ツリーガーディアン 6

 運動量は蓄積する。

 『筋力の投射実験』に融合したもともとのスキルの名は『とどめる』だ。

 そのスキルの効果は物の動きを止めるではない。あくまでとどめるだ。


 効果の及ぼす対象がおおきくなるほど赤谷はより一層の尽力をしなければならない。

 そのさまは突然、空に円盤が出現したようでもあった。


 とても底の浅い透明な皿。あるいはフリスビーを裏返してそこに水をためている、と表すこともできるだろうか。


 ツリーガーディアンの樹の根が放たれる。

 宙で天を縫い留めることに集中する赤谷へ下方からせまる。

 冷たい斬撃が根を切断した。その鋭利な先端が赤谷に届くことはなかった。


 物理法則を歪める神秘のちからにより、雨の空にちいさな湖が誕生し、やがてそのふちから、酒を注ぎすぎたおちょこのようにあふれてこぼれてくる。。


 それが薄いヴェールのようで美しい。

 志波姫の援護をうけ、20秒後、時間は動きだす。

 蓄積されつづけ雨水が拘束を外れ、弾丸のように降り注いだ。


 湖の落下であった。

 質量、勢い、ともに災害に等しい。

 

 志波姫は攻撃の兆候を見逃さず、事前に退避する。

 ギリギリで攻撃範囲から逃れ後ろをふりかえる。


 ピシャンッ! と凄い勢いでツリーガーディアンもろとも大地が平手打ちされていた。

 大質量の攻撃に怪物はひるむ。衝撃によるものか、立ち直るのに時間を要しているようだ。


 実際に湖の落下のあとから身動きがのろくなった。

 そこにはひとつの細工があった。

 赤谷は天をとどめながらオーバードライブされた『くっつく』を継続的に付与していたのである。


 天より落ちてきた数万リットルの水は、粘質を帯び、ツリーガーディアンの動きをおおきく制限した。移動はもちろん、根の隅々にまでこのねばねばした液体はいきわたり、混乱と困惑を生みだした。


 赤谷史上、最大にて最高粘度のネバネバであった。

 そうして3つ目のブレーキは狙い通り作用した。


「あとちょっと……」


 赤谷は霞みかける視界を維持し、焼ききれそうな脳の熱を口からはきだす。

 『浮遊』が解除され、ネバネバの海へ飛びこんだ。


 赤谷は地面に拳を固め、落下の衝撃とともに地面を打った。

 ネバネバのさらに下、地面が柔らかくなり、触手が可能な限り地面下に入りこむ。


 深く深くにまで到達したのち、赤谷は息を深く吐き、『領域接着術グラウンドアドベーション』を発動した。


(ツリーガーディアン……すでに1分前よりデカい。半径20mでも足りない……な)


 『形状に囚われない思想』は手で触れた箇所から影響を及ぼすスキルだ。

 手で触れた地点を中心に半径20mまでを射程におさめることができるということは、“やわらかくなる深さ”もまた20mが限界ということである。触手を地面深くへ打ち込むことで、疑似的に手の長さを延長することで、深さを倍に稼ぐことができた。


 しかし、それでも足りない。

 いま赤谷が相対しているのは無数に生える根っこを伸ばせば100m以上先にまで干渉し、本体のデカさももはや城郭のようですらあった。


 4つ目のブレーキとは、赤谷の大好きな落とし穴のことである。

 重たい対象ほど効果を発揮するこの得意技が、かつてないほど有効な敵だ。

 いかんせんでかすぎる。これを落とす穴はもっと深く、広くなければ意味がない。


(残るスキルポイントは3。まだできる。オーバードライブだ)


 膨大な粘る水で動きを抑制され暴れていたツリーガーディアンの身体が、がくっと沈んだ。勢いよく沈みだす。


 赤谷は滲む汗をそのままに、大地の深くに突き刺した触手を巻き戻して腕に収納すると、引き抜き……跳んだ。


 ツリーガーディアンはもがいていた。

 その進行は完全にとまっていた。足元がいきなりほぼ液体になったのだ。半径50m以上まるごとやわらかくされたのだ。落ちないわけがない。


 赤谷がしかけた計画的かつ段階的な移動阻害術のフルコースは完全に機能し、赤谷がツリーガーディアンの胴体に取りつくことを可能にさせた。


 赤谷は赤黒い大樹のうえを走って探した。

 視線を右へ左へ移動させる。どこだ、どこにある。


(でかくなりすぎてキモイクルミの位置がわからねえ!)


 せっかく動きを封じたのに、目的のブツが見つけらない。

 赤谷はずっと「あそこらへん」と巨大化をくりかえすツリーガーディアンの胸に当たる部分を見続けて、しっかりマークしていたが、探しものは手で握りこめるサイズの種、砂場に埋まってる宝物を見つけるがごとく、至難の業だ。それでも────


「にゃあ!」


 にゃあの導きがあれば話は別だ。

 駆けつけた黒猫はダブル肉球でぺしぺしとある部分をたたきまくっている。


 だいたい直径1mくらいの円程度には座標を絞れた。

 それでもより詳細な位置は不明だ。


「ここら辺全部もってけばいい!」


 赤谷はうなづき、駆けより、まだ自壊していないほうの腕に『膂力強化』+『筋力増強』+『筋力増強』をかけ、ここ掘れにゃんにゃんポイントに手をかざした。


(あってるかわからねえけど、もたもたもしてられねえ! 賭ける!)


 至近距離で巨大な引力が発生し、樹の幹のその一か所が、べきべきべきべきっと亀裂をつくって、裂けて本体から分離しようとする。


 だが、ツリーガーディアンは周囲から枝を急成長させ、赤谷にもってかれそうになる部位を縫い留め、かためてもっていかせまいとする。


 さらには周囲の幹から、人型のゴーレムようなものまで湧いてくる。

 樹木の子供みたいなそれらがわらわら湧いて、赤谷を止めようとしてくる。


(ぐぞぉぉお!? 『膂力強化』『筋力増強』『筋力増強』でもひっぱりきれない!? とんでもねえパワーじゃねえか……!!)


 赤谷は顔をまっかにし、歯が砕けそうなほど食いしばり力の限りひっぱる。

 まるで地球の奥深くまで根っこが張ってるんじゃないかと錯覚するほどの強度。


 湧いた怪物どもが赤谷に手を伸ばした。その肩を掴みふりむかせるまであと20cm────一閃、その手が吹っ飛んだ。すぐのち今度は木人の上半身がポンッと斬り飛ばされた。



 空から降ってきた氷の令嬢が、冷徹な刃でもって、赤谷に近づかんとする木人たちを斬り伏せたのだ。


 赤谷は周囲のことなど気にとめていなかった。

 志波姫が駆けつけてくれたことも気づいてなかった。

 ただ、信じてはいた。志波姫ならばピンチでもどうにかしてくれるだろうと。

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