もうひとつの思考
さまざまなスキルを触ってきて見えてくるものがある。
熟練度があがるにつれ、スキルは違った顔を見せることがある、というものだ。
見せないこともある。最初に触った感じと、たどり着いたところでの印象が変わらないという意味だ。
『再現性』は熟練度があがるほど、夢を見せてくれた。
このスキルの性質は“運動を区切ってくりかえす”ことにあった。
この区切って繰りかえす再現機能には、スキルを適用できたりもする。
例えば『
これに必要なのは『形状に囚われない思想』+『くっつく』だ。つまり2つ。2つのスキルを組み合わせている。例えるなら使用リソースは2だ。
これを『再現性』に記録する。
『形状に囚われない思想』+『くっつく』という一連のスキルコンボを区切るのだ。
これをコンボ1としておくと、あとは『再現性』でコンボ1を再生すればいい。
プレーヤーに並んでいる音楽のなかから、聞きたい曲を選んで再生する感じだ。
『再現性』はひとつのスキルなので、当然使用リソースは1だ。ひとつのスキルのオンオフを切り替えるだけで、『形状に囚われない思想』+『くっつく』を発動できる。
これが例えば『
俺が『再現性』を画期的だと考えている点である。
ただ、都合が悪いところもある。
1つ、発動時の思考量が少ないだけで、発動後は等量のリソースを消耗するということ。
2つ、『再現性』で発動するスキルコンボは、良くも悪くも記録の完全再現であること。
1に関しては仕方がない。結局、俺が発動してるのだから、俺の脳がそれを処理しないといけない。
2に関しては難しい問題だ。
というのも敵と戦う場合、記録がだいたい役立たない。
例えば『
シチュエーションとして、1m先に直立している敵にスキルコンボで殴りかかる……という状況を『再現性』で記録した場合、この状況で発動しないと意味がないのだ。
相手が1m10cm先にいたら、打撃点がずれてしまうし、攻撃タイミングもずれるので、逆に俺がとまどってしまう。
あくまで動きに関連にして、一定の状況を記録し、それを再生する関係上、アドリブを求められる“相手に攻撃をあてる”ことに弱いのである。
『再現性』で記録できるセットはせいぜい10個かそこいらだ。移り変わる戦闘のなかで、距離、強弱も、タイミング、戦いのあらゆる要素に対応することは不可能だ。
これでは戦闘に活用できない。
そう考えた。もちろん、この赤谷誠も。
だが、この俺は数々のスキルに利用法を見出してきた男でもある。
ことどうにか戦闘に活用することには定評がある。俺の中で。
俺は発想を変えた。
戦いにおいてアドリブを求められないシーンで使えばよいのだ。
それはいつか。ガードである。特に素手でガードする時ではない。
俺には浮遊させた鋼材で相手の攻撃を受けるという手段がある。
例えば『俺の右肩から1mの位置に鉄球2つ分の鋼材で盾を展開する』という動作を記録し再生する場合、これは実際の戦闘のなかでも利用できるのだ。
なぜなら相手は俺を攻撃するのだから。
俺がどの位置で攻撃をとめるのかは、俺が固定化すれば、タイミングも距離もすべて俺が決めていいのである。
特に浮遊している鋼材でガードするという特殊な防御方法の場合、『再現性』は効果的に使えるのだ。
俺の頭のなかにあったのは、自動防御、だ。『
あらゆる方向からの攻撃にたいして、鋼材をつかって対応する。
それができたらかっこいい。そう考えて発明したスキルコンボだが、結局のところ俺は攻撃にたいして反応しないといけないので、見た目ほどの万能さはない。
でも、『再現性』があれば意識のスイッチひとつで攻撃をガードできそうだ。
だが、これではまだ俺の理想には一歩届かない。
なぜならスイッチを押す作業が残っているからだ。
我が理想を体現するには攻撃にあわせてスイッチを押してくれる、スイッチ担当が必要だ。
それが『もうひとつの思考』である。
「ええと、もうひとりの自分がいる感じさせると、いいと思うよ。考えることをやめて、使ってない頭の部分を、もうひとりに分けてあげるの。そうすると、そっちはそっちで作業してくれるよ」
闇取引の翌日、波賀にスキルの指導を受けた。
やり方を教わったあとはすぐ使いこなせた。
「なるほど」
俺は目を閉じて、片手でバスケットボールでドリブルする。
極力意識していないが、ドリブルは行われている。他人が勝手にやってる感じがする。
でも、すぐ失敗してる。なんか下手くそだ。
「あんまり器用なことできてない気がするんだが」
「ひえ……クレームをつけるつもり?」
「お前は意識を分割して、ほとんど2人分の作業を同時に行えるんだろ」
「そんなこと言われても……個人差じゃない? あとは練習だよ。もしかしたら知能指数の問題かも? 私ってけっこう頭が良かったりするからさ……」
陰湿でねちゃっとした笑顔をうかべ地味にマウントとられた。
知能指数が関係してくるのかよ。厳しい世の中だ。
いや、でも、だからこそか。だからこそ複雑さは求めない。
ドリブルをミスるくらい作業能力のないもうひとりの俺でも、スイッチのオンオフにだけ意識を集中すれば、仕事をこなせるはずだ。
3時間後。
再び中庭に波賀を呼び出し、俺はバットを渡した。
「まだなにかあるの……?」
「波賀、俺を襲え」
「そういう癖……!?」
「センシティブな意味じゃねえって!」
頬を染め、顔を覆う波賀をほうっておいて、俺は目を閉じてイヤホンをつけた。
しばらくのち。脳が処理能力を行使したのを認識する。もうひとりの俺がアクションをおこした証拠だ。
瞳を開けると折れたバットを手にしポカンとする波賀の姿と、薄く広がり宙に固定された鋼膜があった。どうやら俺が知らないところで攻防は行われたようだ。
「できてるな」
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