7つ目の種子:祝福の余韻

 ツリーキャット、抜け目のない猫だ。


「にゃーん、にゃん(訳:赤谷君のためにちゃんと拾ってきたにゃん)」

「……」


 かわいらしい肉球が差しだすキモイクルミを見やる。

 これはハヤテ君がもっていたものだろう。

 乾いた梅干しみたいな質感のそれは、いまは赤黒く、ドクンドクンっと胎動している。

 真っ黒に染まっていないので、邪悪なエネルギー? みたいなのは抜けてるように見える。


「これ食べれるかな」

「にゃん(訳:なにを今更正気にもどってるにゃん? これまで美味しそうに食べてたのに。それに今回のは久方ぶりの食事のはずにゃん。もっと喜ぶべきにゃあ)」

「ちがうだろ。このキモイクルミには致命的な問題があるだろうが。これをもってたハヤテがあんな恐ろしい怪物に変異したっていうのに、無警戒で口のなかに放り込めるかっての」


 まっくろに変色して腐ってること確定の果物を不用意に口にほうりこむようなものだ。蛮勇がすぎる。

 ツリーキャットは「にゃーん(訳:にゃーんだ、そんなことかにゃあ)」と呑気に顔を洗いだした。

 

「にゃーん、にゃん(訳:私は赤谷君よりもこの種子とのあいだに超自然的な繋がりをもっているにゃ。ツリーガーディアンの核心についても、にゃあの導きを示したにゃ)」

「あれはナイスにゃあだったな」


 俺は右腕をおさえる。

 スキルツリーが収納されている腕を。

 前腕から肩にいたるまで何度も裂けて開いた傷口は、生々しく赤色に染まってる。


「なあ、ツリーキャット、お前は恩猫だ。約束は守りたい。でも、正直、恐いんだ。俺一人でこれを抱えきれるのか。ダンジョン財団のエージェントは『血に枯れた種子アダムズシード』のことを俺に聞いてきたぞ。『蒼い笑顔ペイルドスマイル』のことも『雨男レインマン』のことも知っていた。反対に『雨男レインマン』は俺がスキルツリーを生やしていることを知っているみたいだった。いま俺、すごく財団に保護してもらいたい気分なんだ」

「にゃあ、にゃんにゃー(訳:赤谷君、気弱になってはいけないにゃん。前にも言った通り、スキルツリーのことも、種子のことも、ダンジョン財団に私たちが関与していることは悟られてはいけないにゃあ。赤谷君は知らないかもしれないけれど、ダンジョン財団は悪い大人がいっぱいの組織にゃん。恐いこともたくさんしているにゃん。私と赤谷君は捕まれば、強欲な財団は赤谷君の身体からスキルツリーを切除して、手中におさめようとするにゃん)」

「するかなぁ……」


 いや、でも、ダンジョン財団について俺が知っていることなんてなにもないに等しいんだよな。異常に関する多くの秘密を抱えているうえ、噂では宇宙人を飼っているとか、火星に基地をもっているとか、おぞましい実験が毎日行われているとか、怪しい噂は絶えない。


「にゃあ(訳:財団にも、崩壊論者にもスキルツリーを渡すわけにはいかないにゃあ。赤谷君のためにも、このことは絶対に秘密にしないといけないにゃん)」

「お前がそこまで言うならそうするけど……」

「にゃーん、にゃあ(訳:それに私が一番頼りになるにゃん。なんたってツリーキャットにゃのだから)」


 ツリーキャットはぴょんっと机に移動する。

 ヴィルトフィギュアが囲む机のまんなかで上品に足先を揃えて座った。

 

「にゃあ(訳:私は記憶を失っているという話をしたにゃ。ただ盲目的に手元に残った13の種子を運び、さまよい歩き、もはや最初の目的も忘れ、自分がなんなのかも曖昧になってしまったけれど、でも、最近はすこしずつ昔のことを思い出してきているんだにゃ)」

「ツリーガーディアンとか言ってたよな。なにか思い出したことがあるのか、ハヤテが変異したこととかさ」

「にゃあ(訳:思い出したにゃあ。この双眸でとらえ、そして、人間に弄ばれた種子を回収して、そのいたずらの痕跡を感じたのにゃ)」


 ツリーキャットはキモイクルミを尻尾ですくいあげる。

 するとクルミから樹の根が生えてきた。俺はビクッとして身構える。


「にゃあ(訳:『血に枯れた種子アダムズシード』はかつて地上に生えていた神樹が残した種子だにゃ。この種子には古い祝福のちからが、その余韻が残っているにゃん。崩壊論者たちはこの事実を調べたようにゃん。きっと古い伝説や、伝承を根気よくあさったんだと思うにゃん。そして、余韻に目をつけた。やつらは種子に細工をしたにゃ。内包されている記憶から、かつて神樹を守っていたツリーガーディアンを呼び覚ました)」

「古い祝福……」

「にゃあ(訳:種子に施されていた細工はすでに私が解除してあるにゃん。安心して食べてほしいにゃん♪)」

「これが安全なのはわかったけど、肝心の変異についてはわからないんだが」

「にゃーん、にゃん(訳:仕掛けとしては『種憑かれの者シードホルダー』が致命傷を負ったら、種子が『攻撃されてる! 頑張って防衛しないと!』と張り切るように設定しといて、古い祝福のちからを解き放った感じだとおもうにゃん)」


 だから、雨男はハヤテを水で撃ちぬいたのか。


「でも、そうなると、崩壊論者たちがキモイクルミを買い取った目的って……チェインみたいにいたずらに種子をバラまくってだけじゃ済まなそうだな」

「にゃあ(訳:そのとおりだにゃ。やつらは種子の有効活用と、秘められた力に気づいているにゃ。スキルツリーのことも。森の里キャンプ場での実験は、人里離れた山奥での実験が目的だったけど、疫病神の赤谷君の体質によって、奇しくもやつらは気持ちよくものごとを運べなくなったということにゃん)」

「でも、あいつらとしては実験大成功なんじゃないか。実際に古い祝福のちからは解放されて、大惨事になりかけてたんだし」

「にゃーん(訳:その通りにゃ。それにあいつら、スキルツリーそのものにも興味をもってるにゃん。タイミングさえあれば、赤谷君を捕縛するか、腕ごと斬り落としてツリーを強奪でもするんじゃにゃいかにゃあ?)」

「……やっぱり、財団に保護してもらうのも視野にいれるか」

「にゃーん(訳:大丈夫だにゃ。赤谷君がもっと強くなれば、問題はないにゃん)」


 キモイクルミをつまんで口に放りこんだ。変な味はしない。喉を通過している間もドクンドクンっと動いているのが気色悪い。すぐに右腕に激痛が走り、元気にスキルツリーが飛びだしたのでのどごしなどすぐに気にならなくなった。


 お風呂場に緊急避難し、どうにか部屋が汚れるのをおさえた。

 ツリーは勢いよく飛びだし、風呂場の天井に穴をあけ、窓を突き破って枝木を伸ばした。


「ちょいちょいちょいっ!」

「にゃあ……(訳:美しいにゃぁ……)」


 スキルツリーくん、元気いっぱいです。

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