ツリーガーディアン 7

(ハヤテ、この野郎ッ、恩を仇でかえすか!? 必死に守りやがってッ! でもよ、必死乙すぎて、もうこの部位で完全正解ってことじゃあねえかよおッ!)


 この綱引きに勝てばよい。そう確信できた。だから、このあとのことを考える必要がなくなった。


 赤谷はブチブチと音をたて、崩壊のはじまる腕にさらに『筋力増強』を込めた。

 素のステータスで筋力100,000になって以来、試したことのない領域だ。

 上腕二頭筋と三頭筋が風船のように膨れあがり、その膨張と増殖は前腕にも波及した。そのまま破裂して血肉をぶちまけそうになる。赤谷は内出血をおこして青紫色に染まった腕でそれをおさえる。雨男との戦いで自壊した腕に力をこめると激痛が走った。赤谷はスキルを追加した0.1秒後にはひどく後悔していた。

 

 だが、そのかいあって綱引きは一気に傾いた。

 凄まじい勢いで、デカめのバランスボールほどの樹塊がひっこぬけた。

 ツリーガーディアンが必死になっていたことから、そこにソレが含まれているのは間違いない。赤谷はそれを明後日の方向へ向けて撃ちだした。


(へっ……、俺の勝ち、だろ……)


 緊張の糸が途切れた瞬間、赤谷の左腕が炸裂した。

 燃える筋肉と、増殖された筋繊維の層が砕け、もともとの左腕の形状を痛々しく変えた。

 意識をうしなう赤谷。元々の限界だったところへの追い打ちだった。


 倒れる赤谷をがしっとつかむ白い手。志波姫は呆れながらも赤谷を背負い、いまだ襲いかかってくる木人たちから、一足の跳躍で逃れた。


「にゃー!」


 大ジャンプする志波姫の髪にツリーキャットはしがみつき、ともにツリーガーディアンの懐から離脱した。


 

 ──しばらくのち


 

 あらゆる痛みが俺の全身を襲ってきていた。

 増強した筋繊維の暴発にまきこまれて腕が変形してしまっている。

 左腕の終わった感がひどい。右腕も十分死んでいるけどさ。


 もうなにもしたくない。

 一歩も動きたくないし、腕を動かしたくもない。


 頭のなかをめぐる血がドロドロしてて、思考に0.5倍速くらいのデバフがかかってるような気さえする。頭痛は先ほどじゃない。いくばくかマシではある。


 全身の痛みから、先ほどのツリーガーディアンとの戦いから時間が経っていないと直感で感じた。記憶の連続性が保たれていることから察するに、数分から数十分くらい気絶していただけだろう。


