事情聴取 4

「ほかの事件関係者から話は聞いているが、どうやら君が多くを知っているようだ。事件の発端から話をしてくれるかな」


 エージェントKに聞かれるままに俺は語った。

 雨男を名乗るものがいたことを。

 ハヤテという少年が精神汚染系の異常物質の影響を受けていたことを。

 あの巨大な怪物はハヤテが変異した存在ということを。


 俺はツリーキャットのお願いで、キモイクルミの存在を財団に伝えないことにしている。今回に関しては恩猫との約束を完全に守ることは難しい。無理に隠そうとすれば俺が疑われかねない。先ほど島江永先生に「すべての事件に関与してる!」と冗談──冗談だよな?──を言われたせいもあって、疑われるんじゃないかという不安もあった。


 だから、あくまで俺はキモイクルミの正体を知らないていで「なんか知らないですけど、たぶん精神汚染系の異常物質だったんだと思います」というくらいに説明をとどめた。


「ダンジョンホール事件で暗躍したアイザイア・ヴィルトに関しても、たしかクルミの形状の精神汚染系の異常物質の存在が示唆されていたか……今回もブツそのものを目撃してるようだが、どんな形状だった」

「えっと……クルミ状でした。黒い、手のひらで握りこめるくらいの」

「なるほど。それはこれと似たような形状かね」


 エージェントKは写真をとりだした。

 写真には液体で満たされたガラス筒のなかに浮いてるキモイクルミ──『血に枯れた種子アダムズシード』が映っていた。古そうな写真だ。


 ツリーキャットさん、俺たちはダンジョン財団を甘く見ないほうがいいね。彼らは俺や野良猫なんかより、ずっと神秘に精通している大人たちなんだ。資料も知識もあるし、わからなかったとしてもそれがなんなのか調べる能力もあるんだ。


「そうですね、こんな感じでした」

「なるほど、そうか。ありがとう、赤谷誠くん。事情聴取は今回はこんなところだ」

「あ、あの、質問をしてもいいですか」

 

 エージェントKは沈黙のまま見つめてくる。


「チェインの事件は終わったんじゃないんですか?」

「チェインの事件は終わっている。チェインとその共犯者はすでに捕まった。おかげで新しい疑問とそれにいたる手がかりも見えてくるというものだ。チェインがもちいた精神汚染系の異常物質はなんだったのか、どこから人造人間を手に入れたのか、とかね」

「……」

「赤谷誠くん、君が今日出会ったレインコートの男──『雨男レインマン』は1億の懸賞金をかけられている崩壊論者だ。雨とともに現れ去る怪人だ」

「レインマン……」

「君が生きていることが幸運だ。よく自分の命を守り抜けた。雨男と交わり生還するなど、エージェントでも出来ることではない」


 たしかにかなり幸運だったのかもな。


「またこの崩壊論者は『蒼い笑顔ペイルドスマイル』の仲間としても知られている。調査で人造人間をチェインに横流ししたのはこの崩壊論者だというところまではたどり着いた。今回、チェインを支援していた笑顔たちと、そのチェインを打倒した君が接触したのは偶然なのだろうか」


 ツリーキャットがチェインの隠れ家で取引の記録を見つけたように、エージェントKも手がかりをつかんだ。思えば羽生先生も別れ際に同様のことを気にしていた。人造人間の入手ルートだとか、支援者だとか。そして、もしかしたらチェインの支援者は俺に興味をもつかも……と。


 俺は背中がぞくりとした。

 やつは俺の名前を知っていた。

 そしてツリーのことも。


「雨男は、俺のことを知っていたみたいです……」

「ふむ、チェインの敵討ちでもするつもりだろうか。どのみち恐ろしい存在に目をつけられたのは間違いないだろう。赤谷誠、君は十分に注意して生活したほうがいい」


 エージェントKは知らない。

 俺がスキルツリーを生やしていることを。

 あいつらがスキルツリーに関連する力に興味をもっていることを。

 だから、俺にも興味をもっちゃっていることを。


 でも、話すわけにはいかないよな。このことは。


「雨男たちは何が目的なんですか」

「それはわからない。まだな。雨男が引き起こしたという小学生男児を巨大モンスターに変異させたトリック、それについて財団が調べればおのずと『雨男レインマン』や『蒼い笑顔ペイルドスマイル』の目的も見えてくるだろう」


 エージェントKは助手席のドアのロックを解除した。

 俺はそっと車から降りた。


「また話を聞きにくるかもしれない。そのときはこちらからアプローチさせてもらう」

「わかりました」

「わかっていると思うが、危ないことには近づかないことに。君はどうにもトラブルを引き寄せてしまう不思議な運命をもっているようだ。あの『雨男レインマン』と戦い生還できた学生など聞いたことがない。今回は幸運だった。5%の生還率をひいただけだ。次にこういうことがあれば迷いなく逃げなさい。決して交戦しようなどと考えないように。いいね?」

「……はい、そうします」


 エージェントK、けっこう俺のことを心配してくれるんだな。

 

 深夜、大変な1日を乗り越えて英雄高校にもどってきた。

 男子寮の玄関のカギを特例的にダビデ寮長に開けてもらい、自室のベッドにたどり着いて、鉛のように重たい身体を布団になげだした。


「あぁぁああぁあ……疲れたぁぁぁ」

「にゃーん(訳:待っていたにゃん)」

「あ、猫」


 ツリーキャットがベッドにぴょんっと飛び乗って、器用にキモイクルミをもって、俺の眼のまえにおいてくる。


「にゃん、にゃん(訳:ご褒美を回収してきたにゃん。食べていいにゃん)」

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