ツリーガーディアン 4
薬膳卓は不敵な笑みを浮かべ、ぎゅーっと手のひらを握っていく。
彼の必殺技のひとつ『
樹の怪物は特に気にした風もなく、その腕をふりあげ振り下ろした。
「ヴァカな!?」
「薬膳先輩、こっちに!」
ツリーガーディアンは、その長大な根の鞭ような腕をつかって、向こう50mにわたって木々をぺちゃんこに潰し、破壊のロードを描きあげてみせた。
すさまじい破壊力に薬膳も赤谷も啞然として、被害を傍観する。
「なんということだ……」
「いきなり出てきたと思ったらなんすか。全然効いてないじゃないですか」
「おかしいな。樹の怪物なら通用すると思ったんだが。というか、たいていの怪物には効果を発揮するんだが」
「もしかしたら、口呼吸じゃないから、一部を無酸素領域にしたところで効果が薄いんじゃないですか」
「それだ。間違いない。そうに違いない!」
「それじゃあ、半径20mくらいの広域で無酸素にすれば解決ですね」
「はっはっは、この狂気の科学者、薬膳卓の能力をすごく評価しているようだな。残念だが、この奥義は本来密閉空間で使用するものだ鴎外だとせいぜい、5m四方の空間から酸素をどかすのが精いっぱいだ!」
「うーん、ダメそうですね……というか、あれ倒しちゃダメなんですけどね」
赤谷は薬膳卓を抱えながら、樹の影に避難し、この厄介な状況の説明をおこなった。
「なんということだ。それじゃあ、あの怪物は体内に人質を備えていると?」
「ある程度は再生能力を備えているので、耐えてくれるかなって感じですけどね」
「アイアンボール! 志波姫から冷たい状況説明を受けたぞ!」
鳳凰院がひゅんっと赤谷と薬膳の隠れている木陰にやってくる。
「馬鹿野郎、空飛んで目立つくせに俺たちところにくるんじゃ──あっ」
地面がメキメキと音を立てて割れる兆候が見えた。
鳳凰院は赤谷と薬膳の首根っこをとらえると、びゅんっと雨の空へ飛びあがった。
木の根が追跡してくるが、鳳凰院の飛行能力をとらえられるほどではなかった。
「クハハハ、礼はいらない。オレ様は仲間には優しい男だ。いくらだって助けてやる」
「図太い野郎だ、恩の自給自足するんじゃねえ」
「空を飛べるというのは便利だ」
赤谷は腕を胸のまえで組んで、ジトッとした目で鳳凰院を見上げる。
ふと、地上を見下ろすと、志波姫がぴょんぴょん飛び跳ねて、ツリーガーディアンを惹きつけているのが見えた。その周囲には広大な範囲に黒い霧が展開されている。
「あれは……『
黒い霧のなかから、暗い波のうえをサーフィンのように移動する福島が視界をかすめた。液体と固体の中間のような触感をもつ闇は、自在に変形し、福島を隠したり、出したりしてツリーガーディアンを惹きつけている。
(時間を稼いでるのか)
「どうやらあれは攻撃しないほうがよかった可能性が微粒子レベルで存在したらしいな!」
「鳳凰院、認めろ。この事態の50%はお前によって引き起こされているのだと」
「クハハハハハ、すでに事後の保身と責任の所在まで考えているとは、流石じゃないか、アイアンボール。しかし、争っている場合じゃないと思うが、どうだ?」
「腹立たしいがその通りだ、鳳凰院」
「クハハ! そうともさ。よし、とりあえずは作戦会議だ。意志をまとめないと出来ることもできんだろう」
「珍しく正論を吐いたな」
「地上じゃおちおち作戦会議もできまい。志波姫と福島をピックアップしたいところだが……流石のオレ様でも4人はちょっと重たいかもしれない」
「俺の『浮遊』をかける。それでほとんど重たさは感じないはずだ」
「クハハ、そんなスキルも持っているのか。では、あの二人を回収する。すこし荒くなるが落ちるなよ」