 俺はゆっくりと意識をとりもどし瞼をもちあげた。


 綺麗な顔が見降ろしてきていた。冷ややかな黒瞳は不安そうに揺れている。

 それと目があった。揺れていた瞳はキリッとしたものに変わる。


「……赤谷君、死んでなかったのね」

「残念だがまだ生きてるぜ……地獄からの帰還者と呼んでくれ……」


 これは……志波姫の膝のうえに頭をのせ、俺は横たわっているらしい。

 頭のてっぺんを志波姫のお腹に突き付けてる感じの体勢だ。この位置からでも障害物ないので彼女が顔もよく見える。


「しっかりと目が死んでるわね」

「いつものことだろう」

「それもそうね」


「やった、生きてる! ヒナ先輩、赤谷生きてますよ!」


 そばにいた林道がわいわいと黄色い声をだし、抱き着いてきた。


「うぎゃぁあ!?」

「あ、痛かった?」

「林道、まさかどさくさに紛れてトドメを刺そうと……?」

「ちがうって! ごめんってば!」

「もっと大事にしてくれよな……」


 今はどこを触られるだけでもひどく痛む。

 視線を泳がすと雛鳥先輩と目があった。

 俺の足先あたりにあぐらをかいて座っている。


「よかったぁ~、見た目は完全に死んでたけど、すごい生命力だね! 足がとれても生きてる虫みたいに丈夫なんだね、赤谷後輩は!」

「もうすこしうれしい褒め方あったと思いますけど……」


 俺への言葉の攻撃力高すぎません。女子って恐ろしいよ本当に。


 涙を呑みながら、姿勢的に自然と俺の視線のさきにいる雛鳥先輩にたずねることにした。


「雛鳥先輩、これいまどういう状況ですか……ここ、キャンプ場ですよね?」

「志波姫後輩が自ら赤谷の看病をかってでてる感じかな!」

「わたしが赤谷君をかついで退避させたから、その流れで必然的にこういう形になってしまっただけよ。赤谷君を喜ばせてしまうのは不本意だけれど、怪我人を地面に埋めるほどわたしも鬼にはなれなかったわね」

「埋葬しちゃってるじゃねか。せめて地面に寝かせるのにとどめてくれ」

「あんまり喋るとよくないわ。静かにしていなさい」

「お前なぁ……はぁ。もうすこし心配してくれてもいいのにな」

「赤谷君はこれくらいじゃ死なないわ」


 意外と俺のことわかってるじゃねえか。そう、痛みに強いんだ。


「普段から死なないラインを見極めて痛めつけているもの」

「嫌な信頼の培われ方だな。耐久テストの賜物とでも?」

「赤谷君のHPを一桁で残すことには自信があるわね」

「悪魔か」

 

 志波姫はふふんっと得意げに鼻を鳴らした。褒めてないんだよなぁ。


「ほかのひとたちは?」

「残党狩りだよ」

「残党、ですか……」

「あれ、もしかしてその目、『雛鳥先輩はいかないんっすねえ』みたいに思ってる!?」

「いや、そういうわけじゃ」

「わたしは銃がないとなんともって感じだからね。適材適所ってやつなのだよ、赤谷後輩。だから、あんまり先輩のこと今回こいつだけ全然活躍してないっていじめてはいけないのだよ? いい? わかった?」


 雛鳥先輩はずいっと顔を近づけて、ぷくーっと頬を膨らませて睨んでくる。


「は、はい、わかってます、雛鳥先輩はキャンプ場で避難誘導とかたぶんしてくれたんだろうなって、思ってます」

「えへっへ、そうなんだよ! 実はことりん後輩といっしょに大事な活躍をしてたんだんだよ~! わかってるね、赤谷後輩~」


 桃色のサイドテールを揺らして愛らしい笑顔を浮かべた。いっきにご機嫌になってくれたな。


「てか残党ってなんです?」

「大ボスを赤谷後輩がやっつけたでしょ? でもさ、こう『樹の妖精です』って感じのやつらはそのまま動き続けててさ、あの大ボスの死体の近くから動きはじめたんだよ」


 残党狩りとはいわく、そのちっこいやつらが拡散しないうちに倒すことだという。

 幸い、ちっこいものたちはほとんど戦闘能力がなく、せいぜいDレベル1~2程度の脅威しかないらしい。英雄高校が誇るボランティア部隊は、生徒のなかでも選りすぐりの精鋭探索者見習いなので、彼らの脅威になることはないらしい。



「志波姫、お前の力が必要なんじゃ」

「赤谷君が膝にのってるせいで動けないのだから仕方ないわ」


 俺は猫かなにかなんですかね。


 視線を横にずらす。

 屋根付きのちょっとしたバーベキュー場から、向こう側、雨が止んだ静かな夜が広がってる。

 星空が顔をのぞかせだした夜に、ヘリの音が聞こえてきた。

 赤い衝突防止灯がゆっくり近づいてくる。


「ダンジョン財団……」

「来るのはやっ! いや、この場合は遅いのかな?」

「オズモンド先生が呼んでくれたのかも。あとはなんとかなりそうだね~」


 ろくでもない1日がようやく終わってくれる。

 俺は静かに瞳をとじ、いましばらく志波姫枕に寄りかからせてもらうことにした。

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