志波姫フィギュア
「波賀、お前にはどことなく歯止めの利かない獣のような怖さがあるような気がしたが、どうやら俺の想像はあたっていたようだ。まごうことなき変態か」
「ひえ……学園で五本の指にはいりそうな変態に変態呼ばわりされた……!」
「だれが五傑の変態だ」
「お、女の子は可愛い女の子を見るのが好きなんだよ。わ、私の趣味はべつにめずらしいものじゃないし、大抵の女の子が抱いてる一般的な欲望だよ……っ」
「主語をおおきくして雲隠れするんじゃない、この変態女」
「と、とにかく、赤谷誠! 同級生女子をつぶさに観察してその身体的特徴を再現する変態であるあなたには変態って呼んでほしくないかも……!」
ビシッと指を突き付けてきて、波賀は得意げな笑みを浮かべた。
「俺は変態とはちがう」
「女の子をいきなり触手で拘束してこんなちいさな倉庫に連れ込んでも?」
「それは……事実を歪曲するのはよくない。俺は逃走をはかったお前を捕縛したってだけだ。その手段に意味はない。たとえ触手で捕まえようと、足を射貫いて転ばせようと、凍結させて移動能力を奪おうと、すべては等しく同じなのだ」
「ひえ……なんという詭弁家、屁理屈ばっかり……と、とと、とにかく、あなたはレベルの高い合格点のフィギュアをオールウェイズ出してくれるって、銀の聖女を守る会の一部の情報通の間では知られているの。ヴィルトさまの聖女像をつくれるなら、志波姫さまの聖女像もどうせもっているはず。2つくれたら、スキルをコピーさせてあげる……」
波賀は決して譲らない決意の表情をしていた。
なんとしてでも敬愛する同級生の美少女たちを手に入れる所存らしい。
俺は変態女のために、志波姫フィギュアの作成に取り掛からねばならなかった。
波賀の注文を受けた翌日、俺は資料を入手し、フィギュア制作にとりかかった。
志波姫フィギュアの制作はいわば麻薬を密造することに等しい。
日本国においてそれは当然違法であるように、バレれば最後、法に裁かれることになる。
もっともヴィルトフィギュアの段階でそのリスクはあったのだが、アレに関してはまさかの本人からの許可がおりたので、いまでは最悪、「俺の製造行為は本人公認だ!」と言い訳ができたりする。バレるだけで変態の烙印を押されるのは免れないが。
だが、志波姫フィギュアはやばい。
本人にバレれば77兆%の確率で「気色悪い」と一蹴され首を叩き落とされる。
ヴィルトが例外だっただけだ。志波姫は万が一にも受け入れてはくれまい。
「だが、俺の理想するスキルコンボには『もうひとつの思考』が必要なんだ。あれさえあれば世界が変わるはずなんだ!」
俺の極秘計画はだれにも知られることなく静かに遂行された。
いや、わが師・縛堂先輩にだけは知られたか。
「赤谷少年、ついにほかの同級生まで作り始めたんだね。うん、ぼくはなにも言わないとも。ただ一線を越え、引き返すつもりがないホンモノに敬意をあらわすだけさ」
「縛堂師匠、ちがうんです。これには訳がありまして……」
「なにも言う必要はないとも。大丈夫、ぼくは弟子がどんなに変態でも、他人に迷惑をかけても、人格破綻者でも、人形作りという分野で繋がるぶんには可愛がれると思う」
「俺が他人に迷惑をかけることをいとわない破綻した変態みたいにいうのやめてくれません?」
かくして志波姫フィギュアは第一訓練棟3階フィギュア研究部の部室で完成を迎えた。
胸元の慎ましさ、凛とした佇まい、どっしりとした武人の風格と、鋭く血に飢えた殺人鬼みたいな凍てつく眼差し。
完璧に志波姫神華を再現できたといってもよいだろう。
「いや、しかし、100%ではない。いまの俺にはもっとできるはずだ。このクオリティでは満足できない。顧客を満足させる品をつくるためには、あと3回は思索しないと」
さらに3日後、俺はついに納得のいく作品をつくりあげた。
縛堂先輩は表情の変わらない顔横に、俺のつくりあげた志波姫フィギュアたちをもちあげて、それぞれを見比べる。
「制服、袴、水着……いろいろバージョンをつくったみたいだね。品質と練度をあげるという意味合いなら、ひとつのバージョンに絞ったほうがいいと思うけど」
「それは、どうでしょう。そうとも限らないんじゃないですかね」
「赤谷少年は本当にセンスがある。メタルフィギュア作りの腕前はもう一流だ。最初につくった志波姫少女のフィギュアでも相当クオリティが高い。赤谷少年、さては君はこのフィギュアを手放すのが惜しいから、あくまでフィギュアを作る言い訳ができる今のうちに可能な限り自室で鑑賞するためのフィギュアを量産したんじゃないかな」
「そんなこと、ないですって。俺はクリエイターとしての魂にかけて、顧客に満足のいく作品を届けたい、そう思ったんです。憶測で俺を変態みたいに言わないでいただけますか!」
俺は毅然とした態度で抗議した。縛堂先輩は冷めた目で見つめてきて「まあなんでもいいけど」と、志波姫フィギュアをそっと机においた。
俺はアルバイトの時に波賀に待ち合わせ場所の日時を伝えた紙を渡した。
第二訓練棟裏、午後21時、植え込みの裏にて待つ。
待っていると波賀があらわれた。
俺が姿を現すと彼女はいつものようにビクッとして、おどおどした視線を向けてきた。
「れ、例のブツは……?」
「これだ」
俺はアタッシュケースに収められた志波姫フィギュアを引き渡した。
「うへへ、これは、おぉ、すごいずっしりしてる!」
「メタルフィギュアだからな。その重みも顧客を引き付ける魅力さ」
「えっへっへ、可愛いねえ、志波姫さますごくいいよぉ……はぁ、はぁ良い匂いがする……」
「匂いはしねえだろ……」
「うっはぁ、ヴィルトさまも可愛いねえええ……! やっぱり良い匂いがしゅる!」
こいつを見ていると美少女って厄介な奴らに興味をもたれてきたんだろうなって思いました。あと波賀が男子じゃなくて本当によかったとも思った。
宵の取引は無事に遂行され、俺は門限のまえに男子寮にもどった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『もうひとつの思考』
アクティブスキル
物事を並行して考える
【コスト】MP30
時間がたりない?
右目で小説を読みながら
左目でゲームをすればいいのでは
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
受け取ったスキル『もうひとつの思考』。
『再現性』の運用を現実的に詰めていくことができる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます