線がきられていたおパンツチャンスは、すこし角度をつければ簡単におパンツできるようになっている。おパンツチャンスしてる間、ヴィルトの無感情な顔には軽蔑の色がにじんでいるように錯視するのは、一種の心理効果ゆえだろう。そしておパンツは薄水色だ。
「芸術です。素晴らしすぎます、匠赤谷……いえ、『巨匠』赤谷誠」
崇高先輩は聖女像を大事にかかえながら、深く頭をさげた。
その時、俺の心はかつてないほどの充足感を得ていた。
自分のつくった作品が他人を喜ばせている。
これほどの経緯を俺なんかに向けてくれるなんて。
かつての俺なら考えられなかった。他人からこんなに評価してもらえるなんて。
「ぁ」
崇高先輩は俺の背後を見て、指で示した。
職人としての満足感を得て、すっかり気分がいいというのに。
なんだね。まさかこの取引現場の偶然の目撃者でもいるわけではあるまいて。
火曜サスペンスじゃあないんだよ、と思いながら俺は鷹揚にふりかえる。
艶やかな黒髪を肩から流した美少女が立っていた。
賛辞を受けて笑顔になっていたが俺の表情筋から力抜けていき、楽しい気持ちは凍てつく寒波に吹き消され、2秒後にはどう言い訳しようか考えはじめていた。
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