もうひとつの思考

 さまざまなスキルを触ってきて見えてくるものがある。

 熟練度があがるにつれ、スキルは違った顔を見せることがある、というものだ。

 見せないこともある。最初に触った感じと、たどり着いたところでの印象が変わらないという意味だ。


 『再現性』は熟練度があがるほど、夢を見せてくれた。

 このスキルの性質は“運動を区切ってくりかえす”ことにあった。

 この区切って繰りかえす再現機能には、スキルを適用できたりもする。


 例えば『領域接着術グラウンドアドベーション』というスキルコンボを使う。

 これに必要なのは『形状に囚われない思想』+『くっつく』だ。つまり2つ。2つのスキルを組み合わせている。例えるなら使用リソースは2だ。


 これを『再現性』に記録する。

 『形状に囚われない思想』+『くっつく』という一連のスキルコンボを区切るのだ。

 これをコンボ1としておくと、あとは『再現性』でコンボ1を再生すればいい。


 プレーヤーに並んでいる音楽のなかから、聞きたい曲を選んで再生する感じだ。

 『再現性』はひとつのスキルなので、当然使用リソースは1だ。ひとつのスキルのオンオフを切り替えるだけで、『形状に囚われない思想』+『くっつく』を発動できる。


 これが例えば『原初の解決策プライムソリューション』の場合、『筋力増強』+『膂力強化』+『瞬発力』+『拳撃』+『近接攻撃』という5つのスキルからなるスキルコンボを、『再現性』というスイッチを通して、一撃で起動できたりする。


 俺が『再現性』を画期的だと考えている点である。


 ただ、都合が悪いところもある。


 1つ、発動時の思考量が少ないだけで、発動後は等量のリソースを消耗するということ。

 2つ、『再現性』で発動するスキルコンボは、良くも悪くも記録の完全再現であること。


 1に関しては仕方がない。結局、俺が発動してるのだから、俺の脳がそれを処理しないといけない。


 2に関しては難しい問題だ。

 というのも敵と戦う場合、記録がだいたい役立たない。

 

 例えば『原初の解決策プライムソリューション』だ。

 シチュエーションとして、1m先に直立している敵にスキルコンボで殴りかかる……という状況を『再現性』で記録した場合、この状況で発動しないと意味がないのだ。


 相手が1m10cm先にいたら、打撃点がずれてしまうし、攻撃タイミングもずれるので、逆に俺がとまどってしまう。


 あくまで動きに関連にして、一定の状況を記録し、それを再生する関係上、アドリブを求められる“相手に攻撃をあてる”ことに弱いのである。


 『再現性』で記録できるセットはせいぜい10個かそこいらだ。移り変わる戦闘のなかで、距離、強弱も、タイミング、戦いのあらゆる要素に対応することは不可能だ。


 これでは戦闘に活用できない。

 そう考えた。もちろん、この赤谷誠も。


 だが、この俺は数々のスキルに利用法を見出してきた男でもある。

 ことどうにか戦闘に活用することには定評がある。俺の中で。


 俺は発想を変えた。

 戦いにおいてアドリブを求められないシーンで使えばよいのだ。

 それはいつか。ガードである。特に素手でガードする時ではない。


 俺には浮遊させた鋼材で相手の攻撃を受けるという手段がある。

 例えば『俺の右肩から1mの位置に鉄球2つ分の鋼材で盾を展開する』という動作を記録し再生する場合、これは実際の戦闘のなかでも利用できるのだ。


 なぜなら相手は俺を攻撃するのだから。

 俺がどの位置で攻撃をとめるのかは、俺が固定化すれば、タイミングも距離もすべて俺が決めていいのである。


 特に浮遊している鋼材でガードするという特殊な防御方法の場合、『再現性』は効果的に使えるのだ。


 俺の頭のなかにあったのは、自動防御、だ。『防衛系統・衛星立方体ガーディアンシステム・サテライトキューブ』というスキルコンボを考えた時に目指した場所だ。


 あらゆる方向からの攻撃にたいして、鋼材をつかって対応する。

 それができたらかっこいい。そう考えて発明したスキルコンボだが、結局のところ俺は攻撃にたいして反応しないといけないので、見た目ほどの万能さはない。


 でも、『再現性』があれば意識のスイッチひとつで攻撃をガードできそうだ。

 だが、これではまだ俺の理想には一歩届かない。


 なぜならスイッチを押す作業が残っているからだ。

 我が理想を体現するには攻撃にあわせてスイッチを押してくれる、スイッチ担当が必要だ。


 それが『もうひとつの思考』である。

 

「ええと、もうひとりの自分がいる感じさせると、いいと思うよ。考えることをやめて、使ってない頭の部分を、もうひとりに分けてあげるの。そうすると、そっちはそっちで作業してくれるよ」


 闇取引の翌日、波賀にスキルの指導を受けた。

 やり方を教わったあとはすぐ使いこなせた。


「なるほど」


 俺は目を閉じて、片手でバスケットボールでドリブルする。

 極力意識していないが、ドリブルは行われている。他人が勝手にやってる感じがする。

 でも、すぐ失敗してる。なんか下手くそだ。


「あんまり器用なことできてない気がするんだが」

「ひえ……クレームをつけるつもり?」

「お前は意識を分割して、ほとんど2人分の作業を同時に行えるんだろ」

「そんなこと言われても……個人差じゃない? あとは練習だよ。もしかしたら知能指数の問題かも? 私ってけっこう頭が良かったりするからさ……」


 陰湿でねちゃっとした笑顔をうかべ地味にマウントとられた。

 知能指数が関係してくるのかよ。厳しい世の中だ。


 いや、でも、だからこそか。だからこそ複雑さは求めない。

 ドリブルをミスるくらい作業能力のないもうひとりの俺でも、スイッチのオンオフにだけ意識を集中すれば、仕事をこなせるはずだ。


 3時間後。


 再び中庭に波賀を呼び出し、俺はバットを渡した。


「まだなにかあるの……?」

「波賀、俺を襲え」

「そういう癖……!?」

「センシティブな意味じゃねえって!」


 頬を染め、顔を覆う波賀をほうっておいて、俺は目を閉じてイヤホンをつけた。

 しばらくのち。脳が処理能力を行使したのを認識する。もうひとりの俺がアクションをおこした証拠だ。


 瞳を開けると折れたバットを手にしポカンとする波賀の姿と、薄く広がり宙に固定された鋼膜があった。どうやら俺が知らないところで攻防は行われたようだ。


「できてるな」

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