鳳凰院が片手でつかむ薬膳が、赤谷を抱きかかえるフォーメーションだ。なお『浮遊』が3人ともにかかっているので鳳凰院は余分な2名分の重さをほとんど感じず、それどころか普段よりスピードが出ていた。
鳳凰院は四翼の漆黒をはためかせ、すぼませるとほぼ垂直に降下、地上すれすれで翼を広げて上昇力を得て姿勢をつくり、福島をキャッチした。
「志波姫、掴め!」
「ん」
周囲を根に囲まれながらも、迫りくるツリーガーディアンの注意をひいていた志波姫は、ぴょんっと飛びあがり手を伸ばした。赤谷はその手を掴もうとし……微妙に腕の長さが足りない。
「あっ」
「志波姫えええ!?」
赤谷の腕から触手がにゅるんっと伸びて、落ちていく志波姫を絡めとった。
「最悪の救出劇ね」
「なんだよ、ピンチから救いだしてやったのに」
「別にさほどピンチじゃなかったわよ。むしろありがたさより、苛立ちが勝ちそうだわ。赤谷君の腕が短いからこんなキモイ触手に掴まれてるんだもの」
「短いのは俺の腕というより、そっちの──」
「クハハ、痴話喧嘩はその辺にしろ。あれを見ろ」
上空から見下ろすとツリーガーディアンはその進路を森の里キャンプ場に向けていた。
見たところさっきよりも更に大きくなっているように見えた。もう本体の全長は20mに達するかもしれない。
「嘘だろ、そんな攻撃してないだろ。あっ、志波姫、お前まさか」
「わたしもさして攻撃はしていないけれど……どうやら外部からの攻撃に対する適応進化は、あれの能力のひとつでしかないのかもしれないわね。こちらからの攻撃に関係なくあれは成長するみたいだわ」
「まだまだ完成体ではないということだろう。外部の刺激は、いわばその完成までも時間をはやめることでしかない」
「ハヤテぇぇ、お前どこまでデカくなるつもりだよぉ……」
赤谷たちは空の上で緊急会議を開くことになった。
「森の里キャンプ場にいかせるわけにはいかないわ。あそこにたどり着かれたら多くの死人がでる。その前に無力化しないといけないわね」
「先に避難させたほうがいいんじゃない? 子どもたちが巻き込まれたら大変だよ!」
「いや、距離が近すぎるな。オレ様の目測ではあの根の射程はすでに100mを越えている。つまりキャンプ場に戻って避難誘導してる猶予はない」
「それじゃあどうすればいいの!?」
時間はごく限られていた。
赤谷は心臓がばくばくと高鳴り、体温が上がっていくのを感じる。
他人の、それもたくさんの命が自分たちにかかっていると認識したからだ。
(相談している猶予すらない。この中で一番ツリーガーディアンの情報をもってるのは俺だ。人に任せるな。俺がどうにかするんだ)
「赤谷君、どうしたらいいと思う」
志波姫は触手に絡められながら赤谷のことを見あげてくる。
その瞳は冷静で、いつも通り落ち着いている。
天才・志波姫神華は常にリーダーシップをとる側の人間だ。ダンジョンホール事件で同級生たちが自暴自棄になりそうな時も、率先して場のコントロールをはかった。
それはひとえに自分以外の人間の能力に期待しておらず、信頼に値するものがいないので、リーダーを買ってでるしかないからだ。それが一番マシだし信頼できるからだ。
彼女は合理的な人間だ。
自分よりふさわしい人間がいるのなら、その人間を頼るだろう。
彼女の判断の結果、この場でそれぞれの人間と関係値があって、適切な指示をだせる人間は赤谷しかいなかった。
赤谷は志波姫の意志を感じ取り、ちいさく短く息を吐き捨てた。
「手短に話すから聞いてくれるか」
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